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第15章 最大のプレゼン、始まります
暴れる会議、崩れる議論
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王国評議会の本会議室は、朝の陽が差し込む前から、熱気に満ちていた。
議員たちは所定の席につくや否や、各派の旗色を濃くするように、言葉の応酬を始めていた。
静かに進行することを想定された議事は、開始早々、その本来の目的を見失いかけていた。
「そもそも、政策を“紙”で決めようとするなど、何の冒涜か!」
長机の中央付近に座るひとりの年配議員、魔術師派の重鎮であるセリオン卿が声を上げた。
深紅のローブが揺れ、その下から見える杖が、長年の権威を物語っている。
「魂の共鳴なくして、国は動かぬ! 言葉の魔法を信じよ、形式に頼るな!」
その言葉に頷くように、保守派の議員たちが賛同の声を重ねる。
「まったくだ」「紙の呪縛は、精神の堕落だ」「人の直感こそが王政の血脈だ」
別の席から、若い議員が口を開こうとするが、その声はたちまちのうちに他の叫びにかき消される。
誰が何を言ったのか、どの主張がどこへ向かったのか、瞬く間に霧のような曖昧さに包まれていく。
声が重なる。
言葉が積もる。
だが、何も決まらない。
全体の流れを把握する者はなく、司会も形骸化していた。
誰もが「何かを言わねばならぬ」と感じながら、それが“議論”にはならないまま、ただ時間だけが削られていく。
傍聴席の一角に座るユナは、眉間にしわを寄せながら前を見つめていた。
視線の先では、議員たちが身振り手振りを交えて、熱弁を奮っている。
だがその内容は、繰り返し、あるいはズレ、あるいは誰かの言葉の上に乗っかるだけのものだった。
彼女は、ため息混じりに呟く。
「これ……進行表あったら、十五分で終わるやつじゃん……」
誰も聞いていないようで、隣の席の補佐官が小さく肩を震わせた。
それが笑いなのか同意なのか、判断はつかなかったが、空気の重たさだけは誰もが感じていた。
議場の中央には、議事台がある。
そこにはまだ、田所の姿はなかった。
議会は予定通りに始まり、しかし予定通りに進んではいなかった。
「これは、“段取り”に支配された弊害だ!」
「魔術と血統を信じるべきだ。形式と仕組みでは、民の心までは導けぬ!」
声高に語る保守派のひとり、グレイス卿が立ち上がった。
白髪を結い、かつては魔法戦争の戦略家として知られた男だ。
「思考は紙に収まらない! 魂で語れ! 構造など、理屈を装った支配にすぎん!」
彼の言葉に、場内はまたしても拍手と怒号の入り混じる状態となった。
誰が何に同意し、誰が何に反対しているのかすら、もはや曖昧だった。
議場には、騒音がある。
しかし、議論はなかった。
言葉の量が、意思決定の進行を止めていた。
「で、結局、何を話し合ってるんでしたっけ……?」
若手のひとりがぽつりとつぶやいた声は、誰にも届かなかった。
だが、その疑問こそが、この議場のすべてを象徴していた。
人々は、議論をしている“ふり”に陥っていた。
一つの提案について「是か非か」を語るのではなく、
「それに対する雰囲気」がどうなのかを見て、誰かの発言に乗るか、黙るかを選んでいた。
そう、“会議の空気”が支配していた。
空気に従えば安心する。
浮かない、異物と見なされない。
だが、それでは、何も変わらない。
ユナは、手帳の端に小さくメモを残した。
〈議論の形式がないと、意見が主観に沈む〉
その筆跡は、やや乱れていた。
だが、その文字だけは、今この場で最も“整理されている言葉”だった。
そして議場の隅で、司会役が声を張る。
「ええ、ええ、皆様の熱意は重々……では、この“件”について、具体的に、えー、どなたか、何か案を……」
案を、のあとが続かない。
誰も答えようとしなかったのではない。
誰が答えるべきなのか、空気が決めなかったのだ。
議論が進まない理由は、意見がないからではなかった。
整理する構造が、最初から欠けていた。
そしてそのとき、扉が静かに開いた。
声は止まない。
けれど、誰かが“見ている”という気配が、徐々に場内に波紋のように広がっていく。
田所が、遅れてやってきた。
黙ったまま。
ただ一人、書類もペンも持たず、スライドの魔導装置だけを携えて。
