魔王軍に転生した元人事部長、三十路ボディで職場改革します~おっさん、異世界で“人事改革”はじめました

中岡 始

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第1章 魔王軍へようこそ、地獄の職場へ

魔王軍の現状が明かされる

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ヴァルグラドの宣言が響いた直後、軍議室の空気が一変した。

押し殺されていた不満が蓋を失ったように、一斉に噴き出す。魔族たちは山本の存在を忘れたかのように、互いに怒気を含んだ視線をぶつけ合い、声を荒げ始めた。

「また東部戦線が崩れたのは、貴様の兵が弱すぎるからだ!」

怒鳴ったのは、赤銅色の鎧を纏った筋骨隆々の男だった。皮膚は焦げ茶色で、鋭い牙が口元から覗いている。目には血走った怒りが浮かび、対面の魔族を睨みつけていた。

「弱い? 笑わせるな。こっちは連続して五十日も前線に立たされてる。補給も休養もないままにだ!」

応えたのは、複数の指輪を嵌めた痩身の魔族だった。白髪をひっつめに結い、その目には深い隈が刻まれている。指先には魔力の焦げ跡のような痕があり、明らかに疲弊しきっていた。

「人手不足は全軍共通だ。それを口実に失態を正当化するのか?」

「失態? それを言うなら貴様の部隊の損耗率を見てみろ! 一月で兵が半分になっているではないか!」

互いに机を叩き、唾を飛ばしながら罵声を飛ばし合う。周囲の魔族も同調するように、それぞれの主張を声にし始め、室内は瞬く間に修羅場と化した。

山本は、立ったままその光景を眺めていた。

心の中では、感情ではなく情報が淡々と整理されていく。どの発言に具体的な数字が伴っているか。誰が誰に同調しているか。誰が口をつぐんでいるか。机の上に放り出された羊皮紙の束、開かれたままの書類、半端な図表。どれも手書きで、表現も統一されていない。

「報告書の様式がバラバラだな……」

目に入るそれぞれの書類には、書き手の癖が強く表れていた。略語の使い方、数字の書き方、日付の形式、いずれも統一されておらず、情報共有の前にまず“読み解く”ことが必要になる。実質的に、組織内の誰もが孤立しているのと変わらない。

「これは……属人的にも程がある」

さらに、指揮系統も目に見えて崩れていた。

誰がどの部門の責任者か、明確な役職表記がない。上下関係の線引きもあいまいで、発言の強さだけで序列が決まっているようだった。強く叫んだ者の意見が優先され、冷静な提案はかき消される。結果、場が感情だけで回り続け、何も決まらない。

このままでは、戦術どころか戦略も、さらに言えば目的意識すら擦り切れていくのは時間の問題だ。

「……地獄の職場、か」

山本は、誰に向けるでもなく、ぽつりとつぶやいた。

その声は小さく、罵声の合間に紛れて、ほとんど誰の耳にも届いていなかった。

だが、彼自身の中では、それは深い実感を伴った言葉だった。

部門間の不和、上意下達の失敗、情報共有の欠如、判断の不透明性、責任の押し付け合い、疲弊する現場と無策の上層部。

彼がかつて身を置いていた日本の中堅企業の“ブラック”と称される組織でも、ここまで酷い状態は稀だった。ここはそれを遥かに超えている。文化の違いを考慮に入れても、明らかに“壊れている”。

「これでよく軍が機能しているもんだ……いや、機能していないのか。戦線崩壊の理由は、敵の強さじゃなく、内側からの崩れだ」

彼は視線を巡らせる。怒鳴り合いながらも、どこかで相手の言葉に耳を傾ける者もいた。言葉を呑み込んでいる者、表情に諦めが滲む者、誰にも聞かれず紙に記録を残そうとする者。

全てが無価値というわけではない。ただ、統率が失われ、仕組みが機能していない。それだけで、個々の能力は沈んでいく。

「人は宝だ。魔族でも、同じだな」

そう思った瞬間、ふと、目が合った。

軍議室の隅、柱の影に立っていた一人の魔族。女だ。長い黒髪に蒼い瞳、身体の線が細く、戦士や魔術師というよりは官僚的な雰囲気を持っている。山本とは一言も交わしていないが、彼の言動を観察していたのだろう。どこかの部門の記録官か、補佐役か。

その瞳には、他の魔族と違い、冷笑でも嫌悪でもない、静かな興味が浮かんでいた。

山本は、軽く会釈するように目礼を送った。

女魔族は、返事をせずに視線をそらした。

まだ、信用には程遠い。だが、完全な拒絶でもない。ここに、小さな“可能性”があるのかもしれない。

軍議室では、いまだ言い争いが続いている。机に手をついて怒鳴る者。机の上に資料を叩きつける者。書類を投げ捨て、退席する者。誰もが“自分の正しさ”だけを信じている。

その様子を見て、山本はひとつ、ゆっくりと息を吐いた。

「さてと……火事場の整理整頓から始めますか」

彼の声は、周囲の怒声にかき消されたが、その決意は静かに根を張り始めていた。

この混乱の渦の中から、秩序を築く。

それが、彼に与えられた最初の仕事だった。
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