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🐾 第5話:迷い猫、帰る場所
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1
夜の路地裏に、小さな足音が響く。
ひとりぼっちのサビ猫が、頼りなく歩いていた。
コマ。
まだ生後半年ほどの子猫で、ひとりで行動するには少し心細い年頃だった。
(……ここ、どこ?)
昼間、家の庭で遊んでいるうちに、どんどん遠くまで来てしまい、気がつけば見知らぬ場所にいた。
周りには見たことのない建物ばかり。
さっきから同じ場所をぐるぐる回っている気がする。
(どうしよう……)
しっぽを丸め、不安そうにあたりを見回す。
そのとき、ふわりと美味しそうな魚の匂いが鼻をくすぐった。
(なんだろう……いい匂い……)
クンクンと鼻を動かし、匂いのする方へ進むと、目の前に**「ねこ又亭」**と書かれた看板が見えた。
入り口の暖簾が、風に揺れている。
中からは、楽しそうな猫たちの声と、焼き魚の香ばしい匂いが漂ってきた。
(……ここなら、あったかそう)
おそるおそる足を踏み入れようとした、その瞬間――。
「おい、新入りか?」
低く渋い声が響いた。
びくっとして顔を上げると、入り口の横で黒猫が座っていた。
店主の又五郎だった。
2
「ここに入るなら、まずは爪を研げ」
「……え?」
「ねこ又亭のルールだ」
又五郎は前足で、入り口の柱をトントンと叩いた。
よく見ると、柱には無数の爪あとが刻まれている。
コマは少し戸惑いながらも、前足をかけて、ガリガリと爪を研いだ。
(……なんか、ちょっと落ち着く)
「よし、これでお前も、ねこ又亭の客だ」
又五郎がそう言うと、店の奥から三毛猫のミケが駆け寄ってきた。
「わぁ、小さいお客さん! 迷子?」
「……うん」
コマが小さく頷くと、ミケは「そっかぁ」と優しくしっぽを揺らした。
「じゃあ、あったかいもの食べなきゃね! ねえ親父、何か作ってあげて!」
「へいへい」
又五郎は、面倒くさそうにしながらも、鍋を火にかけた。
3
しばらくして、コマの前に**「にゃんこ雑炊」**が運ばれてきた。
「ほれ、食え」
湯気の立つ雑炊の香りに、コマのお腹がぐぅと鳴る。
恥ずかしそうにしながらも、そっと一口食べる。
(……あったかい)
お米と魚のだしがじんわりと体に染みわたり、思わずしっぽの先がぴくっと動いた。
「美味しい?」
ミケがにこにこしながら聞くと、コマはこくんと頷く。
「よかった! いっぱい食べてね」
それを見ていたクロが、ぽつりと呟く。
「……で、この子はどうするんだ?」
コマの耳がぴくりと動いた。
「このまま帰れるのか?」
「……帰れるもん」
コマは反射的に言った。
「ひとりでだって、帰れるもん……!」
しかし、その言葉とは裏腹に、しっぽが不安そうに揺れている。
クロはそれを見て、小さくため息をついた。
「強がるなよ」
「強がってなんかない!」
コマはムッとして、しっぽを膨らませる。
「だって、ひとりで来たんだもん! ひとりで帰れるもん!」
そう言いながら、後ろ足の毛づくろいを始める。
しかし、その動きはぎこちなく、どこか落ち着きがなかった。
それを見たミケが、そっとコマの背中をなでた。
「迷子になったこと、怖くなかった?」
コマは、ピタリと動きを止める。
しばらく黙っていたが、やがて小さく言った。
「……ちょっとだけ」
4
「ひとりで帰るのもいいが……」
又五郎が、ゆっくりと口を開いた。
「頼れる場所があるなら、頼ったっていいんじゃねぇか?」
コマは、はっとして又五郎を見上げる。
又五郎は、カウンターの奥でグラスを拭きながら、静かに続けた。
「猫ってのは、気ままな生き物だけどな……帰る場所があるってのは、案外悪くねぇもんだ」
コマは、そっと前足を見つめた。
(……帰ったら、みんな怒るかな。心配してるかな)
コマは、ぎゅっと前足を握りしめた。
「……帰る」
ポツリと呟くと、クロが小さく頷いた。
「送っていこうか?」
「……いい。ひとりで帰る」
今度は、先ほどとは違う、ちゃんとした自信を持った声だった。
ミケがにこっと笑い、「じゃあ、気をつけて帰るんだよ!」と送り出す。
コマは店を出る前に、ふと入り口の柱に目を向けた。
(……もう一回、やっておこうかな)
そう思いながら、ガリガリと爪を研ぐ。
自分のにおいが、ここに残るように。
帰り道を見つけるために。
「また、来てもいい?」
コマがそっと聞くと、又五郎は「勝手にしろ」とぶっきらぼうに言った。
でも、しっぽがわずかに揺れていた。
コマは、小さく微笑んだ。
🐾 おまけレシピ:カツオだしの効いたにゃんこ雑炊
材料(2人分)
ごはん…150g
カツオだし…400ml
焼き魚(ほぐし身)…50g
卵…1個
ねこ草(ネギ代用可)…少々
作り方
① 鍋にカツオだしを入れて火にかける。
② ごはんと焼き魚のほぐし身を加え、弱火でコトコト煮る。
③ 溶き卵を回し入れ、ふんわりと仕上げる。
④ 仕上げにねこ草を散らして完成。
夜の路地裏に、小さな足音が響く。
ひとりぼっちのサビ猫が、頼りなく歩いていた。
コマ。
まだ生後半年ほどの子猫で、ひとりで行動するには少し心細い年頃だった。
(……ここ、どこ?)
