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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
サークル説明会、モテ地獄の再来
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サークル説明会の日。
昼過ぎのキャンパスは、春とは思えないほど活気に満ちていた。
青いテント、カラフルなビラ、楽しげな音楽。
学内の広場一帯が、まるで学園祭のような熱気に包まれている。
悠真はその中に立ち尽くしていた。
正確には――囲まれていた。
「ねえ! 君、新入生でしょ? 文芸系とか興味ある?」
「イケメンだな~! ちょっと、うちの写真サークル来てよ!」
「見た目クールだけど、運動もできそうだよね? スポーツ系、体験だけでもどう?」
次から次へと手渡されるビラ。
言葉を遮る間もなく、笑顔の学生たちが押し寄せてくる。
悠真は引きつった笑顔のまま、両手いっぱいにビラを抱えていた。
「……これ、マジで業務過多の予兆だな」
口をついて出た独り言に、誰も気づかない。
あっという間にビラは二十枚を超え、右手に持ちきれず、左腕にも重なりはじめる。
断れない。
それが、今の悠真の一番の問題だった。
昔の癖が抜けない。
どれだけ新しい環境に身を置いても、「申し訳ない」とか「悪い気がする」とか、
そういった気遣いが先に立ってしまう。
社畜時代、断るという選択肢がなかったことが、骨の髄まで染みついている。
気づけば、無理な案件も引き受け、無茶なスケジュールも黙ってこなしていた。
そして、ある日、オフィスで倒れた。
あの日と同じ空気が、今また静かに背中を押している。
軽い息切れ。焦る気持ち。足元がわずかにふらつく。
(……やばいな)
そんなときだった。
「こいつ、予定詰まってるんで」
その声は、唐突に、しかしどこまでも自然に耳へ届いた。
颯斗がいた。
いつの間にか隣に立ち、悠真の前に一歩出ていた。
手際よくビラを数枚受け取りながら、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、サークルはもういくつか決まってるので」
相手の学生たちは、あっさり引き下がっていく。
それは颯斗の物腰が丁寧だったからでも、彼の顔が良すぎたからでもない。
“断り方”を心得ている態度が、自然と空気を変えていた。
人が少しずつ離れていく中、悠真は小さく肩で息をついた。
その手に、ビラの束がずっしりと残っている。
「……助かった」
「見てらんねえよ。お前、完全に囲われてたぞ」
「いや、断れなかったんだよ。感じ悪いと思って」
「全部受け取って自爆するほうが、よっぽど感じ悪いだろ」
苦笑しながら、颯斗が悠真の手からいくつかのビラを抜き取る。
一部を折りたたみ、近くの整理用回収箱にそっと入れた。
「いくつかは読んどけよ。中にはお前向きなとこもあるかもしれないし」
「……まあな」
返事は素直に返したけれど、胸の中は少し複雑だった。
自分でさばききれないものを、こうして颯斗が当たり前のように引き受けてくれることに――情けなさと、救われた思いがないまぜになる。
(俺、やっぱりこいつがいないと駄目だな)
そう思ってしまったのが、少し悔しい。
それでも、今この瞬間、彼の隣にいられることを嬉しいと感じてしまう自分もいた。
「周りの奴ら、お前のこと“気の利く友達”って思ってるかもな」
「それでいいだろ」
颯斗はさらりと言う。
まるで、「本当の関係なんて、俺たちが分かっていればいい」と言っているように。
それが、なぜだか胸を締めつけた。
「でもさ」
悠真はふいに口を開いた。
言葉を探すように視線を落としながら。
「こんなふうに助けてもらうと、何て言うか……安心すんだよ」
「……安心?」
「うん。人に頼るのって、苦手だったんだ。前から」
颯斗は何も言わず、ただ悠真の横顔を見ていた。
そのまなざしが、あまりにもまっすぐで、悠真は少しだけ視線を逸らした。
「……お前が隣にいてくれると、変な気を張らなくて済むんだよ」
そう言ったあと、自分でも驚くくらいの静けさが心に広がった。
恋人として一緒にいるのに、それを言葉にするのが、どうしてこんなに照れくさいのか。
高校時代なら、もう少し素直に言えた気がする。
今は、ただ“隣にいること”の意味が大きすぎて、簡単には言葉にできなかった。
「なら、もっと頼っていい」
颯斗はそう言った。
それだけだったけれど、その声に込められた温度が、悠真の背中をそっと撫でるようだった。
「……ありがとな」
頬が少しだけ熱くなっていた。
夕方の陽差しのせいにして、悠真は顔を上げる。
サークル説明会の喧騒が、背中のほうへ遠ざかっていく。
騒がしくて、派手で、浮き足立った世界の中。
二人だけは、静かに歩いていた。
どこにも明言はされていない。
