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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています
もつ鍋と、よくしゃべる課長の夜
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店の暖簾をくぐった瞬間、香ばしい出汁の香りと、低く響く笑い声がふたりを包んだ。
外のにぎわいから切り離されたような、静かな路地裏の居酒屋。
店内は小ぢんまりとしていて、奥のほうにある小上がりの席に案内されると、
掘りごたつ式のテーブルに腰を下ろした途端、陽翔は自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
「落ち着くな、こういう店」
榊がメニューを手にしながらぽつりとこぼす。
「地元の人しか知らなさそうな場所、いいですね」
「よう見つけたな、こんなん」
「昨日の夜、必死で調べました。課長の舌、下手なとこ連れていくと厳しいんで」
「おい、俺そんなグルメみたいなこと言うたことあったか?」
「なくても、顔に出ます」
軽口を交わしながら、ビールと、名物のもつ鍋を注文した。
やがて鍋がテーブルの真ん中でぐつぐつと音を立てはじめる。
にらとキャベツの間からぷりぷりのもつが顔を出し、甘辛い香りが立ちのぼる。
その湯気越しに見える榊の横顔は、仕事中にはなかなか見られない、少し気の抜けた表情をしていた。
ビールの瓶を傾けて榊に注ぐと、「おお、すまんな」と返ってくる。
その声が妙にやわらかく、陽翔の中で小さく波紋が広がった。
「……若い頃なあ」
鍋をかき混ぜながら、榊がぽつりと話し出した。
「はじめて営業ひとりで任されたとき、やらかしたんよ。
とある取引先に、見積もり出すときに数字、一桁間違えて出してもうて」
「一桁……」
「せや。相手も、あれ? って感じやったんやけどな、
なんか流れで『まあまあ、こっちもこの条件ならええですよ』って話進んでもうて」
「それ、契約になったんですか?」
「なった。でも後で部長に怒られてな。
『そのまま通してたら、社が損するとこやぞ』って」
「……どうしたんですか?」
「そら、お前。正座して謝ったやろ。土下座まではいかんかったけど、膝、真っ赤やったわ」
そう言って榊は、ビールをぐいとあおった。
口元は笑っていたけれど、その目元にはほんのりと疲れがにじんでいた。
「俺、謝るのだけは昔から慣れてるんや」
「慣れるもんですか、それ……」
陽翔は笑いながらも、ふと、その時の榊の姿を想像していた。
スーツの膝を擦りながら、静かに頭を下げる榊。
怒鳴られるでもなく、けれど確かに責任を引き受けようとするその姿は、
今の彼の“芯”とまったく変わらないものに思えた。
(俺だから、そんな話をしてくれるんですね)
心の中で、ひっそりとそうつぶやいた。
榊が話す“過去”は、誰にでも見せているものではない気がした。
けれど、もしこの夜、自分にだけ話してくれたのなら――
その記憶の一部になれたような気がして、少しだけ特別な気持ちになれるのに。
榊が器に鍋を取り分けてくれる。
「食え食え。冷めんうちに」
「……いただきます」
湯気の向こうにあるその横顔を、陽翔はそっと見つめた。
口には出さないけれど、その表情が、ほんの少しやさしく見えた気がした。
外のにぎわいから切り離されたような、静かな路地裏の居酒屋。
店内は小ぢんまりとしていて、奥のほうにある小上がりの席に案内されると、
掘りごたつ式のテーブルに腰を下ろした途端、陽翔は自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
「落ち着くな、こういう店」
榊がメニューを手にしながらぽつりとこぼす。
「地元の人しか知らなさそうな場所、いいですね」
「よう見つけたな、こんなん」
「昨日の夜、必死で調べました。課長の舌、下手なとこ連れていくと厳しいんで」
「おい、俺そんなグルメみたいなこと言うたことあったか?」
「なくても、顔に出ます」
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やがて鍋がテーブルの真ん中でぐつぐつと音を立てはじめる。
にらとキャベツの間からぷりぷりのもつが顔を出し、甘辛い香りが立ちのぼる。
その湯気越しに見える榊の横顔は、仕事中にはなかなか見られない、少し気の抜けた表情をしていた。
ビールの瓶を傾けて榊に注ぐと、「おお、すまんな」と返ってくる。
その声が妙にやわらかく、陽翔の中で小さく波紋が広がった。
「……若い頃なあ」
鍋をかき混ぜながら、榊がぽつりと話し出した。
「はじめて営業ひとりで任されたとき、やらかしたんよ。
とある取引先に、見積もり出すときに数字、一桁間違えて出してもうて」
「一桁……」
「せや。相手も、あれ? って感じやったんやけどな、
なんか流れで『まあまあ、こっちもこの条件ならええですよ』って話進んでもうて」
「それ、契約になったんですか?」
「なった。でも後で部長に怒られてな。
『そのまま通してたら、社が損するとこやぞ』って」
「……どうしたんですか?」
「そら、お前。正座して謝ったやろ。土下座まではいかんかったけど、膝、真っ赤やったわ」
そう言って榊は、ビールをぐいとあおった。
口元は笑っていたけれど、その目元にはほんのりと疲れがにじんでいた。
「俺、謝るのだけは昔から慣れてるんや」
「慣れるもんですか、それ……」
陽翔は笑いながらも、ふと、その時の榊の姿を想像していた。
スーツの膝を擦りながら、静かに頭を下げる榊。
怒鳴られるでもなく、けれど確かに責任を引き受けようとするその姿は、
今の彼の“芯”とまったく変わらないものに思えた。
(俺だから、そんな話をしてくれるんですね)
心の中で、ひっそりとそうつぶやいた。
榊が話す“過去”は、誰にでも見せているものではない気がした。
けれど、もしこの夜、自分にだけ話してくれたのなら――
その記憶の一部になれたような気がして、少しだけ特別な気持ちになれるのに。
榊が器に鍋を取り分けてくれる。
「食え食え。冷めんうちに」
「……いただきます」
湯気の向こうにあるその横顔を、陽翔はそっと見つめた。
口には出さないけれど、その表情が、ほんの少しやさしく見えた気がした。
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