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隣に座るのは、歩くレオ様
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教室に入った瞬間、軽いめまいのようなものがした。
2年B組。事務的なフォントで打たれたクラス表に自分の名前を見つけ、悠翔は静かに頷くと、そのまま教室のドアを開けた。ガラス越しに見えた内部は、まさに「新学期の教室」の典型だった。新しい制服に身を包んだ生徒たちが、期待と緊張の混ざった顔でざわめいている。机を囲んで談笑するグループもあれば、ひとり黙って席についたまま視線を漂わせている者もいる。
悠翔はどちらかといえば後者に近かった。掲示された座席表に従い、窓際の後ろから二番目の席へ向かう。窓の外には桜が揺れていて、教室内にまで花びらが吹き込んできそうだった。鞄を机の横に掛けて腰を下ろす。ブレザーの裾を軽く直してから、教室の空気を吸い込んだ。
春の匂いと、少しだけ新しい机の木の匂い。鉛筆の芯の香り。全部、今の自分には新鮮だった。
教室のざわつきが少しずつ落ち着いてきたそのときだった。
静かに、しかし確実に場の空気が変わる音がした。
ドアが開く、というそれだけのことが、まるで何か特別な儀式のように感じられたのは、その人物が入ってきたからだった。
黒髪短髪。制服を一分の乱れもなく着こなし、背筋はすっと伸びている。立ち姿だけで周囲の視線を集めるほどの雰囲気があった。歩くたびに、制服の金縁が淡く揺れ、その下のローファーが静かに床を踏みしめる音が響いた。
見た瞬間、悠翔の思考が止まった。
「……え?」
その人が自分の方へ歩いてきて、隣の席に鞄を置いた。椅子を引く音が、やけに鮮明に耳に残る。悠翔はその間、ただ視線を上げたまま、何も言えずにいた。
彼は椅子に腰を下ろし、悠翔の方を見て、ごく自然に微笑んだ。
「京橋蒼真です。よろしく」
その声が、耳を打った瞬間。呼吸が、音もなく止まった。
顔。声。佇まい。表情。どれをとっても、見覚えがある。見覚えしかない。いや、むしろ脳裏に焼きついて離れなかった。
レオ様。
その名が、頭の中で何度も何度も響いた。
前世で、自分が命を懸けて愛した推し。言葉にならないほど敬い、崇め、見つめ続けたあの人が、今、隣に、息をして、存在している。
「……レオ様が……生きてる……?」
ほとんど無意識の声だった。喉の奥から、絞り出すように出たその言葉は、耳には届いても、意味として自分自身に返ってこなかった。
いや違う。わかってる。これはレオ様じゃない。あの人は架空の人物で、物語の中にしか存在しない。わかってる、わかってるけど……
目の前にいるこの人は、それでもなお、あまりにも“そのまま”だった。
声が出ない。口の中が渇いている。呼吸がうまくできない。体温が上がっているのがわかるのに、指先はやけに冷たい。頭の中が真っ白になって、何かを考えようとしても、単語が浮かんでは砕けていく。
「いや、ちがっ、これは夢? パラレル? 尊すぎて記憶飛ぶ……」
顔が熱い。目の奥がじんじんしている。けれど涙は出ない。感情が一気に溢れすぎて、逆にどこにも逃がしようがない。
こんなの、現実にあっていいわけがない。
「尊死……これが本当の、尊死……」
小さく口の中で呟いたつもりだったが、言葉が喉に詰まり、震えながら唇を閉じた。
隣の京橋くんが、心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫? 顔、赤いけど」
その声が、またしても胸を直撃する。静かで、深く、優しい響き。けれど、それだけに逃げ場がない。耳の奥が熱を持ち、鼓動がどんどん速くなる。肺が呼吸を忘れたように空気を吸ってくれない。
悠翔は、視線をそらすこともできずに、ただ唇を噛んだ。
隣にいるのは、京橋蒼真という人間。けれど、前世で自分が命をかけて愛したレオ様が、今この人の姿を借りて現実に存在している。
どうすればいいのかわからなかった。
逃げたくない。けれど、直視するには眩しすぎる。
これはもう、“推し”の次元じゃ済まない。
これから先、何が起こるのか、自分にどれだけの心の強さが残されているのか。それすらもわからない。
