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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています
プロローグ 出張、しかも課長とふたりきり!?
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朝の羽田空港は、すでにビジネスマンでごった返していた。
スーツにキャリーケース、片手にコーヒー。周囲の会話はほとんどが今日のスケジュールか、天気の話。
そんななか、橘陽翔は、どこか浮かれたような顔で出発ロビーの端に立っていた。
右手には、出張用のビジネスバッグ。左手には搭乗券とスマートフォン。
いつも通りの出社時よりは少しカジュアルめのネクタイを締め、革靴の音を鳴らして歩く自分の足取りが、いつもより軽く感じるのは――気のせいじゃない。
「課長、コーヒー買ってきますよ。何がいいですか?」
そう声をかけた先には、ベンチに腰をかけて欠伸を噛み殺す男。
榊圭吾、四十二歳。陽翔の上司であり、そして――14歳年上の恋人でもある男は、少し乱れたスーツのまま、ラウンジの椅子に座っていた。
「……なんでもええ。カフェラテとか。ていうか……寒ないか?」
「空港ですから。空調強めなんですよ」
そう言って陽翔は、自販機の方へ歩きながら、小さく笑った。
今日は福岡出張。先方との打ち合わせに、資料と名刺と、そして“榊課長”が同行する。
同じフライト、同じ目的地、同じ部屋での仕事――
社内では何食わぬ顔で上司と部下を演じていても、実際はもう何ヶ月も、同じ家で朝食をとり、夜はソファで並んでテレビを見ている。
けれど出張は、日常のようでいて、ほんの少し違う。
いつものキッチンも、ダイニングテーブルもない。
ベッドも、歯ブラシも、シャツのアイロンも、今日だけは“旅先”のものだ。
だからかもしれない。
今朝の陽翔は、少しだけ浮かれていた。
カフェラテをふたつ手に戻ってくると、榊はバッグに手をかけて、ゆっくりと立ち上がった。
「ほな、行こか」
そう言って彼は、眠たげなまま、陽翔の隣に並ぶ。
ふたりで搭乗ゲートに向かう間、会話はほとんどない。
周囲の乗客は、まさかこのふたりが“恋人同士”だとは思わないだろう。
けれど、陽翔は知っている。
榊の歩調が少し遅めなのは、眠いときの癖だということも。
カフェラテを飲むとき、最初の一口はかならずすするようにして口をつけることも。
右手でスーツのポケットをまさぐるのは、無意識に鍵やタバコを確認している仕草だということも。
小さなことだ。でも、それが愛おしい。
搭乗口に並ぶ列に加わると、ふたりは自然と隣に立つ。
「席、通路側がええか?」
「俺、窓側がいいです」
「子どもか」
「ちょっとくらい夢見たっていいでしょう。スターフライヤーなんて、なかなか乗れませんからね」
榊は苦笑しながら、胸ポケットの搭乗券を指で弾いた。
「陽翔、仕事で来てるんやで」
「わかってますよ。でも……」
陽翔は声を落として、榊の肩に視線を落とす。
――でも、こうしてふたりで遠くに行けることが、ただ嬉しかった。
席に着いてからも、榊は眠そうに目を細めたまま、窓の外をちらりと眺めて、すぐに背もたれに頭を預けた。
CAがベルトの確認をし、アナウンスが流れる中、陽翔はひとつ深呼吸する。
耳元では、機内の静かな空調音。
隣からは、榊のゆっくりとした呼吸。
この空間で、隣にいるのがこの人でよかったと、素直に思う。
付き合い始めてから、こんなふうに“遠くに行く”のは初めてだった。
もしかしたらこの出張で、いつもは見えない榊の顔が、ひとつでも見られるかもしれない。
仕事をしているときのまなざし、食事のときのちょっとした仕草。
ホテルの部屋で、部屋着姿で缶ビールを飲んでいるような――そんな、ふだん見られない顔。
そんなことを考えてしまう自分に、少し呆れながらも、やっぱり顔がゆるんでしまう。
窓の外では、滑走路に向かって機体がゆっくりと動き始めていた。
朝日が鋭く差し込み、主翼を白く照らしている。