周囲は何も知らない。
それでも――隣にいる。それだけで、今は十分だった。
これが、大学生活の始まり。
再び始まったモテ期と、変わらない“関係”を胸に抱えながら、悠真は静かに歩き出す。
昼過ぎのキャンパスは、春とは思えないほど活気に満ちていた。
青いテント、カラフルなビラ、楽しげな音楽。
学内の広場一帯が、まるで学園祭のような熱気に包まれている。
悠真はその中に立ち尽くしていた。
正確には――囲まれていた。
「ねえ! 君、新入生でしょ? 文芸系とか興味ある?」
「イケメンだな~! ちょっと、うちの写真サークル来てよ!」
「見た目クールだけど、運動もできそうだよね? スポーツ系、体験だけでもどう?」
次から次へと手渡されるビラ。
言葉を遮る間もなく、笑顔の学生たちが押し寄せてくる。
悠真は引きつった笑顔のまま、両手いっぱいにビラを抱えていた。
「……これ、マジで業務過多の予兆だな」
口をついて出た独り言に、誰も気づかない。
あっという間にビラは二十枚を超え、右手に持ちきれず、左腕にも重なりはじめる。
断れない。
それが、今の悠真の一番の問題だった。
昔の癖が抜けない。
どれだけ新しい環境に身を置いても、「申し訳ない」とか「悪い気がする」とか、
そういった気遣いが先に立ってしまう。
社畜時代、断るという選択肢がなかったことが、骨の髄まで染みついている。
気づけば、無理な案件も引き受け、無茶なスケジュールも黙ってこなしていた。
そして、ある日、オフィスで倒れた。
あの日と同じ空気が、今また静かに背中を押している。
軽い息切れ。焦る気持ち。足元がわずかにふらつく。
(……やばいな)
そんなときだった。
「こいつ、予定詰まってるんで」
その声は、唐突に、しかしどこまでも自然に耳へ届いた。
颯斗がいた。
いつの間にか隣に立ち、悠真の前に一歩出ていた。
手際よくビラを数枚受け取りながら、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、サークルはもういくつか決まってるので」
相手の学生たちは、あっさり引き下がっていく。
それは颯斗の物腰が丁寧だったからでも、彼の顔が良すぎたからでもない。
“断り方”を心得ている態度が、自然と空気を変えていた。
人が少しずつ離れていく中、悠真は小さく肩で息をついた。
その手に、ビラの束がずっしりと残っている。
「……助かった」
「見てらんねえよ。お前、完全に囲われてたぞ」
「いや、断れなかったんだよ。感じ悪いと思って」
「全部受け取って自爆するほうが、よっぽど感じ悪いだろ」
苦笑しながら、颯斗が悠真の手からいくつかのビラを抜き取る。
一部を折りたたみ、近くの整理用回収箱にそっと入れた。
「いくつかは読んどけよ。中にはお前向きなとこもあるかもしれないし」
「……まあな」
返事は素直に返したけれど、胸の中は少し複雑だった。
自分でさばききれないものを、こうして颯斗が当たり前のように引き受けてくれることに――情けなさと、救われた思いがないまぜになる。
(俺、やっぱりこいつがいないと駄目だな)
そう思ってしまったのが、少し悔しい。
それでも、今この瞬間、彼の隣にいられることを嬉しいと感じてしまう自分もいた。
「周りの奴ら、お前のこと“気の利く友達”って思ってるかもな」
「それでいいだろ」
颯斗はさらりと言う。
まるで、「本当の関係なんて、俺たちが分かっていればいい」と言っているように。
それが、なぜだか胸を締めつけた。
「でもさ」
悠真はふいに口を開いた。
言葉を探すように視線を落としながら。
「こんなふうに助けてもらうと、何て言うか……安心すんだよ」
「……安心?」
「うん。人に頼るのって、苦手だったんだ。前から」
颯斗は何も言わず、ただ悠真の横顔を見ていた。
そのまなざしが、あまりにもまっすぐで、悠真は少しだけ視線を逸らした。
「……お前が隣にいてくれると、変な気を張らなくて済むんだよ」
そう言ったあと、自分でも驚くくらいの静けさが心に広がった。
恋人として一緒にいるのに、それを言葉にするのが、どうしてこんなに照れくさいのか。
高校時代なら、もう少し素直に言えた気がする。
今は、ただ“隣にいること”の意味が大きすぎて、簡単には言葉にできなかった。
「なら、もっと頼っていい」
颯斗はそう言った。
それだけだったけれど、その声に込められた温度が、悠真の背中をそっと撫でるようだった。
「……ありがとな」
頬が少しだけ熱くなっていた。
夕方の陽差しのせいにして、悠真は顔を上げる。
サークル説明会の喧騒が、背中のほうへ遠ざかっていく。
騒がしくて、派手で、浮き足立った世界の中。
二人だけは、静かに歩いていた。
どこにも明言はされていない。
周囲は何も知らない。
それでも――隣にいる。それだけで、今は十分だった。
これが、大学生活の始まり。
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