2 / 15
🐾 第2話:恋する三毛猫 〜片思いの先に〜
しおりを挟む
1
夜の路地裏に、カツオの香ばしい匂いが漂っていた。
ねこ又亭の暖簾が揺れる。
そこへ、一匹の三毛猫が、そわそわとした様子で足を踏み入れた。
サクラ。
商店街にある魚屋「魚屋松本」の看板猫で、ふわふわの毛並みと、ぱっちりした目が特徴の若いメス猫だ。
しかし、今夜のサクラは、いつものような元気いっぱいの表情ではなかった。
(……クロ、今日も来るかな?)
そう思うと、耳がピクッと動き、しっぽが小さく揺れる。
ねこ又亭のカウンター席には、常連の猫たちが集い、香箱座りでのんびりとマタタビ酒を楽しんでいる。
厨房では、黒猫の店主・又五郎が静かに料理を作っていた。
そして――。
カラン、とドアベルが鳴る。
サクラは、反射的に顔を上げた。
そこに現れたのは――黒猫のクロだった。
2
クロはいつものように、カウンターの端の席へ向かう。
「親父、マタタビ酒」
「あいよ」
又五郎が手際よくグラスを用意する。
クロは無駄な動きをせず、すっと席につき、静かに酒を口に運ぶ。
サクラは、そんなクロをじっと見つめていた。
黒く艶のある毛並み、キリッとした目つき、落ち着いた雰囲気――。
(……やっぱりかっこいい)
しっぽの先が、そわそわと揺れる。
サクラは、少しだけためらったあと、意を決してカウンターへ向かった。
そして、スッと皿を差し出す。
「ねえ、クロ。これ……」
皿の上には、ピカピカに焼かれたアジが一匹。
サクラが、自分で選んできた特別な魚だった。
(猫が魚をくわえて渡すのは、愛情表現……)
商店街の先輩猫から、そんな話を聞いたことがある。
(だから、これを渡せば、きっとクロも――)
サクラは期待を込めて、クロをじっと見つめた。
しかし――。
クロは、ちらりと魚を見やり、ポツリと言った。
「……いらない」
「えっ?」
「今日はカツオが食べたかったんだ」
サクラの時間が、止まった。
(えっ……?)
せっかく選んできたのに。
せっかく勇気を出したのに――。
サクラの耳が、ぺたんと寝る。
隣で見ていた三毛猫のミケが、思わず両前足で顔を覆った。
(ダメだ、この猫、鈍感すぎる!!)
3
サクラはショックを受けつつも、なんとか笑顔を作る。
「そ、そっか。じゃあ、私が食べるね……」
パクリ、と焼き魚をかじる。
(……泣きたい)
ミケはなんとかフォローしようと、「クロ、サクラが選んだ魚は絶対おいしいんだよ!」と言った。
すると、クロは無表情のまま答えた。
「知ってるよ」
「え?」
サクラが顔を上げる。
「いつも、お前が選ぶ魚は、うまい」
クロは、何気なくそう言いながら、マタタビ酒をもうひと口飲む。
それだけの言葉。
でも、サクラの耳がピクリと動く。
(……いつも?)
クロは、サクラが選んだ魚をちゃんと食べてくれていたのだ。
それに気づいたとき、サクラのしっぽが、ほんの少し揺れた。
(……もう、鈍感なんだから)
サクラはそっと前足をなめ、毛づくろいをしながら、ひとりで顔を赤くしていた。
4
食事を終えたクロが席を立つ。
店を出る前に、入り口の爪とぎ柱へ向かい、ザリザリと爪を研いだ。
それは、「また来るよ」という印。
クロは特に何も言わず、ふらりと路地裏へ消えていった。
その背中を見送りながら、サクラはそっとつぶやく。
「……明日は、カツオにしようかな」
ミケが「やっぱり諦めないんだね~!」と笑う。
サクラは、少し照れくさそうにしながら、もう一度、しっぽを揺らした。
🐾 おまけレシピ:マタタビ香る魚のカルパッチョ
材料(2人分)
白身魚(タイ、ヒラメなど)…100g(薄切り)
オリーブオイル…大さじ1
レモン汁…小さじ1
塩・こしょう…少々
ねこ草(またはパセリ)…少々
乾燥マタタビ(飾り用・少量)
作り方
① 薄切りにした白身魚を皿に並べる。
② オリーブオイルとレモン汁を回しかけ、塩・こしょうで味を調える。
③ 仕上げにねこ草と乾燥マタタビをふりかける。
夜の路地裏に、カツオの香ばしい匂いが漂っていた。
ねこ又亭の暖簾が揺れる。
そこへ、一匹の三毛猫が、そわそわとした様子で足を踏み入れた。
サクラ。
商店街にある魚屋「魚屋松本」の看板猫で、ふわふわの毛並みと、ぱっちりした目が特徴の若いメス猫だ。
しかし、今夜のサクラは、いつものような元気いっぱいの表情ではなかった。
(……クロ、今日も来るかな?)
