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陣、初めての嫉妬を覚える
夜の空気は静かで、辰巳会本家の廊下には遠くから聞こえる虫の声だけが響いていた。
陣は座敷の片隅に立ち、悠真が湯呑みを手に取るのを黙って見守っていた。
いつもと変わらぬ光景。
少し前に茶を淹れたばかりのはずなのに、悠真はまだ一口も口をつけていない。
「今日な、ゼミの子に告白されたんよ」
何気なく放たれた言葉に、陣の体が僅かに固まった。
「……告白、ですか」
「うん」
悠真は、ごく自然に頷くと、手の中の湯呑みをくるくると回しながら続けた。
「僕、付き合うとか考えたことなかったんやけど、そんなにええもんなん?」
陣は一瞬、返答に詰まった。
告白。
付き合う。
悠真が、誰かと恋愛をする――そんなことは、これまで一度も考えたことがなかった。
悠真は辰巳会の跡取りだ。
その身にふさわしい相手が見定められることはあっても、本人が自由に誰かを選ぶなど、遠い話だと思っていた。
だが今、悠真はまるで「誰とでも自由に付き合える」とでも言うように、気軽にそんなことを口にしている。
陣は、湯呑みを持つ悠真の指先を無意識に見つめた。
そこに、他の誰かの手が重なる日が来るのか。
誰かが悠真を呼び、悠真がその名を親しく呼び返す。
そんな光景を思い浮かべた瞬間、胸の奥がざわついた。
「陣さん?」
悠真が不思議そうに顔を上げる。
陣は、そこでようやく自分の指がぎゅっと握り締められていることに気づいた。
拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。
「……失礼しました」
陣は、指の力をゆっくりと緩めた。
「それでな……」
悠真は、陣の違和感に気づいた様子もなく、再び話を続けた。
陣は黙ってその言葉を聞き流しながら、胸の中で何かが大きくうねるのを感じていた。
――これは、何だ?
悠真が、誰かと付き合う。
ただそれだけの話のはずなのに、なぜこんなにも胸がざわつくのか。
なぜ、無意識に拳を握りしめてしまうのか。
これまで、悠真に向ける感情は忠誠心だけだと思っていた。
悠真は主であり、守るべき存在。
それ以上の意味などないと、ずっと思っていた。
だが。
(俺は……悠真様に、誰のものにもなってほしくないと思っているのか?)
その考えに至った瞬間、陣は強く奥歯を噛み締めた。
「……陣さん?」
悠真の声が、不意に耳を打つ。
「なんでそんな怖い顔してるん?」
言われて、初めて自分の表情が険しくなっていたことに気づいた。
眉をひそめ、視線は鋭くなりすぎていたのだろう。
悠真は不思議そうにこちらを見つめている。
「……」
陣は、深く息を吐いた。
まずい。
悠真様に、この気持ちを悟られるわけにはいかない。
「失礼しました。少し考えごとをしていただけです」
努めて平静を装い、いつものように答える。
悠真は、しばらくじっと陣を見つめたあと、「そっか」とだけ言って、湯呑みを口元に運んだ。
陣は、その横顔をじっと見つめたまま、胸の奥で渦巻く感情を、必死に押し込めるしかなかった。
陣は座敷の片隅に立ち、悠真が湯呑みを手に取るのを黙って見守っていた。
いつもと変わらぬ光景。
少し前に茶を淹れたばかりのはずなのに、悠真はまだ一口も口をつけていない。
「今日な、ゼミの子に告白されたんよ」
何気なく放たれた言葉に、陣の体が僅かに固まった。
「……告白、ですか」
「うん」
悠真は、ごく自然に頷くと、手の中の湯呑みをくるくると回しながら続けた。
「僕、付き合うとか考えたことなかったんやけど、そんなにええもんなん?」
陣は一瞬、返答に詰まった。
告白。
付き合う。
悠真が、誰かと恋愛をする――そんなことは、これまで一度も考えたことがなかった。
悠真は辰巳会の跡取りだ。
その身にふさわしい相手が見定められることはあっても、本人が自由に誰かを選ぶなど、遠い話だと思っていた。
だが今、悠真はまるで「誰とでも自由に付き合える」とでも言うように、気軽にそんなことを口にしている。
陣は、湯呑みを持つ悠真の指先を無意識に見つめた。
そこに、他の誰かの手が重なる日が来るのか。
誰かが悠真を呼び、悠真がその名を親しく呼び返す。
そんな光景を思い浮かべた瞬間、胸の奥がざわついた。
「陣さん?」
悠真が不思議そうに顔を上げる。
陣は、そこでようやく自分の指がぎゅっと握り締められていることに気づいた。
拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。
「……失礼しました」
陣は、指の力をゆっくりと緩めた。
「それでな……」
悠真は、陣の違和感に気づいた様子もなく、再び話を続けた。
陣は黙ってその言葉を聞き流しながら、胸の中で何かが大きくうねるのを感じていた。
――これは、何だ?
悠真が、誰かと付き合う。
ただそれだけの話のはずなのに、なぜこんなにも胸がざわつくのか。
なぜ、無意識に拳を握りしめてしまうのか。
これまで、悠真に向ける感情は忠誠心だけだと思っていた。
悠真は主であり、守るべき存在。
それ以上の意味などないと、ずっと思っていた。
だが。
(俺は……悠真様に、誰のものにもなってほしくないと思っているのか?)
その考えに至った瞬間、陣は強く奥歯を噛み締めた。
「……陣さん?」
悠真の声が、不意に耳を打つ。
「なんでそんな怖い顔してるん?」
言われて、初めて自分の表情が険しくなっていたことに気づいた。
眉をひそめ、視線は鋭くなりすぎていたのだろう。
悠真は不思議そうにこちらを見つめている。
「……」
陣は、深く息を吐いた。
まずい。
悠真様に、この気持ちを悟られるわけにはいかない。
「失礼しました。少し考えごとをしていただけです」
努めて平静を装い、いつものように答える。
悠真は、しばらくじっと陣を見つめたあと、「そっか」とだけ言って、湯呑みを口元に運んだ。
陣は、その横顔をじっと見つめたまま、胸の奥で渦巻く感情を、必死に押し込めるしかなかった。
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