23 / 29
“恋人”って、なんなんだよ
しおりを挟む
駅前のロータリー、午前十時少し前。
蝉の声が高く鳴いていて、アスファルトがじわじわと焼けるように熱い。
夏の本番が始まったばかりの空気が、肌にまとわりついていた。
陸は、待ち合わせ場所の柱の陰に立って、スマホの画面を何度も確認していた。
時間にして、まだ待ち合わせの三分前。
でも、心臓の鼓動はなぜか早い。
シャツの襟元を引っ張って風を通そうとするたび、指先にじっとり汗が滲んでいるのを感じた。
「陸、お待たせ」
聞き慣れた声が、正面から届いた。
顔を上げて、視線を向けた瞬間、陸は言葉を失った。
蓮が、そこにいた。
でも、いつもの蓮とは、まるで違った。
黒のキャップに、白地のシャツ。
風に軽く揺れるリネン素材のジャケット。
スリムなデニムに、白いスニーカー。
モデルとしての洗練された雰囲気はありつつも、決して飾りすぎず、それでいて完璧に“かっこいい”。
「……なに、その顔」
「……いや、似合ってんなってだけ」
「ふふ、ありがと。今日は、ちゃんと“デート”だからね?」
さらっと言って、蓮は自然な動きで歩き出す。
陸もそれに続いたけれど、足元のリズムが変にぎこちない。
すぐ隣を歩いているというだけで、意識がまともじゃなくなる。
電車に揺られ、向かったのはショッピングモールが併設された駅ビルの街。
カフェでお茶を飲んだり、雑貨店をのぞいたりと、目的地を決めないぶらりデート。
普通に楽しめばいいのに、陸の意識はずっと一点に集中していた。
「……なあ」
「ん?」
「手、つなぐ……?」
「あ、うん」
声が重なり、手を伸ばすタイミングも重なって、ぎこちなく触れ合った指先が、お互いの方向に行き違った。
「ちょ、俺こっちだった」
「ごめん、俺も焦った」
二人して小声で笑う。
ようやくつなげた手のひらは、思った以上にあたたかくて、陸の手の甲にじんわり汗が浮いた。
「……暑いな」
「手汗?」
「うるせぇ」
そう言いながらも、手を離す気にはなれなかった。
人混みの中で、蓮の隣を歩く。
それだけで、周囲の視線を感じてしまう。
特に、女子高生のグループがすれ違いざまに「あの人イケメンすぎじゃない?」とささやいたのが、はっきりと耳に入った。
隣にいるのが自分だというのが、なんだか信じられなかった。
「陸、疲れてない?」
「ちょっと、だけ……人多すぎて、な」
「じゃあ、公園のほう行ってみようか。噴水のベンチ、空いてたら休めそう」
そう言って蓮はまた、手を引いた。
握られた指先に力がこもっている。
逃がさないよ、とでも言うように。
歩くだけなのに、バクバクすんの、なんだこれ。
今まで何度も並んで歩いてきたのに。
今はただ、ただ、全部が違って感じる。
公園に着いて、噴水のそばのベンチにふたりで腰を下ろした。
風が少し強く吹いて、蓮の髪が揺れる。
夕方の気配が混じり始めた空の色が、優しいオレンジに染まりつつあった。
「今日さ」
蓮が、ポケットから取り出した小さなペットボトルを陸に渡しながら言う。
「今日の陸、ずっとかわいかったよ」
「……は?」
「すぐ照れるし、目泳ぐし。
でも、ちゃんと俺の隣にいてくれて、嬉しかった」
陸は言葉を返せなかった。
ただ、ペットボトルのラベルを見つめたまま、小さく口を結んだ。
その沈黙をどう取ったのか、蓮は少し笑って、もう一度言う。
「今日、楽しかった。ありがとう」
「……俺も。たぶん、な」
それだけ言って、蓮のほうを見た。
笑っている。その笑顔が、思っていたよりもずっと近かった。
恋人になったのに、まだよく分からないことばかりだ。
手をつなぐタイミングも、目を合わせる呼吸も、まだぎこちない。
けれどその不器用さごと、全部大事に思えた。
帰り道、夕焼けの中を歩きながら、もう一度そっと手を重ねた。
今度は、お互いに何も言わずに。
蝉の声が高く鳴いていて、アスファルトがじわじわと焼けるように熱い。
夏の本番が始まったばかりの空気が、肌にまとわりついていた。
陸は、待ち合わせ場所の柱の陰に立って、スマホの画面を何度も確認していた。
時間にして、まだ待ち合わせの三分前。
