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実家に帰らせていただきます(なお、恋人付き)
“うちの子が選んだ人”として
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台所から漂う湯気と、味噌の香りが部屋をゆっくりと満たしていく。
榊の実家のダイニングテーブルは、どこか懐かしさを感じさせる木の質感で、陽翔はそこに置かれた湯呑みや箸の並びを、静かに目で追っていた。
百合子はコンロの前で菜箸を握りながら、ひとりごとのように言った。
「圭吾、小さい頃から恋バナなんて一度もなかったわ~。友達の話ばっかりで、好きな子のひとりも聞いたことない」
その言葉に、陽翔は思わず笑ってしまった。
声を殺したつもりだったが、やや大きくなってしまったようで、百合子がくるりとこちらを振り向く。
「ぼくも、聞いたことないです」
その言葉に、榊が椅子を軋ませて振り向いた。
表情は明らかにむくれていて、唇が少し尖っている。
「……余計なこと言うなや」
陽翔は目を伏せて、肩をすくめた。
けれど、隠しきれない微笑みが口元に残った。
ソファに座っていた雅彦が、それを見て声を上げて笑う。
「いやいや、俺は知ってるで。圭吾、モテてたもんな~中学んとき。本人が気づいてなかっただけで。バレンタインのときなんか、机の中、毎年パンパンやったやん」
「……ええから黙れ」
榊はうんざりしたように目を細め、額を指先で押さえた。
けれど、それが全く怒っているようには見えず、むしろ照れを隠しているようにしか見えなかった。
百合子は鍋を火から下ろしながら、にこにこと笑っている。
「でも、圭吾が“この子がええ”って言ってくれたの、ほんまにうれしかったんよ」
その声は、料理の湯気よりもあたたかくて、どこか滲んでいた。
陽翔は一瞬目を見開いたが、すぐにうつむいた。
数秒、言葉を探してから、静かに言った。
「……ぼくも、圭吾さんと出会えてよかったです」
その言葉には、見せびらかすようなものは何もなかった。
けれど、確かな実感があった。
これまでふたりで過ごしてきた日々と、交わした言葉と、寄り添ってきた夜。
そのすべてが、いまのひと言に込められていた。
ダイニングにいた榊は、ふいにぴたりと動きを止めた。
何かを返そうとしたのかもしれない。けれど、その声は出なかった。
陽翔が顔を上げると、榊は視線を外したまま、耳だけがはっきりと赤く染まっていた。
それを見た百合子が、小さく吹き出す。
「あらら。圭吾が言葉なくなるなんて、珍しいこと」
「……うるさい」
榊の反応は短くて素っ気なかったが、それを遮るような空気はどこにもなかった。
むしろ、その不器用さすらも、家族のなかでは当たり前のように受け入れられていた。
陽翔は、そのやり取りを見ながら、少しずつ心がほぐれていくのを感じていた。
この人が育った家には、言葉よりも先に“理解”があって、
表情や声の調子や、背中の動きで、感情が伝わっていくのだと知った。
「圭吾さんって、ほんと、昔から変わってないんですね」
思わず口にした言葉に、榊はまたむっとしたように顔をしかめた。
「……もう何も言うな」
けれど、その声には、怒りはなかった。
ただ、照れを含んだ、不器用な優しさがにじんでいた。
その一瞬の沈黙を破るように、百合子がテーブルに煮物を運んでくる。
「ほら、あったかいうちに食べてな。陽翔くん、遠慮せんといっぱい食べや」
「はい、ありがとうございます」
陽翔は丁寧に礼を言って、テーブルに向かう。
榊も何も言わずに席に着く。
ふたり分の箸が並び、湯気が立つ。
そのすべてが、どこか懐かしくて、あたらしかった。
陽翔はこの夜のことを、きっとずっと忘れないだろうと思った。
“うちの子が選んだ人”として、初めて座った食卓。
その記憶が、じんわりと胸の奥をあたためていた。
榊の実家のダイニングテーブルは、どこか懐かしさを感じさせる木の質感で、陽翔はそこに置かれた湯呑みや箸の並びを、静かに目で追っていた。
百合子はコンロの前で菜箸を握りながら、ひとりごとのように言った。
「圭吾、小さい頃から恋バナなんて一度もなかったわ~。友達の話ばっかりで、好きな子のひとりも聞いたことない」
その言葉に、陽翔は思わず笑ってしまった。
声を殺したつもりだったが、やや大きくなってしまったようで、百合子がくるりとこちらを振り向く。
「ぼくも、聞いたことないです」
その言葉に、榊が椅子を軋ませて振り向いた。
表情は明らかにむくれていて、唇が少し尖っている。
「……余計なこと言うなや」
陽翔は目を伏せて、肩をすくめた。
けれど、隠しきれない微笑みが口元に残った。
ソファに座っていた雅彦が、それを見て声を上げて笑う。
「いやいや、俺は知ってるで。圭吾、モテてたもんな~中学んとき。本人が気づいてなかっただけで。バレンタインのときなんか、机の中、毎年パンパンやったやん」
「……ええから黙れ」
榊はうんざりしたように目を細め、額を指先で押さえた。
けれど、それが全く怒っているようには見えず、むしろ照れを隠しているようにしか見えなかった。
百合子は鍋を火から下ろしながら、にこにこと笑っている。
「でも、圭吾が“この子がええ”って言ってくれたの、ほんまにうれしかったんよ」
その声は、料理の湯気よりもあたたかくて、どこか滲んでいた。
陽翔は一瞬目を見開いたが、すぐにうつむいた。
数秒、言葉を探してから、静かに言った。
「……ぼくも、圭吾さんと出会えてよかったです」
その言葉には、見せびらかすようなものは何もなかった。
けれど、確かな実感があった。
これまでふたりで過ごしてきた日々と、交わした言葉と、寄り添ってきた夜。
そのすべてが、いまのひと言に込められていた。
ダイニングにいた榊は、ふいにぴたりと動きを止めた。
何かを返そうとしたのかもしれない。けれど、その声は出なかった。
陽翔が顔を上げると、榊は視線を外したまま、耳だけがはっきりと赤く染まっていた。
それを見た百合子が、小さく吹き出す。
「あらら。圭吾が言葉なくなるなんて、珍しいこと」
「……うるさい」
榊の反応は短くて素っ気なかったが、それを遮るような空気はどこにもなかった。
むしろ、その不器用さすらも、家族のなかでは当たり前のように受け入れられていた。
陽翔は、そのやり取りを見ながら、少しずつ心がほぐれていくのを感じていた。
この人が育った家には、言葉よりも先に“理解”があって、
表情や声の調子や、背中の動きで、感情が伝わっていくのだと知った。
「圭吾さんって、ほんと、昔から変わってないんですね」
思わず口にした言葉に、榊はまたむっとしたように顔をしかめた。
「……もう何も言うな」
けれど、その声には、怒りはなかった。
ただ、照れを含んだ、不器用な優しさがにじんでいた。
その一瞬の沈黙を破るように、百合子がテーブルに煮物を運んでくる。
「ほら、あったかいうちに食べてな。陽翔くん、遠慮せんといっぱい食べや」
「はい、ありがとうございます」
陽翔は丁寧に礼を言って、テーブルに向かう。
榊も何も言わずに席に着く。
ふたり分の箸が並び、湯気が立つ。
そのすべてが、どこか懐かしくて、あたらしかった。
陽翔はこの夜のことを、きっとずっと忘れないだろうと思った。
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その記憶が、じんわりと胸の奥をあたためていた。
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