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第5章 議事録は剣よりも強し
ノイ、ついにやった!
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ノイの工房は、朝から異様な熱気に包まれていた。
石と鉄で囲まれた無骨な室内には、見慣れぬ筐体が一台、中心にどっしりと鎮座していた。
筐体の表面は木製で覆われているが、その隙間からは銅の導線と魔導回路が絡み合い、機械とも魔具ともつかない不思議な存在感を放っていた。
その上には、丸く研磨された魔力結晶が鎮座し、青白い光を淡く放っている。
ノイはその前で、作業着の袖をまくり上げ、鼻息を荒くしていた。
隣には田所とユナが立ち、やや距離をとって見守っている。
一歩下がったところには、ガルドが腕を組みながら不安げに見ていた。
「できたぞ! 魔力結晶で駆動、インクは植物性!
これは、異世界初の……“多色魔導印刷器”だ!」
ノイは叫ぶように宣言すると、両手を広げてその“作品”を誇らしげに示した。
その姿はまるで、世界を変える発明を成し遂げた錬金術師のようだった。
しかし、田所の目に映るのは――見たことのある、あれだった。
プリンターだ。
形状こそ手作り感があるが、基本構造は完全に“プリンター”だった。
給紙トレイ、排出トレイ、インク収納部、そして結晶制御パネル。
彼のVA16からUSB型の魔導コードで接続されており、すでに起動を待っている状態だった。
ノイが誇らしげにスイッチを押すと、結晶が一瞬、脈打つように光を放った。
「初出力だ。田所の指示通り、“動作確認用メッセージ”を出す」
工房内に、ぎぎぎ、と低く擦れる音が響いた。
ノイの顔が引き締まる。
ユナは手を後ろに組んで静かに見守り、ガルドは少しだけ後ずさる。
そして、排出トレイから、一枚の紙がゆっくりと滑り出た。
そこには、丁寧な書体で、こう書かれていた。
《お疲れ様でした》
ガルドがビクリと肩を跳ねさせた。
「しゃ、喋った…のか? いや、紙か? 紙が…なんで俺に語りかけてくるんだ!?」
「ただの試し刷りです」田所が即座に言った。
ユナは紙を手に取り、目を細めて見つめた。
「これ…文字の線が均一で、色が滲まない。
しかも…色が三つ以上使われている? これは…文章を量産する兵器?」
その物騒な解釈に、ノイは即座に反応した。
「いや、平和のための兵器だ!」
どちらかと言えばノリに近いその返答に、田所は小さくため息をついた。
「どっちにしろ、“兵器”って表現はやめましょう。これ、会議資料を作るための道具なので。
言ってしまえば、ただの“印刷機”です。ようやくできましたね」
ノイは満足げに頷いた。
「田所のあの黒い板が“魔導書を出力できる”ってのを見たときから構想は始まっていた。
結晶の安定供給には苦労したが、色素の調合には植物由来の染料が最も適していた。
あと、印刷音が静かになるように、内部に吸音布も詰めてある」
「そんな気配りまで……」
田所はちょっとだけ感心した。
「よし。じゃあこれ、俺の執務室に運びましょう。
資料の準備が、ようやく“当たり前の業務”として機能する」
工房の隅で、ガルドがまだ「お疲れ様でした」の紙を抱えたまま、じっとそれを見つめていた。
「……こいつ、働いたあとにこう言ってくれるのか?
これ、いいやつだな……」
「ガルド、それは俺が事前に入力したメッセージです」
「でも出たのはこいつだ。道具に人格があっても、俺は信じるぞ」
ユナは微笑を浮かべながら、田所に言った。
「この印刷機が本格的に動き始めたら…ギルドの書類が一気に“見える化”されますね。
伝達が速くなり、作業の抜け漏れも減る」
田所は頷いた。
「これでようやく、紙の力が本領発揮できます。
俺のやることは、魔法じゃないけど、“事前に段取りを整えること”ですから」
ノイがふと、自慢げに一言つけ加えた。
「ちなみに“印刷途中で紙が詰まったとき用の排出スロット”もあるぞ。
このレバーを引けば、こう――」
がっ、と勢いよくレバーを引いた瞬間、中から丸まった紙が勢いよく飛び出し、天井に当たって床に落ちた。
ガルドがそれを見て拍手した。
「おおっ、自己防衛もできるのか! やっぱりこいつ、生きてる!」
田所はそっと眉をひそめ、ユナは手元のノートに「プリンター:反応式魔導生物の可能性あり」と記していた。
こうして、異世界初の“多色魔導印刷器”は、田所の執務室に運び込まれた。
以後、会議資料は常に印刷して事前に配布される流れが定着することになる。
文書が整い、人が整い、行動が変わる。
それは、魔法とは別のルートから、世界を変える力のはじまりだった。
石と鉄で囲まれた無骨な室内には、見慣れぬ筐体が一台、中心にどっしりと鎮座していた。
筐体の表面は木製で覆われているが、その隙間からは銅の導線と魔導回路が絡み合い、機械とも魔具ともつかない不思議な存在感を放っていた。
その上には、丸く研磨された魔力結晶が鎮座し、青白い光を淡く放っている。
ノイはその前で、作業着の袖をまくり上げ、鼻息を荒くしていた。
隣には田所とユナが立ち、やや距離をとって見守っている。
一歩下がったところには、ガルドが腕を組みながら不安げに見ていた。
「できたぞ! 魔力結晶で駆動、インクは植物性!