昼間、家の庭で遊んでいるうちに、どんどん遠くまで来てしまい、気がつけば見知らぬ場所にいた。
周りには見たことのない建物ばかり。
さっきから同じ場所をぐるぐる回っている気がする。
(どうしよう……)
しっぽを丸め、不安そうにあたりを見回す。
そのとき、ふわりと美味しそうな魚の匂いが鼻をくすぐった。
(なんだろう……いい匂い……)
クンクンと鼻を動かし、匂いのする方へ進むと、目の前に**「ねこ又亭」**と書かれた看板が見えた。
入り口の暖簾が、風に揺れている。
中からは、楽しそうな猫たちの声と、焼き魚の香ばしい匂いが漂ってきた。
(……ここなら、あったかそう)
おそるおそる足を踏み入れようとした、その瞬間――。
「おい、新入りか?」
低く渋い声が響いた。
びくっとして顔を上げると、入り口の横で黒猫が座っていた。
店主の又五郎だった。
2
「ここに入るなら、まずは爪を研げ」
「……え?」
「ねこ又亭のルールだ」
又五郎は前足で、入り口の柱をトントンと叩いた。
よく見ると、柱には無数の爪あとが刻まれている。
コマは少し戸惑いながらも、前足をかけて、ガリガリと爪を研いだ。
(……なんか、ちょっと落ち着く)
「よし、これでお前も、ねこ又亭の客だ」
又五郎がそう言うと、店の奥から三毛猫のミケが駆け寄ってきた。
「わぁ、小さいお客さん! 迷子?」
「……うん」
コマが小さく頷くと、ミケは「そっかぁ」と優しくしっぽを揺らした。
「じゃあ、あったかいもの食べなきゃね! ねえ親父、何か作ってあげて!」
「へいへい」
又五郎は、面倒くさそうにしながらも、鍋を火にかけた。
3
しばらくして、コマの前に**「にゃんこ雑炊」**が運ばれてきた。
「ほれ、食え」
湯気の立つ雑炊の香りに、コマのお腹がぐぅと鳴る。
恥ずかしそうにしながらも、そっと一口食べる。
(……あったかい)
お米と魚のだしがじんわりと体に染みわたり、思わずしっぽの先がぴくっと動いた。
「美味しい?」
ミケがにこにこしながら聞くと、コマはこくんと頷く。
「よかった! いっぱい食べてね」
それを見ていたクロが、ぽつりと呟く。
「……で、この子はどうするんだ?」
コマの耳がぴくりと動いた。
「このまま帰れるのか?」
「……帰れるもん」
コマは反射的に言った。
「ひとりでだって、帰れるもん……!」
しかし、その言葉とは裏腹に、しっぽが不安そうに揺れている。
クロはそれを見て、小さくため息をついた。
「強がるなよ」
「強がってなんかない!」
コマはムッとして、しっぽを膨らませる。
「だって、ひとりで来たんだもん! ひとりで帰れるもん!」
そう言いながら、後ろ足の毛づくろいを始める。
しかし、その動きはぎこちなく、どこか落ち着きがなかった。
それを見たミケが、そっとコマの背中をなでた。
「迷子になったこと、怖くなかった?」
コマは、ピタリと動きを止める。
しばらく黙っていたが、やがて小さく言った。
「……ちょっとだけ」
4
「ひとりで帰るのもいいが……」
又五郎が、ゆっくりと口を開いた。
「頼れる場所があるなら、頼ったっていいんじゃねぇか?」
コマは、はっとして又五郎を見上げる。
又五郎は、カウンターの奥でグラスを拭きながら、静かに続けた。
「猫ってのは、気ままな生き物だけどな……帰る場所があるってのは、案外悪くねぇもんだ」
コマは、そっと前足を見つめた。
(……帰ったら、みんな怒るかな。心配してるかな)
コマは、ぎゅっと前足を握りしめた。
「……帰る」
ポツリと呟くと、クロが小さく頷いた。
「送っていこうか?」
「……いい。ひとりで帰る」
今度は、先ほどとは違う、ちゃんとした自信を持った声だった。
ミケがにこっと笑い、「じゃあ、気をつけて帰るんだよ!」と送り出す。
コマは店を出る前に、ふと入り口の柱に目を向けた。
(……もう一回、やっておこうかな)
そう思いながら、ガリガリと爪を研ぐ。
自分のにおいが、ここに残るように。
帰り道を見つけるために。
「また、来てもいい?」
コマがそっと聞くと、又五郎は「勝手にしろ」とぶっきらぼうに言った。
でも、しっぽがわずかに揺れていた。
コマは、小さく微笑んだ。
🐾 おまけレシピ:カツオだしの効いたにゃんこ雑炊
材料(2人分)
ごはん…150g
カツオだし…400ml
焼き魚(ほぐし身)…50g
卵…1個
ねこ草(ネギ代用可)…少々
作り方
① 鍋にカツオだしを入れて火にかける。
② ごはんと焼き魚のほぐし身を加え、弱火でコトコト煮る。
③ 溶き卵を回し入れ、ふんわりと仕上げる。
④ 仕上げにねこ草を散らして完成。
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