居酒屋ねこ又亭 〜またたび酒場の夜話〜

中岡 始

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🐾 第1話:はじめての一杯 〜新米サラリーマン猫の憂鬱〜

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 夜の路地裏は、昼間とはまるで違う世界だった。

 ひんやりとした風が吹き抜け、建物の隙間からは、ほのかに魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 茶トラのタマは、しっぽを体に巻きつけながら、ため息をついた。

(今日もダメだった……)

 新社会猫として働き始めて一ヶ月。
 覚えることは多いし、先輩猫たちは厳しいし、失敗ばかり。

 タマは、ふと顔を上げた。

 目の前に、木製の看板がかかった小さな店がある。

 「ねこ又亭」

 暖簾がふわりと揺れ、店内からは、猫たちの笑い声が微かに聞こえる。

(……居酒屋か)

 タマは、この店の噂を聞いたことがあった。
 猫たちが集う、「縄張り争いのない、不思議な居酒屋」。
 仕事帰りの猫や、ちょっとした悩みを抱えた猫がふらりと訪れ、温かい料理とマタタビ酒を楽しむ場所らしい。

(でも、ひとりで入るのはちょっと……)

 しっぽの先を不安そうに揺らしながら、入り口の前で立ち止まる。

 すると、店の脇で低い声が響いた。

「……入るなら、まず爪を研げ」

「えっ?」

 驚いて顔を上げると、黒猫の**又五郎(またごろう)**が、入り口の横に座っていた。

 年季の入った黒い毛並み。鋭い目つき。
 店の大将であり、ねこ又亭の店主だ。

 又五郎は、前足で入り口の柱をトントンと叩いた。

「ここに来た猫は、最初に爪とぎをするのが決まりだ」

 タマは戸惑いながら、柱を見る。
 そこには、無数の爪あとが刻まれていた。

(みんな、ここで爪を研いでるんだ……)

 タマは、おそるおそる前足をかけ、ガリガリと爪を研ぐ。

 すると、不思議なことに、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「よし」

 又五郎は短く言い、店の中へと促した。

 タマは小さく息を吐き、ゆっくりと足を踏み入れた。

2
 店の中は、どこか懐かしい雰囲気だった。

 木のカウンターに、湯気の立つ料理が並び、柔らかい提灯の灯りが、猫たちの毛並みをふんわりと照らしている。

 カウンターには、静かにマタタビ酒を飲む黒猫のクロ。
 座敷には、香箱座りをしながら談笑する猫たち。
 奥の隅では、酔っ払ったキジトラのトラ吉がごろんと転がっている。

 店の奥では、三毛猫のミケが、楽しそうに注文を取っていた。

「いらっしゃいませ! 初めてのお客さん?」

「あ、はい……」

「じゃあ、まずは何飲む?」

 ミケがメニューを差し出す。

🐾 《ねこ又亭のドリンク》
🐾 マタタビ酒(定番)
🐾 かつお節ビール(泡立ち最高)
🐾 クリームミルク(お子様向け)

「どれにしよう……」

 タマが迷っていると、隣で酒を飲んでいたクロがぼそりと言った。

「新人なら、まずはマタタビ酒だな」

 タマは少し迷ったが、思い切って注文した。

「じゃあ、それで……」

3
 少しして、ミケがグラスを運んできた。

「はい、マタタビ酒!」

 タマは、恐る恐るグラスを口に運ぶ。

 ――ふわぁ……。

 なんとも言えない心地よさが、体の奥にじんわり広がった。

 思わず、しっぽの力が抜ける。

「……なんか、気持ちいい」

 クロが、静かに笑った。

「だろ?」

 ミケが、「おつまみもいるよね!」と言いながら、厨房へと駆けていく。

 しばらくして、又五郎がカウンターに皿を置いた。

「ほれ、サービスだ」

「えっ?」

 皿の上には、ふっくら焼き上げたサバに、特製の香味ソースがたっぷりとかかっている。

「新人には、これが一番だ」

 タマは、恐る恐る一口食べた。

 ――美味しい。

 焼き魚の香ばしさと、さっぱりしたソースのバランスが絶妙だった。

 思わず、しっぽがゆっくりと揺れる。

「……なんだか、久しぶりにホッとしました」

 又五郎は、静かに言った。

「猫だって、失敗することくらいある。落ち込んだら、うまいもん食って、さっさと忘れろ」

 タマは、ふっと笑った。

(ここに来てよかったな……)

 そう思いながら、もう一口、マタタビ酒を飲んだ。

🐾 おまけレシピ:ねこ又亭特製・焼きサバの香味ソースがけ

材料(2人分)
サバ…2切れ
塩…少々
大葉(刻む)…2枚
ねぎ(みじん切り)…1/4本
ごま油…小さじ1

ソース
しょうゆ…大さじ1
みりん…大さじ1
酢…小さじ1
すりおろし生姜…少々

作り方
① サバに塩を振り、グリルまたはフライパンで両面を焼く。
② ソースの材料を混ぜ、軽く火にかける。
③ 焼き上がったサバにソースをかけ、大葉とねぎを散らし、ごま油を少し垂らす。

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