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第6章 全軍改革、始動
見えていなかっただけだ
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夜はとっくに更けていた。
魔王軍本城の灯りは、各部屋でぽつぽつと明滅し、静寂が城全体を包み込んでいた。
そのなかで、ひとつだけ、消えることのない光があった。
山本の私室。そこに灯る魔導ランプは、まるで意志を持ったかのように、彼の影を壁に映し出していた。
机の上には、広げたままの人員配置表と、折り重なるように置かれた視察記録、各部門の報告書。
それらは山本の周囲を取り囲むように散らばり、彼の内面をそのまま投影したようだった。
彼は、ページをめくる手を止めて、静かに椅子の背に体を預けた。
魔導地図は畳まれたまま横に置かれ、今はただ、書類の一枚一枚が語る“個々の現実”と向き合っていた。
静寂のなか、山本はひとりごとのように呟いた。
「見えていなかったわけじゃない。……ただ、見ないようにしていたんだ」
かつての職場のことが脳裏に浮かぶ。
何度も耳にした部下の不満。
納期に追われて潰れていく若い社員。
黙って去っていく同僚たち。
形式だけの報告、数値だけの評価。
誰もが見ていた。でも、誰も“変えよう”とはしなかった。
そして自分も、その中にいた。
気づいていたはずだった。
けれど、何も言わなかった。
それがどれほど“楽”で、“穏便”で、“都合のいい生き方”だったか。
山本は視線を落とし、手元の書類に目をやる。
報告書の端に記された、名もなき兵の離脱理由。
“適性不一致のため”
“命令未達による査問”
“戦意喪失”
どれも、単なる言葉のはずだった。
だが、その裏には、一人ひとりの断絶と、未処理の思いが確かに存在している。
彼は深く息を吐いた。
それは呼吸というよりも、長年身体の奥に溜まっていた“言葉にならないもの”を吐き出すような動作だった。
「変化には痛みが伴う」
その言葉を声に出すと、自分の中で何かが少しだけ剥がれ落ちた気がした。
「でも、誰かが始めなければ、何も変わらない」
静かだった部屋の空気が、わずかに動いたように感じた。
それは、決意が音を持つ瞬間だった。
山本はゆっくりと手帳を開き、ペンを取り出した。
すでにびっしりと書き込まれたページの末尾に、新しい一行を加える。
『問題がある組織ではなく、“問題を見ようとしない空気”が最大の敵だ』
書き終えると、しばらくその言葉を眺めた。
インクが乾いていく様子を見守るように、言葉が自分の中に沈んでいくのを感じていた。
それは、かつての自分を責める言葉ではなかった。
今の自分を、未来へと向かわせる言葉だった。
ノックの音がした。
山本は手帳を閉じ、立ち上がって扉を開けた。
そこには、いつも通り無表情なリリシアが立っていた。
「まだ起きていたのね」
「考えごとをしていたんだ」
「ちょうどよかった。補給本部から追加の報告が届いたわ。小規模だけど、現場で混乱が起きている。明日の視察先に加える?」
「もちろん」
山本はためらわずに頷いた。
それは、もはや“検討”ではなく“当然の行動”だった。
リリシアは、その答えを聞いて、わずかに表情を緩めた。
ほとんど気づかれない程度の変化だったが、山本はそれを確かに見ていた。
彼は目を細め、そして穏やかに言った。
「本格的に、動かしましょう」
その一言は、静かに、しかし確かに、部屋の空気を変えた。
夜が明けようとしていた。
空の彼方に、新しい光が生まれかけていた。
それは、ひとつの覚悟が“行動”へと変わる、その始まりの瞬間だった。
魔王軍本城の灯りは、各部屋でぽつぽつと明滅し、静寂が城全体を包み込んでいた。
そのなかで、ひとつだけ、消えることのない光があった。
山本の私室。そこに灯る魔導ランプは、まるで意志を持ったかのように、彼の影を壁に映し出していた。
机の上には、広げたままの人員配置表と、折り重なるように置かれた視察記録、各部門の報告書。
それらは山本の周囲を取り囲むように散らばり、彼の内面をそのまま投影したようだった。
彼は、ページをめくる手を止めて、静かに椅子の背に体を預けた。
魔導地図は畳まれたまま横に置かれ、今はただ、書類の一枚一枚が語る“個々の現実”と向き合っていた。
静寂のなか、山本はひとりごとのように呟いた。
「見えていなかったわけじゃない。……ただ、見ないようにしていたんだ」
かつての職場のことが脳裏に浮かぶ。
何度も耳にした部下の不満。
納期に追われて潰れていく若い社員。
黙って去っていく同僚たち。
形式だけの報告、数値だけの評価。
誰もが見ていた。でも、誰も“変えよう”とはしなかった。
そして自分も、その中にいた。
気づいていたはずだった。
けれど、何も言わなかった。
それがどれほど“楽”で、“穏便”で、“都合のいい生き方”だったか。
山本は視線を落とし、手元の書類に目をやる。
報告書の端に記された、名もなき兵の離脱理由。
“適性不一致のため”
“命令未達による査問”
“戦意喪失”
どれも、単なる言葉のはずだった。
だが、その裏には、一人ひとりの断絶と、未処理の思いが確かに存在している。
彼は深く息を吐いた。
それは呼吸というよりも、長年身体の奥に溜まっていた“言葉にならないもの”を吐き出すような動作だった。
「変化には痛みが伴う」
その言葉を声に出すと、自分の中で何かが少しだけ剥がれ落ちた気がした。
「でも、誰かが始めなければ、何も変わらない」
静かだった部屋の空気が、わずかに動いたように感じた。
それは、決意が音を持つ瞬間だった。
山本はゆっくりと手帳を開き、ペンを取り出した。
すでにびっしりと書き込まれたページの末尾に、新しい一行を加える。
『問題がある組織ではなく、“問題を見ようとしない空気”が最大の敵だ』
書き終えると、しばらくその言葉を眺めた。
インクが乾いていく様子を見守るように、言葉が自分の中に沈んでいくのを感じていた。
それは、かつての自分を責める言葉ではなかった。
今の自分を、未来へと向かわせる言葉だった。
ノックの音がした。
山本は手帳を閉じ、立ち上がって扉を開けた。
そこには、いつも通り無表情なリリシアが立っていた。
「まだ起きていたのね」
「考えごとをしていたんだ」
「ちょうどよかった。補給本部から追加の報告が届いたわ。小規模だけど、現場で混乱が起きている。明日の視察先に加える?」
「もちろん」
山本はためらわずに頷いた。
それは、もはや“検討”ではなく“当然の行動”だった。
リリシアは、その答えを聞いて、わずかに表情を緩めた。
ほとんど気づかれない程度の変化だったが、山本はそれを確かに見ていた。
彼は目を細め、そして穏やかに言った。
「本格的に、動かしましょう」
その一言は、静かに、しかし確かに、部屋の空気を変えた。
夜が明けようとしていた。
空の彼方に、新しい光が生まれかけていた。
それは、ひとつの覚悟が“行動”へと変わる、その始まりの瞬間だった。
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