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第8章 見える会議、回る意思決定
3時間で終わった会議に震える者たち
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椅子のきしむ音が、ひどく鮮明に響いていた。
王都ギルドの中央会議室にいた誰もが、どこか落ち着かない表情をしていた。
だがそれは、討伐案件の不調でも、報告書の不備でもなかった。
むしろ、すべてが異様に“順調すぎた”ことへの戸惑いだった。
机上には乱れた紙もない。
書記官の羽ペンはきちんと鞘に収まり、手元には、議題ごとに分けられた印刷資料と進行表。
時間は、わずか三時間を少し超えたばかり。
この月次調整会議が、始まってから終わるまで、実に三十分の一の時間で終わったことになる。
「……早すぎて怖い」
誰ともなく、そんな声が落ちた。
口にしたのは、会計監査局の若手官吏だった。
彼はまだ椅子に座ったまま、手元の資料をぱらぱらとめくりながら、現実を確認しようとしていた。
しかし、いくら読み直しても、そこには確かに“話し合った内容”と“決まったこと”がきちんと書かれている。
しかも、自分の名前が入っている欄には、やるべきことと期限まで明記されていた。
「これ……こんなに決まってて、終わってて……
……ほんとに、もう“やるだけ”じゃないか……」
「まるで、“壁打ち相手”が資料になったような……」
隣の席から漏れたつぶやきに、周囲の何人かがこくりと頷いた。
普段なら、結論の出ない議題にひたすら意見が交錯し、
最後には「まあ、また次回に持ち越しで」で終わるのが常だった。
だが、今日は違った。
議題ごとにスライドが投影され、進行表に基づいて意見を整理。
課題を明文化し、次のアクションを決め、確認者までその場で定める。
そして、すべてを“文書化”してその場で配布。
誰が聞いていなくても、資料を見れば全員が把握できる構造になっていた。
情報の整理と、責任の明確化。
その二つが揃っただけで、会議というものが、これほどまでにスムーズになるとは。
ベテラン役人の一人が、机に両肘をついたまま、ぼんやりと天井を仰いだ。
「……会議って、“長くあるべきもの”じゃなかったのか……?」
彼の声には、驚きとも諦めともつかない感情が滲んでいた。
「長く議論すれば、慎重になっている証拠。
決まらなければ、それだけ多様な意見があるということ。
そう思ってきたが……」
言葉を切り、手元の議事録に視線を落とす。
「今日の方が、はるかに全員の意見が明確で、分かりやすかった……
これまでの会議は、何をやっていたんだろうな……」
田所は、ホワイトボードの近くでノートパソコンを閉じながら、軽く肩を回していた。
特に誇る様子もなく、ただルーティンの一環のように、資料を所定のフォルダにまとめ直している。
そんな彼に、数人の視線が向けられた。
「田所殿……これは一体、何を……どんな秘術を……」
田所は顔を上げると、ひと呼吸おいてから答えた。
「いえ、用件だけ話して終わるのが、会議です。
“誰が何をするか決まらない”のは……それ、雑談なんで」
言葉を発した瞬間、一部の席で微かな笑いが漏れた。
冗談めいてはいたが、その実、重みのある指摘だった。
空気が静かに揺れる。
皆が少しだけ、苦笑いを浮かべていた。
どれほど時間をかけても、何も決まらなければ、それはただの“場の共有”に過ぎない。
実際に物事を動かすには、“誰が何をするか”を具体的に定めるしかない。
今日の会議では、それがすべて明確だった。
役割も、期限も、背景も、すべてが文章と表で共有されていた。
一人の若い記録官が、資料を手に取りながらぼそっとつぶやいた。
「……これ、田所式って呼ばれるようになる気がします……」
誰かがうんうんと頷く。
そして、別の誰かが小さくメモを取る。
「田所式会議:段取り→決定→確認→文書化→配布」
すでに次回以降の手順を考えている者もいた。
田所は、そんな空気を感じ取りながらも、特に何も言わず、資料の整頓を続けていた。
ただ、心の中でふっと思った。
――会議って、本当はこれくらいで終わってよかったんだよな。
疲労のにじむ長時間の打ち合わせ。
延々と続く論点の脱線。
誰も口にしないが、誰もが思っていた。
“早く終わってくれ”と。
その“願い”を叶えただけなのに、なぜか皆、震えている。