陽翔は目を閉じながら、心の中でぽつりと呟いた。
――出張だけど。
――やっぱり俺、この人の隣が一番落ち着くな。
窓の外に広がる空は、今日だけは、いつもより少しだけまぶしく見えた。
スーツにキャリーケース、片手にコーヒー。周囲の会話はほとんどが今日のスケジュールか、天気の話。
そんななか、橘陽翔は、どこか浮かれたような顔で出発ロビーの端に立っていた。
右手には、出張用のビジネスバッグ。左手には搭乗券とスマートフォン。
いつも通りの出社時よりは少しカジュアルめのネクタイを締め、革靴の音を鳴らして歩く自分の足取りが、いつもより軽く感じるのは――気のせいじゃない。
「課長、コーヒー買ってきますよ。何がいいですか?」
そう声をかけた先には、ベンチに腰をかけて欠伸を噛み殺す男。
榊圭吾、四十二歳。陽翔の上司であり、そして――14歳年上の恋人でもある男は、少し乱れたスーツのまま、ラウンジの椅子に座っていた。
「……なんでもええ。カフェラテとか。ていうか……寒ないか?」
「空港ですから。空調強めなんですよ」
そう言って陽翔は、自販機の方へ歩きながら、小さく笑った。
今日は福岡出張。先方との打ち合わせに、資料と名刺と、そして“榊課長”が同行する。
同じフライト、同じ目的地、同じ部屋での仕事――
社内では何食わぬ顔で上司と部下を演じていても、実際はもう何ヶ月も、同じ家で朝食をとり、夜はソファで並んでテレビを見ている。
けれど出張は、日常のようでいて、ほんの少し違う。
いつものキッチンも、ダイニングテーブルもない。
ベッドも、歯ブラシも、シャツのアイロンも、今日だけは“旅先”のものだ。
だからかもしれない。
今朝の陽翔は、少しだけ浮かれていた。
カフェラテをふたつ手に戻ってくると、榊はバッグに手をかけて、ゆっくりと立ち上がった。
「ほな、行こか」
そう言って彼は、眠たげなまま、陽翔の隣に並ぶ。
ふたりで搭乗ゲートに向かう間、会話はほとんどない。
周囲の乗客は、まさかこのふたりが“恋人同士”だとは思わないだろう。
けれど、陽翔は知っている。
榊の歩調が少し遅めなのは、眠いときの癖だということも。
カフェラテを飲むとき、最初の一口はかならずすするようにして口をつけることも。
右手でスーツのポケットをまさぐるのは、無意識に鍵やタバコを確認している仕草だということも。
小さなことだ。でも、それが愛おしい。
搭乗口に並ぶ列に加わると、ふたりは自然と隣に立つ。
「席、通路側がええか?」
「俺、窓側がいいです」
「子どもか」
「ちょっとくらい夢見たっていいでしょう。スターフライヤーなんて、なかなか乗れませんからね」
榊は苦笑しながら、胸ポケットの搭乗券を指で弾いた。
「陽翔、仕事で来てるんやで」
「わかってますよ。でも……」
陽翔は声を落として、榊の肩に視線を落とす。
――でも、こうしてふたりで遠くに行けることが、ただ嬉しかった。
席に着いてからも、榊は眠そうに目を細めたまま、窓の外をちらりと眺めて、すぐに背もたれに頭を預けた。
CAがベルトの確認をし、アナウンスが流れる中、陽翔はひとつ深呼吸する。
耳元では、機内の静かな空調音。
隣からは、榊のゆっくりとした呼吸。
この空間で、隣にいるのがこの人でよかったと、素直に思う。
付き合い始めてから、こんなふうに“遠くに行く”のは初めてだった。
もしかしたらこの出張で、いつもは見えない榊の顔が、ひとつでも見られるかもしれない。
仕事をしているときのまなざし、食事のときのちょっとした仕草。
ホテルの部屋で、部屋着姿で缶ビールを飲んでいるような――そんな、ふだん見られない顔。
そんなことを考えてしまう自分に、少し呆れながらも、やっぱり顔がゆるんでしまう。
窓の外では、滑走路に向かって機体がゆっくりと動き始めていた。
朝日が鋭く差し込み、主翼を白く照らしている。
陽翔は目を閉じながら、心の中でぽつりと呟いた。
――出張だけど。
――やっぱり俺、この人の隣が一番落ち着くな。
窓の外に広がる空は、今日だけは、いつもより少しだけまぶしく見えた。
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