そう思うと、耳がピクッと動き、しっぽが小さく揺れる。
ねこ又亭のカウンター席には、常連の猫たちが集い、香箱座りでのんびりとマタタビ酒を楽しんでいる。
厨房では、黒猫の店主・又五郎が静かに料理を作っていた。
そして――。
カラン、とドアベルが鳴る。
サクラは、反射的に顔を上げた。
そこに現れたのは――黒猫のクロだった。
2
クロはいつものように、カウンターの端の席へ向かう。
「親父、マタタビ酒」
「あいよ」
又五郎が手際よくグラスを用意する。
クロは無駄な動きをせず、すっと席につき、静かに酒を口に運ぶ。
サクラは、そんなクロをじっと見つめていた。
黒く艶のある毛並み、キリッとした目つき、落ち着いた雰囲気――。
(……やっぱりかっこいい)
しっぽの先が、そわそわと揺れる。
サクラは、少しだけためらったあと、意を決してカウンターへ向かった。
そして、スッと皿を差し出す。
「ねえ、クロ。これ……」
皿の上には、ピカピカに焼かれたアジが一匹。
サクラが、自分で選んできた特別な魚だった。
(猫が魚をくわえて渡すのは、愛情表現……)
商店街の先輩猫から、そんな話を聞いたことがある。
(だから、これを渡せば、きっとクロも――)
サクラは期待を込めて、クロをじっと見つめた。
しかし――。
クロは、ちらりと魚を見やり、ポツリと言った。
「……いらない」
「えっ?」
「今日はカツオが食べたかったんだ」
サクラの時間が、止まった。
(えっ……?)
せっかく選んできたのに。
せっかく勇気を出したのに――。
サクラの耳が、ぺたんと寝る。
隣で見ていた三毛猫のミケが、思わず両前足で顔を覆った。
(ダメだ、この猫、鈍感すぎる!!)
3
サクラはショックを受けつつも、なんとか笑顔を作る。
「そ、そっか。じゃあ、私が食べるね……」
パクリ、と焼き魚をかじる。
(……泣きたい)
ミケはなんとかフォローしようと、「クロ、サクラが選んだ魚は絶対おいしいんだよ!」と言った。
すると、クロは無表情のまま答えた。
「知ってるよ」
「え?」
サクラが顔を上げる。
「いつも、お前が選ぶ魚は、うまい」
クロは、何気なくそう言いながら、マタタビ酒をもうひと口飲む。
それだけの言葉。
でも、サクラの耳がピクリと動く。
(……いつも?)
クロは、サクラが選んだ魚をちゃんと食べてくれていたのだ。
それに気づいたとき、サクラのしっぽが、ほんの少し揺れた。
(……もう、鈍感なんだから)
サクラはそっと前足をなめ、毛づくろいをしながら、ひとりで顔を赤くしていた。
4
食事を終えたクロが席を立つ。
店を出る前に、入り口の爪とぎ柱へ向かい、ザリザリと爪を研いだ。
それは、「また来るよ」という印。
クロは特に何も言わず、ふらりと路地裏へ消えていった。
その背中を見送りながら、サクラはそっとつぶやく。
「……明日は、カツオにしようかな」
ミケが「やっぱり諦めないんだね~!」と笑う。
サクラは、少し照れくさそうにしながら、もう一度、しっぽを揺らした。
🐾 おまけレシピ:マタタビ香る魚のカルパッチョ
材料(2人分)
白身魚(タイ、ヒラメなど)…100g(薄切り)
オリーブオイル…大さじ1
レモン汁…小さじ1
塩・こしょう…少々
ねこ草(またはパセリ)…少々
乾燥マタタビ(飾り用・少量)
作り方
① 薄切りにした白身魚を皿に並べる。
② オリーブオイルとレモン汁を回しかけ、塩・こしょうで味を調える。
③ 仕上げにねこ草と乾燥マタタビをふりかける。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】怠惰な天才の夜想曲(ノクターン)~伯爵家の次男は英雄になりたくない~
シマセイ
ファンタジー
ヴァインベルク伯爵家の次男アレンは、誰もが認める極度の怠け者。
しかしその正体は、専属メイドのソフィアだけが知る、国内最強クラスの天才魔導剣士だった。
英雄になることすら「面倒くさい」と、手柄を兄に押し付け、人知れず夜の闇で脅威を討ち滅ぼすアレン。
そんな彼が望むのは、ただソファの上で過ごす平穏な日々。
だが、国に迫る戦乱の影が、彼を安眠させてはくれないのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。
黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた!
「この力があれば、家族を、この村を救える!」
俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。
「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」
孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。
二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。
優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる