裏切りの代償

中岡 始

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旧友の助言

「久しぶりだな、奏」

山崎健司は、落ち着いた声でそう言った。奏が法律事務所を訪れるのは初めてではなかった。会社の創業当時から信頼する弁護士であり、彼は尚紀とともに奏を支えてきた一人でもある。

「お久しぶりです、山崎さん」

奏は柔らかく微笑みながら、椅子に腰を下ろした。だが、その笑顔には、かつてのような安堵感だけではなく、明確な目的意識が宿っている。

「どうやら、今日は簡単な相談というわけではなさそうだな」

山崎がそう切り出すと、奏は頷きながらテーブルに資料の束を置いた。

「ええ。これは、今の会社の状況に関する資料です。藤崎さん――藤崎優美のプロジェクトに関するものです」

奏の手元から渡された資料に目を落とし、山崎は丁寧に目を通し始めた。奏は少し緊張した面持ちで、その様子を見守る。

***

「これは……予算の乱用が疑われる内容だな」

山崎は資料をテーブルに並べながら、慎重に言葉を選んで言った。

「ええ。藤崎さんがリーダーとして進めているプロジェクトの予算が、通常の範囲を大きく超えています。現場からも不満の声が上がっています」

「現場の声か。それもあるのか?」

奏はもう一つのファイルを差し出した。それは技術部門や営業部から寄せられた匿名のアンケート結果だった。

「これが社員たちの意見です。『リーダーが現場を見ていない』『非現実的な指示が多い』といった内容が多く含まれています」

山崎は再び資料に目を通し、頷きながら言った。

「なるほど。藤崎氏のリーダーシップには確かに問題がありそうだ。しかも、これだけではなく、尚紀さん……社長がこれを黙認していると?」

「はい。それどころか、藤崎さんを庇っているように見える場面もあります」

奏の声には冷静さが漂っているが、その奥に隠された怒りを、山崎は見逃さなかった。

「奏、君はこれをどうしたい?」

山崎が真剣な眼差しを向けると、奏は少し姿勢を正して答えた。

「優美さんの不正を明確にし、尚紀の経営責任を問いたいと思っています。そして……」

言葉を一瞬切り、彼女は静かに続けた。

「この会社を立て直したい」

その言葉に、山崎は満足げに微笑んだ。

「そのための方法だが……一つ、重要なことを伝えたい」

「重要なこと?」

奏が首を傾げると、山崎は手元のメモに何かを書き込みながら言った。

「君が25%の株式を保有していること。それが君の最大の武器になる」

***

「株式……?」

奏は驚いたように問い返した。山崎は微笑みながら頷く。

「奏、君は創業者として25%の株式を持っている。この割合は、取締役会で動議を提出するために十分な力を持つんだ」

「取締役会……?」

「そうだ。取締役会では、優美氏の不正や尚紀さんの経営責任を議題に上げることができる。必要があれば、彼らの経営適性そのものを問うことも可能だ」

奏は目を見開きながら、山崎の言葉を飲み込んだ。

「私は、その権利を持っている……」

「そうだ。だが、単に権利を行使するだけでは足りない。君が持つ株式には、創業者としての正当性という大きな価値がある。君がこの会社を立ち上げ、ここまで支えてきたという事実。それを改めて周囲に示す必要がある」

山崎の言葉が、奏の中に一筋の光を灯した。復讐の計画が、単なる私的な感情ではなく、正当な行動として形を成していくのを感じた。

***

「取締役会を開くためには、どのような準備が必要ですか?」

奏が問いかけると、山崎は再び資料に目を落とした。

「まずは、優美氏の不正と尚紀氏の問題を裏付ける証拠を揃えることだ。そして、もう一つ重要なのは、他の株主の支持を得ること。特に、桐生志信氏のような影響力のある株主を味方につけるのが最善策だ」

「桐生さん……」

「彼は経営の健全性を重視する人物だ。業績の低下や不正が明らかになれば、間違いなく関心を持つだろう」

奏は頷きながら、その名前を心に刻んだ。これまでの計画が少しずつ形を持ち、進むべき方向が見えてくる。

「まずは証拠を揃え、次に桐生さんに接触する……」

「その通りだ。ただし、慎重に動くことが大前提だ。尚紀さんに気づかれれば計画は破綻する」

山崎の言葉に、奏は力強く頷いた。

***

事務所を出た後、奏は曇り空を見上げた。冷たい風が頬を撫でるが、その感触は心地よかった。

(これで計画の全体像が見えた。次に動くべきは……)

彼女の目には迷いはない。冷静な計算と揺るぎない決意だけが、復讐の道筋を照らしていた。
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