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第6章 段取りで世界は回りはじめる
ようこそ、段取りの人
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村のギルド支部は、王都のそれに比べればずっと小規模だった。
木造の庇が斜めに張り出し、窓には古びた魔除けの印が掘られている。
それでも、この土地では立派な拠点だ。
討伐依頼も人の出入りも多く、騎士や冒険者が日々行き交っている。
その玄関口に、珍しく数名の職員と冒険者たちが横一列に並んでいた。
朝から道のほこりを掃き、花まで飾ったらしい。
どこかぎこちなく、だが明らかに“何かの到来”を待ち構えている空気があった。
その中心に立っていたのが、ギルド支部長――グレドという小柄な中年の男だった。
真新しい上着を着ているが、袖口には長年の実務で付いた染みが残っている。
武器を持つより帳簿を握るほうが似合う男だ。
そこへ、田所が現れた。
王都から馬車で半日。
砂埃にまみれた旅装そのままに、荷物を一つだけ背負っている。
背負っているのは、例のノートパソコンと最低限の書類。
それ以外に、彼を勇者と呼ぶ要素は何もない。
だが、グレドは深々と頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。“段取りの人”」
田所は一瞬、表情を崩した。
聞き間違いかと思ったが、周囲の冒険者や職員たちも、同じように神妙な顔をしていた。
「……段取りの人、ってそんなに肩書き化してるんですか」
グレドは顔を上げ、真剣な表情のまま答えた。
「はい。王都から届いた報告を拝見いたしました。
討伐の成功率が劇的に改善、遅延ゼロ、事故率激減。
しかも、それらを支えていたのが――“事前資料”と“進行表”」
「たしかに、書類は出してましたけど…」
「その書類が、です」
グレドは懐から、田所が前回作った“討伐業務進行表”の複写を取り出した。
角には丁寧に補強が施され、すでに何度も読み込まれている様子が見て取れた。
「これほどまでに、人を安心させる紙があるとは。
剣でも魔術でもなく、段取りで人が動く時代が来るとは、夢にも思いませんでした」
田所は、軽く頭をかいた。
「いや、夢にもっていうか、現実にはそうじゃないと困るんですけどね。
予定立てずに現場出るほうが怖いですよ、普通」
グレドは頷き、続けた。
「我々は、あなたを“勇者”としてではなく、“調整役”としてお迎えします。
戦場には出られなくとも、戦を制すのは段取り。
それが、王都で証明されたと聞いております」
田所は、重くなったリュックの紐を持ち直し、苦笑した。
「……まあ、それでいいです。
俺、剣も魔法も使えないし、動きも遅いし、戦場じゃ足手まといになりますし。
でも、みんながスムーズに動ける“仕組み”なら、たぶん作れます」
それを聞いて、グレドの顔に微かな笑みが浮かんだ。
そして後ろを振り返り、整列していた職員たちに合図を出した。
「皆、挨拶を」
職員たちが一斉に頭を下げる。
「“段取り屋”様、ようこそフィルミナ支部へ」
田所は、どこか気まずそうに手を軽く上げた。
「いや、“様”はやめてくださいって。
田所でいいです。田所一です。
前職では、コピー機の紙詰まりを直すのがいちばん得意だったんですから」
一瞬の沈黙のあと、職員たちの中から、ささやき声が漏れた。
「コピー機…それは、文書を増やす魔導具の一種か?」
「紙が詰まるのを直すって、それ、魔法制御か…?」
田所はもう何も言わなかった。
ただ、肩の力を抜いて、村の空気を吸い込んだ。
温かくて、ちょっと埃っぽい、でも妙に懐かしいにおいがした。
現場で人が動き、生活が回っている匂いだった。
「まあ、できるだけやりますよ。
段取りってのは、無理せず回るように作るもんですから」
その声は届いたのかどうか分からないが、グレドは深く頷いた。
その日から、フィルミナ支部では“段取り屋”という言葉が、職種の一つとして使われるようになった。