でも、心臓の鼓動はなぜか早い。
シャツの襟元を引っ張って風を通そうとするたび、指先にじっとり汗が滲んでいるのを感じた。
「陸、お待たせ」
聞き慣れた声が、正面から届いた。
顔を上げて、視線を向けた瞬間、陸は言葉を失った。
蓮が、そこにいた。
でも、いつもの蓮とは、まるで違った。
黒のキャップに、白地のシャツ。
風に軽く揺れるリネン素材のジャケット。
スリムなデニムに、白いスニーカー。
モデルとしての洗練された雰囲気はありつつも、決して飾りすぎず、それでいて完璧に“かっこいい”。
「……なに、その顔」
「……いや、似合ってんなってだけ」
「ふふ、ありがと。今日は、ちゃんと“デート”だからね?」
さらっと言って、蓮は自然な動きで歩き出す。
陸もそれに続いたけれど、足元のリズムが変にぎこちない。
すぐ隣を歩いているというだけで、意識がまともじゃなくなる。
電車に揺られ、向かったのはショッピングモールが併設された駅ビルの街。
カフェでお茶を飲んだり、雑貨店をのぞいたりと、目的地を決めないぶらりデート。
普通に楽しめばいいのに、陸の意識はずっと一点に集中していた。
「……なあ」
「ん?」
「手、つなぐ……?」
「あ、うん」
声が重なり、手を伸ばすタイミングも重なって、ぎこちなく触れ合った指先が、お互いの方向に行き違った。
「ちょ、俺こっちだった」
「ごめん、俺も焦った」
二人して小声で笑う。
ようやくつなげた手のひらは、思った以上にあたたかくて、陸の手の甲にじんわり汗が浮いた。
「……暑いな」
「手汗?」
「うるせぇ」
そう言いながらも、手を離す気にはなれなかった。
人混みの中で、蓮の隣を歩く。
それだけで、周囲の視線を感じてしまう。
特に、女子高生のグループがすれ違いざまに「あの人イケメンすぎじゃない?」とささやいたのが、はっきりと耳に入った。
隣にいるのが自分だというのが、なんだか信じられなかった。
「陸、疲れてない?」
「ちょっと、だけ……人多すぎて、な」
「じゃあ、公園のほう行ってみようか。噴水のベンチ、空いてたら休めそう」
そう言って蓮はまた、手を引いた。
握られた指先に力がこもっている。
逃がさないよ、とでも言うように。
歩くだけなのに、バクバクすんの、なんだこれ。
今まで何度も並んで歩いてきたのに。
今はただ、ただ、全部が違って感じる。
公園に着いて、噴水のそばのベンチにふたりで腰を下ろした。
風が少し強く吹いて、蓮の髪が揺れる。
夕方の気配が混じり始めた空の色が、優しいオレンジに染まりつつあった。
「今日さ」
蓮が、ポケットから取り出した小さなペットボトルを陸に渡しながら言う。
「今日の陸、ずっとかわいかったよ」
「……は?」
「すぐ照れるし、目泳ぐし。
でも、ちゃんと俺の隣にいてくれて、嬉しかった」
陸は言葉を返せなかった。
ただ、ペットボトルのラベルを見つめたまま、小さく口を結んだ。
その沈黙をどう取ったのか、蓮は少し笑って、もう一度言う。
「今日、楽しかった。ありがとう」
「……俺も。たぶん、な」
それだけ言って、蓮のほうを見た。
笑っている。その笑顔が、思っていたよりもずっと近かった。
恋人になったのに、まだよく分からないことばかりだ。
手をつなぐタイミングも、目を合わせる呼吸も、まだぎこちない。
けれどその不器用さごと、全部大事に思えた。
帰り道、夕焼けの中を歩きながら、もう一度そっと手を重ねた。
今度は、お互いに何も言わずに。
2
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!
佐倉海斗
BL
十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。
相手は幼馴染の杉田律だ。
……この恋は障害が多すぎる。
律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。
※三人称の全年齢BLです※
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる