オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています

俺たち、仕事でも相性いいんですよ

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会議を終えたあと、ふたりで取引先ビルを出たときには、空はすっかり明るく晴れ渡っていた。

福岡の街は、午後の陽射しのなかで活気に満ちている。  
車の音と、信号のメロディと、どこかから聞こえる話し声。  
知らない土地の雑踏が、なぜか少し心地よく感じられた。

スーツの裾が風に揺れる。榊はジャケットの前を外し、ネクタイを少し緩めた。  
いつもの姿だが、どこか――今日の榊は、少しだけ違って見えた。

歩道を並んで歩く陽翔は、手にした資料ファイルを小脇に抱えたまま、ちらりと榊を横目で見た。

「……俺たち、仕事でも相性いいんですよ。思ってたより」

ぽつりと、自然にこぼれた言葉だった。  
照れも謙遜もない。ただ、今日一日を通して実感した、そのままの気持ち。

榊は足を止めることもなく、前を向いたまま「うん」とだけ返した。

その短い返事に、陽翔は思わず眉をひそめた。  
「……うん、だけ?」

榊は少し肩を揺らして笑う。

「せやな。ほんま、ええコンビやな」

その言葉に、陽翔は不意に顔を逸らした。  
ビルの窓に映る自分たちの影を見て、無意識に足元を見つめる。

コンビ。

そう言われて、少しだけ胸がくすぐったくなった。

恋人になって、もう半年以上が経つ。  
日々の暮らしも、名前の呼び方も、ふたりの間にはいろんな“変化”があった。

けれど、“仕事”は別だった。  
職場では、上司と部下。  
仕事では、責任と役割で動いてきた。

今日初めて、はっきりと“チーム”だと思えた。  
そして、それを“ちゃんとした言葉”で肯定してもらえた気がして――陽翔は胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じた。

「……俺、今までずっと、課長に引っ張ってもらってばっかりだと思ってました」  
「でも今日みたいに、ちゃんと並んで仕事できた気がして。ちょっとだけ、自信つきました」

言葉にするのは、思っていたよりも恥ずかしい。  
それでも、今なら言えると思った。

榊はその言葉に、なにも返さなかった。  
ただ、ポケットに手を入れたまま、真っ直ぐ前を見て歩いている。

陽翔も、無理に続きを求めず、肩を並べたまま沈黙を受け入れた。

風が通り抜け、スーツの裾を揺らす。  
信号が青に変わり、横断歩道を渡る。  
その間も、榊は何も言わなかった。

だが、それが不思議と寂しくなかった。

この人は、たぶんそういう人だ。  
大きな声で褒めたり、はっきり言葉にすることは少ない。  
けれど、そっと背中を押してくれるタイミングは、いつも完璧で。  
そして、言葉にせずとも伝わるものを、大切にしている。

陽翔は思い出す。  
さっきの会議中、話している自分の言葉に、榊がタイミングを合わせてくれたあの感覚。  
会議後の一言だけで、自分の努力をしっかり見てくれていたことがわかった、あの余韻。

(俺たち、ほんまに“組んでる”んやな)

恋人であることとは別に、  
こうして“仕事でもひとつのチーム”として認められている感覚が、陽翔の胸の奥をあたためた。

歩きながらふと、手元の資料ファイルを見下ろす。  
午前中まで緊張でいっぱいだったそれは、今は軽く感じる。

「……じゃあ、次は、もう一軒挨拶行って、そのあとホテルチェックインですね」

榊は「せやな。夕飯どうする?」と、ふいに尋ねた。

「せっかく福岡来てますし。何かご当地の、食べたいです」

「ほな……もつ鍋とか?」

「ベタですね。でも、それで」

他愛のない会話が続く。  
けれど、陽翔の中にはずっと、“確かな感覚”が残っていた。

恋人でありながら、ちゃんと“仕事でも向き合える相手”。  
それは当たり前のようでいて、当たり前じゃない。  
まして、榊のような人と“並んで歩けている”ことが、陽翔には何よりも誇らしかった。

遠くで地下鉄の音が響く。  
午後の陽射しが、ビルの壁を黄金色に染め始めている。

その横を、肩を並べて歩くふたりの影が、地面に伸びていた。  
恋人の顔でも、上司の顔でもなく――  
“パートナー”としての、確かな輪郭を描いていた。
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