田所は、自分が持ち込んだのが魔法でも神器でもなく、
ただの資料と段取りであることを思い出しながら、そっと微笑んだ。
王都ギルドの中央会議室にいた誰もが、どこか落ち着かない表情をしていた。
だがそれは、討伐案件の不調でも、報告書の不備でもなかった。
むしろ、すべてが異様に“順調すぎた”ことへの戸惑いだった。
机上には乱れた紙もない。
書記官の羽ペンはきちんと鞘に収まり、手元には、議題ごとに分けられた印刷資料と進行表。
時間は、わずか三時間を少し超えたばかり。
この月次調整会議が、始まってから終わるまで、実に三十分の一の時間で終わったことになる。
「……早すぎて怖い」
誰ともなく、そんな声が落ちた。
口にしたのは、会計監査局の若手官吏だった。
彼はまだ椅子に座ったまま、手元の資料をぱらぱらとめくりながら、現実を確認しようとしていた。
しかし、いくら読み直しても、そこには確かに“話し合った内容”と“決まったこと”がきちんと書かれている。
しかも、自分の名前が入っている欄には、やるべきことと期限まで明記されていた。
「これ……こんなに決まってて、終わってて……
……ほんとに、もう“やるだけ”じゃないか……」
「まるで、“壁打ち相手”が資料になったような……」
隣の席から漏れたつぶやきに、周囲の何人かがこくりと頷いた。
普段なら、結論の出ない議題にひたすら意見が交錯し、
最後には「まあ、また次回に持ち越しで」で終わるのが常だった。
だが、今日は違った。
議題ごとにスライドが投影され、進行表に基づいて意見を整理。
課題を明文化し、次のアクションを決め、確認者までその場で定める。
そして、すべてを“文書化”してその場で配布。
誰が聞いていなくても、資料を見れば全員が把握できる構造になっていた。
情報の整理と、責任の明確化。
その二つが揃っただけで、会議というものが、これほどまでにスムーズになるとは。
ベテラン役人の一人が、机に両肘をついたまま、ぼんやりと天井を仰いだ。
「……会議って、“長くあるべきもの”じゃなかったのか……?」
彼の声には、驚きとも諦めともつかない感情が滲んでいた。
「長く議論すれば、慎重になっている証拠。
決まらなければ、それだけ多様な意見があるということ。
そう思ってきたが……」
言葉を切り、手元の議事録に視線を落とす。
「今日の方が、はるかに全員の意見が明確で、分かりやすかった……
これまでの会議は、何をやっていたんだろうな……」
田所は、ホワイトボードの近くでノートパソコンを閉じながら、軽く肩を回していた。
特に誇る様子もなく、ただルーティンの一環のように、資料を所定のフォルダにまとめ直している。
そんな彼に、数人の視線が向けられた。
「田所殿……これは一体、何を……どんな秘術を……」
田所は顔を上げると、ひと呼吸おいてから答えた。
「いえ、用件だけ話して終わるのが、会議です。
“誰が何をするか決まらない”のは……それ、雑談なんで」
言葉を発した瞬間、一部の席で微かな笑いが漏れた。
冗談めいてはいたが、その実、重みのある指摘だった。
空気が静かに揺れる。
皆が少しだけ、苦笑いを浮かべていた。
どれほど時間をかけても、何も決まらなければ、それはただの“場の共有”に過ぎない。
実際に物事を動かすには、“誰が何をするか”を具体的に定めるしかない。
今日の会議では、それがすべて明確だった。
役割も、期限も、背景も、すべてが文章と表で共有されていた。
一人の若い記録官が、資料を手に取りながらぼそっとつぶやいた。
「……これ、田所式って呼ばれるようになる気がします……」
誰かがうんうんと頷く。
そして、別の誰かが小さくメモを取る。
「田所式会議:段取り→決定→確認→文書化→配布」
すでに次回以降の手順を考えている者もいた。
田所は、そんな空気を感じ取りながらも、特に何も言わず、資料の整頓を続けていた。
ただ、心の中でふっと思った。
――会議って、本当はこれくらいで終わってよかったんだよな。
疲労のにじむ長時間の打ち合わせ。
延々と続く論点の脱線。
誰も口にしないが、誰もが思っていた。
“早く終わってくれ”と。
その“願い”を叶えただけなのに、なぜか皆、震えている。
田所は、自分が持ち込んだのが魔法でも神器でもなく、
ただの資料と段取りであることを思い出しながら、そっと微笑んだ。
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