そして田所は、剣も振らず、魔法も撃たず、ただ紙と指示だけで、世界を少しずつ変えていく。
木造の庇が斜めに張り出し、窓には古びた魔除けの印が掘られている。
それでも、この土地では立派な拠点だ。
討伐依頼も人の出入りも多く、騎士や冒険者が日々行き交っている。
その玄関口に、珍しく数名の職員と冒険者たちが横一列に並んでいた。
朝から道のほこりを掃き、花まで飾ったらしい。
どこかぎこちなく、だが明らかに“何かの到来”を待ち構えている空気があった。
その中心に立っていたのが、ギルド支部長――グレドという小柄な中年の男だった。
真新しい上着を着ているが、袖口には長年の実務で付いた染みが残っている。
武器を持つより帳簿を握るほうが似合う男だ。
そこへ、田所が現れた。
王都から馬車で半日。
砂埃にまみれた旅装そのままに、荷物を一つだけ背負っている。
背負っているのは、例のノートパソコンと最低限の書類。
それ以外に、彼を勇者と呼ぶ要素は何もない。
だが、グレドは深々と頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。“段取りの人”」
田所は一瞬、表情を崩した。
聞き間違いかと思ったが、周囲の冒険者や職員たちも、同じように神妙な顔をしていた。
「……段取りの人、ってそんなに肩書き化してるんですか」
グレドは顔を上げ、真剣な表情のまま答えた。
「はい。王都から届いた報告を拝見いたしました。
討伐の成功率が劇的に改善、遅延ゼロ、事故率激減。
しかも、それらを支えていたのが――“事前資料”と“進行表”」
「たしかに、書類は出してましたけど…」
「その書類が、です」
グレドは懐から、田所が前回作った“討伐業務進行表”の複写を取り出した。
角には丁寧に補強が施され、すでに何度も読み込まれている様子が見て取れた。
「これほどまでに、人を安心させる紙があるとは。
剣でも魔術でもなく、段取りで人が動く時代が来るとは、夢にも思いませんでした」
田所は、軽く頭をかいた。
「いや、夢にもっていうか、現実にはそうじゃないと困るんですけどね。
予定立てずに現場出るほうが怖いですよ、普通」
グレドは頷き、続けた。
「我々は、あなたを“勇者”としてではなく、“調整役”としてお迎えします。
戦場には出られなくとも、戦を制すのは段取り。
それが、王都で証明されたと聞いております」
田所は、重くなったリュックの紐を持ち直し、苦笑した。
「……まあ、それでいいです。
俺、剣も魔法も使えないし、動きも遅いし、戦場じゃ足手まといになりますし。
でも、みんながスムーズに動ける“仕組み”なら、たぶん作れます」
それを聞いて、グレドの顔に微かな笑みが浮かんだ。
そして後ろを振り返り、整列していた職員たちに合図を出した。
「皆、挨拶を」
職員たちが一斉に頭を下げる。
「“段取り屋”様、ようこそフィルミナ支部へ」
田所は、どこか気まずそうに手を軽く上げた。
「いや、“様”はやめてくださいって。
田所でいいです。田所一です。
前職では、コピー機の紙詰まりを直すのがいちばん得意だったんですから」
一瞬の沈黙のあと、職員たちの中から、ささやき声が漏れた。
「コピー機…それは、文書を増やす魔導具の一種か?」
「紙が詰まるのを直すって、それ、魔法制御か…?」
田所はもう何も言わなかった。
ただ、肩の力を抜いて、村の空気を吸い込んだ。
温かくて、ちょっと埃っぽい、でも妙に懐かしいにおいがした。
現場で人が動き、生活が回っている匂いだった。
「まあ、できるだけやりますよ。
段取りってのは、無理せず回るように作るもんですから」
その声は届いたのかどうか分からないが、グレドは深く頷いた。
その日から、フィルミナ支部では“段取り屋”という言葉が、職種の一つとして使われるようになった。
そして田所は、剣も振らず、魔法も撃たず、ただ紙と指示だけで、世界を少しずつ変えていく。
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