ただひとつ確かなのは――
人生が、ここで決定的に変わった、ということだった。
2年B組。事務的なフォントで打たれたクラス表に自分の名前を見つけ、悠翔は静かに頷くと、そのまま教室のドアを開けた。ガラス越しに見えた内部は、まさに「新学期の教室」の典型だった。新しい制服に身を包んだ生徒たちが、期待と緊張の混ざった顔でざわめいている。机を囲んで談笑するグループもあれば、ひとり黙って席についたまま視線を漂わせている者もいる。
悠翔はどちらかといえば後者に近かった。掲示された座席表に従い、窓際の後ろから二番目の席へ向かう。窓の外には桜が揺れていて、教室内にまで花びらが吹き込んできそうだった。鞄を机の横に掛けて腰を下ろす。ブレザーの裾を軽く直してから、教室の空気を吸い込んだ。
春の匂いと、少しだけ新しい机の木の匂い。鉛筆の芯の香り。全部、今の自分には新鮮だった。
教室のざわつきが少しずつ落ち着いてきたそのときだった。
静かに、しかし確実に場の空気が変わる音がした。
ドアが開く、というそれだけのことが、まるで何か特別な儀式のように感じられたのは、その人物が入ってきたからだった。
黒髪短髪。制服を一分の乱れもなく着こなし、背筋はすっと伸びている。立ち姿だけで周囲の視線を集めるほどの雰囲気があった。歩くたびに、制服の金縁が淡く揺れ、その下のローファーが静かに床を踏みしめる音が響いた。
見た瞬間、悠翔の思考が止まった。
「……え?」
その人が自分の方へ歩いてきて、隣の席に鞄を置いた。椅子を引く音が、やけに鮮明に耳に残る。悠翔はその間、ただ視線を上げたまま、何も言えずにいた。
彼は椅子に腰を下ろし、悠翔の方を見て、ごく自然に微笑んだ。
「京橋蒼真です。よろしく」
その声が、耳を打った瞬間。呼吸が、音もなく止まった。
顔。声。佇まい。表情。どれをとっても、見覚えがある。見覚えしかない。いや、むしろ脳裏に焼きついて離れなかった。
レオ様。
その名が、頭の中で何度も何度も響いた。
前世で、自分が命を懸けて愛した推し。言葉にならないほど敬い、崇め、見つめ続けたあの人が、今、隣に、息をして、存在している。
「……レオ様が……生きてる……?」
ほとんど無意識の声だった。喉の奥から、絞り出すように出たその言葉は、耳には届いても、意味として自分自身に返ってこなかった。
いや違う。わかってる。これはレオ様じゃない。あの人は架空の人物で、物語の中にしか存在しない。わかってる、わかってるけど……
目の前にいるこの人は、それでもなお、あまりにも“そのまま”だった。
声が出ない。口の中が渇いている。呼吸がうまくできない。体温が上がっているのがわかるのに、指先はやけに冷たい。頭の中が真っ白になって、何かを考えようとしても、単語が浮かんでは砕けていく。
「いや、ちがっ、これは夢? パラレル? 尊すぎて記憶飛ぶ……」
顔が熱い。目の奥がじんじんしている。けれど涙は出ない。感情が一気に溢れすぎて、逆にどこにも逃がしようがない。
こんなの、現実にあっていいわけがない。
「尊死……これが本当の、尊死……」
小さく口の中で呟いたつもりだったが、言葉が喉に詰まり、震えながら唇を閉じた。
隣の京橋くんが、心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫? 顔、赤いけど」
その声が、またしても胸を直撃する。静かで、深く、優しい響き。けれど、それだけに逃げ場がない。耳の奥が熱を持ち、鼓動がどんどん速くなる。肺が呼吸を忘れたように空気を吸ってくれない。
悠翔は、視線をそらすこともできずに、ただ唇を噛んだ。
隣にいるのは、京橋蒼真という人間。けれど、前世で自分が命をかけて愛したレオ様が、今この人の姿を借りて現実に存在している。
どうすればいいのかわからなかった。
逃げたくない。けれど、直視するには眩しすぎる。
これはもう、“推し”の次元じゃ済まない。
これから先、何が起こるのか、自分にどれだけの心の強さが残されているのか。それすらもわからない。
ただひとつ確かなのは――
人生が、ここで決定的に変わった、ということだった。
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