言葉が交錯していた会議に、別の“言葉ではないもの”が入ってきた気配。
それが何かを、まだ誰も分かっていなかった。
ただ、議場にほんのわずかに――静けさが差し込んだのだった。
議員たちは所定の席につくや否や、各派の旗色を濃くするように、言葉の応酬を始めていた。
静かに進行することを想定された議事は、開始早々、その本来の目的を見失いかけていた。
「そもそも、政策を“紙”で決めようとするなど、何の冒涜か!」
長机の中央付近に座るひとりの年配議員、魔術師派の重鎮であるセリオン卿が声を上げた。
深紅のローブが揺れ、その下から見える杖が、長年の権威を物語っている。
「魂の共鳴なくして、国は動かぬ! 言葉の魔法を信じよ、形式に頼るな!」
その言葉に頷くように、保守派の議員たちが賛同の声を重ねる。
「まったくだ」「紙の呪縛は、精神の堕落だ」「人の直感こそが王政の血脈だ」
別の席から、若い議員が口を開こうとするが、その声はたちまちのうちに他の叫びにかき消される。
誰が何を言ったのか、どの主張がどこへ向かったのか、瞬く間に霧のような曖昧さに包まれていく。
声が重なる。
言葉が積もる。
だが、何も決まらない。
全体の流れを把握する者はなく、司会も形骸化していた。
誰もが「何かを言わねばならぬ」と感じながら、それが“議論”にはならないまま、ただ時間だけが削られていく。
傍聴席の一角に座るユナは、眉間にしわを寄せながら前を見つめていた。
視線の先では、議員たちが身振り手振りを交えて、熱弁を奮っている。
だがその内容は、繰り返し、あるいはズレ、あるいは誰かの言葉の上に乗っかるだけのものだった。
彼女は、ため息混じりに呟く。
「これ……進行表あったら、十五分で終わるやつじゃん……」
誰も聞いていないようで、隣の席の補佐官が小さく肩を震わせた。
それが笑いなのか同意なのか、判断はつかなかったが、空気の重たさだけは誰もが感じていた。
議場の中央には、議事台がある。
そこにはまだ、田所の姿はなかった。
議会は予定通りに始まり、しかし予定通りに進んではいなかった。
「これは、“段取り”に支配された弊害だ!」
「魔術と血統を信じるべきだ。形式と仕組みでは、民の心までは導けぬ!」
声高に語る保守派のひとり、グレイス卿が立ち上がった。
白髪を結い、かつては魔法戦争の戦略家として知られた男だ。
「思考は紙に収まらない! 魂で語れ! 構造など、理屈を装った支配にすぎん!」
彼の言葉に、場内はまたしても拍手と怒号の入り混じる状態となった。
誰が何に同意し、誰が何に反対しているのかすら、もはや曖昧だった。
議場には、騒音がある。
しかし、議論はなかった。
言葉の量が、意思決定の進行を止めていた。
「で、結局、何を話し合ってるんでしたっけ……?」
若手のひとりがぽつりとつぶやいた声は、誰にも届かなかった。
だが、その疑問こそが、この議場のすべてを象徴していた。
人々は、議論をしている“ふり”に陥っていた。
一つの提案について「是か非か」を語るのではなく、
「それに対する雰囲気」がどうなのかを見て、誰かの発言に乗るか、黙るかを選んでいた。
そう、“会議の空気”が支配していた。
空気に従えば安心する。
浮かない、異物と見なされない。
だが、それでは、何も変わらない。
ユナは、手帳の端に小さくメモを残した。
〈議論の形式がないと、意見が主観に沈む〉
その筆跡は、やや乱れていた。
だが、その文字だけは、今この場で最も“整理されている言葉”だった。
そして議場の隅で、司会役が声を張る。
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案を、のあとが続かない。
誰も答えようとしなかったのではない。
誰が答えるべきなのか、空気が決めなかったのだ。
議論が進まない理由は、意見がないからではなかった。
整理する構造が、最初から欠けていた。
そしてそのとき、扉が静かに開いた。
声は止まない。
けれど、誰かが“見ている”という気配が、徐々に場内に波紋のように広がっていく。
田所が、遅れてやってきた。
黙ったまま。
ただ一人、書類もペンも持たず、スライドの魔導装置だけを携えて。
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