これは、異世界初の……“多色魔導印刷器”だ!」
ノイは叫ぶように宣言すると、両手を広げてその“作品”を誇らしげに示した。
その姿はまるで、世界を変える発明を成し遂げた錬金術師のようだった。
しかし、田所の目に映るのは――見たことのある、あれだった。
プリンターだ。
形状こそ手作り感があるが、基本構造は完全に“プリンター”だった。
給紙トレイ、排出トレイ、インク収納部、そして結晶制御パネル。
彼のVA16からUSB型の魔導コードで接続されており、すでに起動を待っている状態だった。
ノイが誇らしげにスイッチを押すと、結晶が一瞬、脈打つように光を放った。
「初出力だ。田所の指示通り、“動作確認用メッセージ”を出す」
工房内に、ぎぎぎ、と低く擦れる音が響いた。
ノイの顔が引き締まる。
ユナは手を後ろに組んで静かに見守り、ガルドは少しだけ後ずさる。
そして、排出トレイから、一枚の紙がゆっくりと滑り出た。
そこには、丁寧な書体で、こう書かれていた。
《お疲れ様でした》
ガルドがビクリと肩を跳ねさせた。
「しゃ、喋った…のか? いや、紙か? 紙が…なんで俺に語りかけてくるんだ!?」
「ただの試し刷りです」田所が即座に言った。
ユナは紙を手に取り、目を細めて見つめた。
「これ…文字の線が均一で、色が滲まない。
しかも…色が三つ以上使われている? これは…文章を量産する兵器?」
その物騒な解釈に、ノイは即座に反応した。
「いや、平和のための兵器だ!」
どちらかと言えばノリに近いその返答に、田所は小さくため息をついた。
「どっちにしろ、“兵器”って表現はやめましょう。これ、会議資料を作るための道具なので。
言ってしまえば、ただの“印刷機”です。ようやくできましたね」
ノイは満足げに頷いた。
「田所のあの黒い板が“魔導書を出力できる”ってのを見たときから構想は始まっていた。
結晶の安定供給には苦労したが、色素の調合には植物由来の染料が最も適していた。
あと、印刷音が静かになるように、内部に吸音布も詰めてある」
「そんな気配りまで……」
田所はちょっとだけ感心した。
「よし。じゃあこれ、俺の執務室に運びましょう。
資料の準備が、ようやく“当たり前の業務”として機能する」
工房の隅で、ガルドがまだ「お疲れ様でした」の紙を抱えたまま、じっとそれを見つめていた。
「……こいつ、働いたあとにこう言ってくれるのか?
これ、いいやつだな……」
「ガルド、それは俺が事前に入力したメッセージです」
「でも出たのはこいつだ。道具に人格があっても、俺は信じるぞ」
ユナは微笑を浮かべながら、田所に言った。
「この印刷機が本格的に動き始めたら…ギルドの書類が一気に“見える化”されますね。
伝達が速くなり、作業の抜け漏れも減る」
田所は頷いた。
「これでようやく、紙の力が本領発揮できます。
俺のやることは、魔法じゃないけど、“事前に段取りを整えること”ですから」
ノイがふと、自慢げに一言つけ加えた。
「ちなみに“印刷途中で紙が詰まったとき用の排出スロット”もあるぞ。
このレバーを引けば、こう――」
がっ、と勢いよくレバーを引いた瞬間、中から丸まった紙が勢いよく飛び出し、天井に当たって床に落ちた。
ガルドがそれを見て拍手した。
「おおっ、自己防衛もできるのか! やっぱりこいつ、生きてる!」
田所はそっと眉をひそめ、ユナは手元のノートに「プリンター:反応式魔導生物の可能性あり」と記していた。
こうして、異世界初の“多色魔導印刷器”は、田所の執務室に運び込まれた。
以後、会議資料は常に印刷して事前に配布される流れが定着することになる。
文書が整い、人が整い、行動が変わる。
それは、魔法とは別のルートから、世界を変える力のはじまりだった。
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