龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始

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六波羅会のスパイが大学に潜入

六波羅会の男は、校内のベンチに腰掛けながら周囲を警戒するように視線を動かした。

名門・関西帝都大学。政治家の子息や大企業の御曹司が集うこの場所に、自分が紛れ込むことになるとは思わなかった。

任務は単純だった。

辰巳会の跡取り――辰巳悠真の動向を探り、交友関係や習慣を把握すること。

「辰巳悠真…写真で見たことあったけど、生で見たらやばいな」

男は遠目に悠真を見つめながら、そう呟いた。

白い肌に、黒曜石のような艶のある髪。涼しげな目元はどこか儚げで、ほんのり微笑んでいるだけで周囲の空気を変えてしまう。

歩くたびに、学生たちの視線が自然と集まるのがわかった。

(あの美貌に、あの雰囲気…こいつ、本当に極道の跡取りか?)

男の中には、事前に聞いていた悠真の印象と実際の姿のギャップが生じていた。

極道の世界に生きる人間とは思えないほど、悠真は穏やかで、人懐っこくさえ見える。

その警戒心のなさを確認し、男は軽く息を吐いた。

(拍子抜けやな…こんなやつが辰巳会の跡取り?)

このまま悠真の懐に入り込むのは、それほど難しくなさそうだった。

そう思い、男は悠真が一人になったタイミングを見計らって、軽く声をかけた。

「辰巳くんやんな?」

悠真がふわりと振り返る。

「ん?」

「俺、〇〇ゼミの大塚っていうねん。前からちょっと話してみたいなぁ思ってたんやけど」

男は自然な笑顔を作りながら、悠真の前に立った。

悠真は、じっと男の顔を見つめた後、ふわりと微笑んだ。

「そっか、僕のこと知ってくれてたんやなぁ。よろしく」

その表情に、一瞬、男の思考が止まる。

写真で見ていた以上に、悠真の雰囲気は人を惹きつけるものがあった。

「君、ええ人やなぁ」

「あ?」

「今度一緒にご飯でも行く?」

あまりにも自然な誘いに、男は一瞬言葉を失った。

(……あかん、この子、警戒心ゼロや)

想定以上に簡単に接触できたことに、逆に困惑する。

(これ、もしかして拍子抜けどころか、簡単すぎひんか?)

しかし、悠真はニコニコとしたまま、まったく疑う素振りを見せない。

「まぁ、そんな難しい話やないし、また気軽に話そ?」

そう言われれば、頷くしかなかった。

だが、男は知らなかった。

悠真がすでに、自分の正体を見抜いていることを。

***

陣は、悠真の大学生活に直接関与することができない。

しかし、それでも彼の動向を見守ることは怠らなかった。

その日、校門近くの路地から悠真の姿を遠くに確認した瞬間、陣の眉がわずかに動いた。

悠真が、見知らぬ男と親しげに話していた。

(……あの男は)

ただの学生には見えない。

服装も仕草も、わずかな違和感を覚える。一般の学生にしては視線の配り方が不自然で、悠真の表情を探るような間合いを取っている。

直感が告げる。

(間違いない。六波羅会の人間や)

悠真は、そんな陣の気配に気づいたのか、ちらりとこちらを見た。そして、わずかに笑うと、男との会話を続けた。

陣は、奥歯を噛み締める。

(悠真様…)

その日の夜、陣は本家に戻った悠真に声をかけた。

「悠真様、今日大学でお話しされていた男ですが」

悠真は、さらりと上着を脱ぎながら振り返る。

「うん?」

「……明らかにおかしい人物でした」

「そやろ?」

陣の眉がわずかに動いた。

悠真は、まったく驚いた様子もなく、むしろ当たり前のことを言われたかのように軽く頷いた。

「僕もそう思ってた」

「……」

陣は言葉を失った。

「でもなぁ、向こうも僕に興味津々みたいやし、ちょうどええやろ」

「悠真様、それは」

「うまく泳がせといたら、そのうち向こうの情報もこっちに流れてくるしな」

悠真は、どこまでも飄々としたまま言う。

陣の胸に、妙な感覚が広がった。

この男は、本当に天然なのか。

それとも、すべて計算ずくで動いているのか。

陣は、静かに息を吐いた。

(……悠真様、本当に只者ではない)

悠真は、自分が標的になっていることを理解した上で、あえて敵を利用しようとしている。

その大胆さと、無邪気さの間にある違和感が、陣の心をざわつかせていた。
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