会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第15章 最大のプレゼン、始まります

伝えたのは、構造だった

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田所は静かに、壇上から降りた。  
拍手はなかった。  
誰も歓声を上げず、感謝を叫ぶ者もいなかった。  
だが、それは歓迎されなかったという意味ではなかった。  
むしろその逆だった。  

議場には、まるで心地よい雨が降ったあとのような、落ち着いた余韻が満ちていた。  
空気は静かで、やわらかく、重苦しさも騒がしさもどこかに消えていた。  

席に残った議員たちは、思い思いに紙を見つめていた。  
ペンを動かしている者もいれば、目を閉じて考え込んでいる者もいた。  
それは決して、“終わった”顔ではなかった。  
むしろ、“ここから始める”表情だった。  

議会というものは、本来ならば議決と共に解散を宣言し、議長が退席を促す。  
しかしその日の王国評議会には、明確な終わりの言葉はなかった。  

誰かがゆっくりと席を立ち、紙を握りしめたまま歩き出した。  
また一人、また一人と立ち上がり、誰とも言葉を交わさず、ただ静かに出口へと向かう。  

自然解散。  
そう言えば、簡単なことのように聞こえる。  
けれどそれは、誰かが叫ばずとも、すでに“納得している”という状態を意味していた。  

リゼットは、傍聴席からゆっくりと立ち上がり、田所の背中を目で追った。  
彼はまだ無言のまま、使い終えた投影機をそっと鞄にしまっている。  
その手つきに、緊張も誇らしさもなかった。  
ただ、いつものように“片づける”という、整える動作の一環にすぎない。  

やがて彼は、鞄の留め具を閉じ、肩にかけた。  
歩き出すその姿は、まるで“自分の出番はもうない”と知っているような足取りだった。  

リゼットは、ぽつりと呟いた。

「……整えられると、人はこんなに静かになるのね」

彼女自身も、その言葉に驚いたようだった。  
感情の爆発でもなく、深い感動でもなく。  
けれど確かに、胸の奥にじんわりと温かい何かが残っていた。  

整えられた会議は、声を必要としない。  
整えられた構造は、議論を無用にしない。  
整えられた仕組みは、誰か一人に依存しない。  

田所はそれを、声で伝えなかった。  
プレゼンの間も、説明は最小限だった。  
資料が語り、構造が答えた。  

そして、それを受け取った者たちは、もう彼の名を呼ばなかった。  
呼ぶ必要がなかった。  
誰の手柄でもなく、自分の理解として、紙に書かれたことを受け入れていた。  

田所は最後にちらりと議場を見渡した。  
その目には満足も誇りも映っていなかった。  
ただ、落ち着いた確認のような視線だけがあった。  
まるで「整ったかどうか」を、確認しているようだった。  

そして、その答えを聞くまでもなく、彼は議場をあとにした。  

その日、王国評議会は、異例の速さで解散となった。  
だが、誰も急ぐことなく、焦ることもなく、まるで何かを“持ち帰る”ような歩き方で、  
一人、また一人と、考えながら扉をくぐっていった。  

残されたのは、一枚の紙。  
そして、それぞれの中に芽生えた“整えようとする意思”。  

伝えたのは、声ではなかった。  
伝えたのは、思想でもなかった。  

伝えたのは、構造だった。
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