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真尋との時間、削りたくねぇんだけど
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真夏の日差しがじりじりと照りつける。
レコーディングスタジオの窓から見える空は雲ひとつなく、むやみに広い。
それをぼんやりと眺めながら、玲央はペットボトルの水を一口飲んだ。
「玲央、お前最近ちょっとテンション低くね?」
隣のソファでギターを弄っていたバンドのメンバーが、何気なく言った。
玲央は水のボトルを握り直し、適当に肩をすくめる。
「……そうか?」
「なんか、前ほどガツガツしてねぇっていうか」
もうひとりのメンバーも腕を組みながら言葉を継ぐ。
「最近、事務所の意向に従うことが多いしな。お前、前だったら『うるせぇ、俺の好きにやる』とか言ってたろ?」
「……」
玲央は目を伏せたまま、曖昧な笑みを浮かべる。
メンバーの言葉は、痛いほど的を射ていた。
「正直、俺たちも少し思ってたんだけどよ」
ひとりがギターを置き、真剣な目を向けてくる。
「今のペース、キツくね?」
「……」
玲央は無言のまま、考え込むように視線を落とした。
キツいか、と聞かれたら――正直、答えは「イエス」だった。
スケジュールは常に埋まっていて、次から次へと楽曲制作やライブの準備に追われる。
気づけば家に帰るのは深夜、まともに食事をとる暇もない。
そして、何より――
「……俺、もっと自由に音楽作りたいし」
玲央はぽつりと呟いた。
「真尋との時間削ってまでやりたくねぇ」
言葉にしてみて、ようやく自分の本音を自覚する。
真尋のためだけじゃない。
玲央自身、心のどこかで「今のやり方は違う」と思っていた。
「……じゃあ、一回ペース落とすか?」
「事務所に相談すれば、調整できるだろ」
「無理して詰め込んで、このまま続けるのはお互いしんどいしな」
意外にも、メンバーはすぐに賛同してくれた。
玲央は驚きつつも、じわじわと胸の奥が軽くなっていくのを感じる。
「……ああ」
思い切り息を吐いて、玲央はスマホを手に取った。
「じゃあ、事務所に話してみる」
***
数日後、玲央は久々に早めに帰宅した。
夜風が涼しくなり始めた夏の夜、窓を開けると遠くで風鈴の音がかすかに響く。
リビングのソファに座っていた真尋は、玲央の姿を見て目を丸くした。
「……お前、こんな時間に帰ってくるの、いつぶりだよ?」
「まあな」
玲央はそのまま真尋の隣に座り、ゆるく体を伸ばした。
「事務所に話した。しばらく新曲リリースとかツアーとか、ペース落とすことにした」
「は?」
真尋は一瞬、言葉の意味が理解できないようだった。
「いや、お前……そんな簡単に決めていいのか?」
「簡単じゃねぇよ。でも、俺がやりたい音楽のためだし」
「……」
玲央はふと真尋のほうを見て、にやりと笑う。
「あと、真尋とちゃんと一緒にいられる」
「……」
真尋は玲央の言葉に反応できず、ただぽかんとした顔をした。
そして、数秒後、ため息混じりに口を開く。
「……お前、やっぱ俺のこと好きすぎだろ」
玲央はその言葉に満足げな顔をして、真尋の頭を軽く撫でた。
「当然だろ」
外ではまだ蝉が鳴いている。
夏は終わりに近づいているはずなのに、二人の間だけは、妙に穏やかで温かい時間が流れていた。
レコーディングスタジオの窓から見える空は雲ひとつなく、むやみに広い。
それをぼんやりと眺めながら、玲央はペットボトルの水を一口飲んだ。
「玲央、お前最近ちょっとテンション低くね?」
隣のソファでギターを弄っていたバンドのメンバーが、何気なく言った。
玲央は水のボトルを握り直し、適当に肩をすくめる。
「……そうか?」
「なんか、前ほどガツガツしてねぇっていうか」
もうひとりのメンバーも腕を組みながら言葉を継ぐ。
「最近、事務所の意向に従うことが多いしな。お前、前だったら『うるせぇ、俺の好きにやる』とか言ってたろ?」
「……」
玲央は目を伏せたまま、曖昧な笑みを浮かべる。
メンバーの言葉は、痛いほど的を射ていた。
「正直、俺たちも少し思ってたんだけどよ」
ひとりがギターを置き、真剣な目を向けてくる。
「今のペース、キツくね?」
「……」
玲央は無言のまま、考え込むように視線を落とした。
キツいか、と聞かれたら――正直、答えは「イエス」だった。
スケジュールは常に埋まっていて、次から次へと楽曲制作やライブの準備に追われる。
気づけば家に帰るのは深夜、まともに食事をとる暇もない。
そして、何より――
「……俺、もっと自由に音楽作りたいし」
玲央はぽつりと呟いた。
「真尋との時間削ってまでやりたくねぇ」
言葉にしてみて、ようやく自分の本音を自覚する。
真尋のためだけじゃない。
玲央自身、心のどこかで「今のやり方は違う」と思っていた。
「……じゃあ、一回ペース落とすか?」
「事務所に相談すれば、調整できるだろ」
「無理して詰め込んで、このまま続けるのはお互いしんどいしな」
意外にも、メンバーはすぐに賛同してくれた。
玲央は驚きつつも、じわじわと胸の奥が軽くなっていくのを感じる。
「……ああ」
思い切り息を吐いて、玲央はスマホを手に取った。
「じゃあ、事務所に話してみる」
***
数日後、玲央は久々に早めに帰宅した。
夜風が涼しくなり始めた夏の夜、窓を開けると遠くで風鈴の音がかすかに響く。
リビングのソファに座っていた真尋は、玲央の姿を見て目を丸くした。
「……お前、こんな時間に帰ってくるの、いつぶりだよ?」
「まあな」
玲央はそのまま真尋の隣に座り、ゆるく体を伸ばした。
「事務所に話した。しばらく新曲リリースとかツアーとか、ペース落とすことにした」
「は?」
真尋は一瞬、言葉の意味が理解できないようだった。
「いや、お前……そんな簡単に決めていいのか?」
「簡単じゃねぇよ。でも、俺がやりたい音楽のためだし」
「……」
玲央はふと真尋のほうを見て、にやりと笑う。
「あと、真尋とちゃんと一緒にいられる」
「……」
真尋は玲央の言葉に反応できず、ただぽかんとした顔をした。
そして、数秒後、ため息混じりに口を開く。
「……お前、やっぱ俺のこと好きすぎだろ」
玲央はその言葉に満足げな顔をして、真尋の頭を軽く撫でた。
「当然だろ」
外ではまだ蝉が鳴いている。
夏は終わりに近づいているはずなのに、二人の間だけは、妙に穏やかで温かい時間が流れていた。
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