俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件～転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です

安定して、迷惑かけずに生きる道

新年度が始まり、学内では就職活動関連の掲示やイベント案内が目立つようになっていた。  
大学三年の春。悠真も、そろそろ動き出さなければと、心のどこかで思っていた。

今日参加したのは、学内で開かれた就職セミナーの初回ガイダンスだった。  
会場の教室には、黒いスーツに身を包んだ学生たちがずらりと並び、どこか一様な緊張を帯びていた。  
自分もその中に座っていたはずなのに、まるで仮装をしているような違和感が、身体の奥にずっと残っていた。

シャツの襟は首にまとわりつき、革靴は歩くたびに足元を硬く縛りつける。  
鏡の前で形を整えた髪も、湿気と時間ですぐに乱れていった。  
学生らしい格好ではあるのに、どこか、自分だけが風景に馴染めていないような感覚だった。

「では、まず“自己分析”の基礎から始めましょう。皆さんは、自分の“強み”を説明できますか？」

司会者の声がマイク越しに響くと、スクリーンにはテンプレートのようなワードが次々に映し出された。  
「忍耐力」「協調性」「責任感」「柔軟性」。  
どれも、社会に求められる“好ましい人物像”だった。  
けれどそれが、自分の内側にあるものかどうかは、分からなかった。

そうありたいと努力してきたことは事実だ。  
でもそれは、自分が本当に望んでいたものではなく、「求められているからそうしなければ」と身につけてきたものだった気がする。  

「志望動機」「企業研究」「ビジョンとの一致」  
画面に現れるキーワードのたびに、胸の奥がざわつく。  
まるで過去の自分に引き戻されるようだった。

上司に従い、部下に配慮し、締切を守り、会議を乗り切る。  
“問題のない社員”として評価されることに価値があると信じていたあの頃。  
気づけば限界を超え、倒れるまで止まれなかった日々。

教室を出ると、春の風が頬をかすめた。  
新緑の季節のはずなのに、ひどく冷たく感じるのは、自分の中に熱が残っていなかったからかもしれない。

電車に揺られて帰宅し、部屋に入ると、すぐにスーツを脱いだ。  
ネクタイを外し、シャツの第一ボタンを緩めると、ようやく息が深く吸えた気がした。

デスクに座り、ノートパソコンを開く。  
画面にはいくつかの就職情報サイトがタブで開かれていた。  
説明会の一覧、企業情報、エントリーシートのテンプレート。

「誰にも迷惑をかけず、ちゃんと働いて、静かに生きる」

ふと、その言葉が自然に浮かんできた。  
誰にも求められたわけでもないのに、自分の中に深く刷り込まれていたフレーズ。  
人に甘えず、誰にも迷惑をかけず、正しくあろうとすることが、いつの間にか“理想の生き方”になっていた。

でも、それは本当に自分が望んだ未来だったのか。

誰にも怒られないように。  
誰にも心配されないように。  
誰かの負担にならないように。

そう考えて道を選び続けた結果、たどり着いたのが、前の人生の終点だった。

モニターに映る自分の顔は、無表情で、どこか疲れていた。  
「志望動機」を書くべきエントリーフォームの空欄を見つめても、指は一文字も動かなかった。

“自分がどうしたいか”よりも、“正しい生き方”を優先していた気がする。

それは、誰かに認められるためでも、誰かに褒められるためでもなかった。  
ただ、自分がこの世界で生き延びるために、そうするしかなかった。  
そして今、それがまた始まろうとしている。

パソコンの画面を閉じると、部屋に静寂が戻ってきた。  
窓の外では、少し風が強くなっているようだった。

このままでいいのか。  
何も考えずに、前と同じ道をまた歩こうとしている自分に問いかける。  
けれど、答えはまだ出なかった。

それでも、胸のどこかで、わずかな違和感が確かに息をしていた。  
それがやがて言葉になる日が来るのか、まだ分からなかった。