リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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俺は、もう逃げられねぇな

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 夜の静けさが部屋に満ちていた。

 蓮の部屋に泊まるのは、これが初めてではない。

 酔いつぶれたとき、終電を逃したとき、何度かここで世話になったことがある。

 だが、今夜はどこか違った。

 蓮はいつも通り、何も変わらない顔をしている。

 けれど、修一のほうはそうはいかない。

 昼間の会話が、まだ胸の奥に残っていた。

 「少なくとも、俺にとっては、倉持さんが必要なんです」

 あの言葉が、頭の中で何度も繰り返されている。

 蓮の部屋のソファに腰を下ろし、修一は深く息をついた。

「……お前、ほんとにしつこいな」

 ため息交じりに言うと、蓮はクスリと笑った。

「何度も言いましたよね。俺は、手を離さないって」

 さらっと言うその声に、修一は口をつぐむ。

 手を離さない。

 あまりにもあっさりと、それが当然だと言わんばかりの言い方だった。

 修一は、視線を落として膝の上で手を組む。

 ――本当にこいつは、俺を手放さないのか?

 そんなはずはない、とずっと思っていた。

 美咲とだって、最初はうまくいっていた。

 けれど、少しずつ距離ができて、最後には関係が終わった。

 もし、蓮との関係が始まったとして――

 同じように終わるのではないか?

 それが怖かった。

 だが、蓮はいつも迷いなく言い切る。

 「俺は、手を離さない」と。

 修一は、静かに息を吐いた。

「……俺、もう逃げられねぇな」

 観念したように呟くと、蓮がゆっくりと微笑んだ。

「最初から、逃げ道なんてなかったですよ」

 その言葉とともに、蓮の手が修一の手をそっと包む。

 指先が触れ合うだけの、穏やかな動き。

 けれど、確かに感じる温もり。

 修一は、手を振り払うことができなかった。

 拒絶しようとすればできる。

 なのに、できなかった。

 ――もう、逃げなくてもいいのかもしれない。

 そう思った瞬間、蓮の手の温かさが、じわじわと心に染み込んできた。

 修一は、苦笑しながら小さく舌打ちをする。

「……チッ、お前、ほんとずるいわ」

「そうですか?」

 蓮は静かに笑ったまま、修一の手を離さなかった。

 修一も、もうその手を振り払うつもりはなかった。
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