居酒屋ねこ又亭 〜またたび酒場の夜話〜

中岡 始

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🐾 第2話:恋する三毛猫 〜片思いの先に〜

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1
 夜の路地裏に、カツオの香ばしい匂いが漂っていた。

 ねこ又亭の暖簾が揺れる。

 そこへ、一匹の三毛猫が、そわそわとした様子で足を踏み入れた。

 サクラ。

 商店街にある魚屋「魚屋松本」の看板猫で、ふわふわの毛並みと、ぱっちりした目が特徴の若いメス猫だ。

 しかし、今夜のサクラは、いつものような元気いっぱいの表情ではなかった。

(……クロ、今日も来るかな?)

 そう思うと、耳がピクッと動き、しっぽが小さく揺れる。

 ねこ又亭のカウンター席には、常連の猫たちが集い、香箱座りでのんびりとマタタビ酒を楽しんでいる。

 厨房では、黒猫の店主・又五郎が静かに料理を作っていた。

 そして――。

 カラン、とドアベルが鳴る。

 サクラは、反射的に顔を上げた。

 そこに現れたのは――黒猫のクロだった。

2
 クロはいつものように、カウンターの端の席へ向かう。

「親父、マタタビ酒」

「あいよ」

 又五郎が手際よくグラスを用意する。

 クロは無駄な動きをせず、すっと席につき、静かに酒を口に運ぶ。

 サクラは、そんなクロをじっと見つめていた。

 黒く艶のある毛並み、キリッとした目つき、落ち着いた雰囲気――。

(……やっぱりかっこいい)

 しっぽの先が、そわそわと揺れる。

 サクラは、少しだけためらったあと、意を決してカウンターへ向かった。

 そして、スッと皿を差し出す。

「ねえ、クロ。これ……」

 皿の上には、ピカピカに焼かれたアジが一匹。

 サクラが、自分で選んできた特別な魚だった。

(猫が魚をくわえて渡すのは、愛情表現……)

 商店街の先輩猫から、そんな話を聞いたことがある。

(だから、これを渡せば、きっとクロも――)

 サクラは期待を込めて、クロをじっと見つめた。

 しかし――。

 クロは、ちらりと魚を見やり、ポツリと言った。

「……いらない」

「えっ?」

「今日はカツオが食べたかったんだ」

 サクラの時間が、止まった。

(えっ……?)

 せっかく選んできたのに。

 せっかく勇気を出したのに――。

 サクラの耳が、ぺたんと寝る。

 隣で見ていた三毛猫のミケが、思わず両前足で顔を覆った。

(ダメだ、この猫、鈍感すぎる!!)

3
 サクラはショックを受けつつも、なんとか笑顔を作る。

「そ、そっか。じゃあ、私が食べるね……」

 パクリ、と焼き魚をかじる。

(……泣きたい)

 ミケはなんとかフォローしようと、「クロ、サクラが選んだ魚は絶対おいしいんだよ!」と言った。

 すると、クロは無表情のまま答えた。

「知ってるよ」

「え?」

 サクラが顔を上げる。

「いつも、お前が選ぶ魚は、うまい」

 クロは、何気なくそう言いながら、マタタビ酒をもうひと口飲む。

 それだけの言葉。

 でも、サクラの耳がピクリと動く。

(……いつも?)

 クロは、サクラが選んだ魚をちゃんと食べてくれていたのだ。

 それに気づいたとき、サクラのしっぽが、ほんの少し揺れた。

(……もう、鈍感なんだから)

 サクラはそっと前足をなめ、毛づくろいをしながら、ひとりで顔を赤くしていた。

4
 食事を終えたクロが席を立つ。

 店を出る前に、入り口の爪とぎ柱へ向かい、ザリザリと爪を研いだ。

 それは、「また来るよ」という印。

 クロは特に何も言わず、ふらりと路地裏へ消えていった。

 その背中を見送りながら、サクラはそっとつぶやく。

「……明日は、カツオにしようかな」

 ミケが「やっぱり諦めないんだね~!」と笑う。

 サクラは、少し照れくさそうにしながら、もう一度、しっぽを揺らした。

🐾 おまけレシピ:マタタビ香る魚のカルパッチョ

材料(2人分)
白身魚(タイ、ヒラメなど)…100g(薄切り)
オリーブオイル…大さじ1
レモン汁…小さじ1
塩・こしょう…少々
ねこ草(またはパセリ)…少々
乾燥マタタビ(飾り用・少量)

作り方
① 薄切りにした白身魚を皿に並べる。
② オリーブオイルとレモン汁を回しかけ、塩・こしょうで味を調える。
③ 仕上げにねこ草と乾燥マタタビをふりかける。
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