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第16章 “仕組み屋”の帰還
段取りは勝手に育つ
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朝の光がやわらかく村の路地を照らし、事務所の前にある小さな敷石にも暖かな影を落としていた。
田所はいつものように少し遅めに目を覚まし、洗面を済ませてから草束型変換器に手を伸ばした。
昨日から魔力の補充は不要なはずだったが、気まぐれにヤギが動かなくなることもある。
だが今日は調子がいい。ヤギは静かに反応し、耳をぴくりと動かしていた。
田所は湯を沸かし、湯気を眺めながらぼんやりと考える。
昨日、ファイルに書き足した“それでいい”という一文が、妙に頭の中に残っていた。
何かが“終わった”ようでもあり、“始まった”ようでもあった。
そんな折、事務所の扉を「コン、コン」と小さく叩く音がした。
まばたき一つ分の間を置いて、さらに「コンコンコン」と控えめに叩かれる。
田所は扉を開ける。
そこには、顔ぶれに見覚えのある子どもたちが三人立っていた。
一番前の男の子が、緊張した面持ちで口を開いた。
「おじさん……“段取り算数ドリル”、教えてください」
田所は瞬きを一つだけして、目線を彼らの手元に移した。
子どもたちが抱えていたのは、明らかに手製の冊子。
だが製本は丁寧で、表紙にはこう書かれていた。
《段取り算数ドリル・初級編》
副題:やれば終わる/順番ってすごい!
パラパラとページをめくると、「タスクの順番を並べかえる問題」や「時間帯ごとにやることを分ける設問」など、妙に現実的な問題が並んでいる。
しかも、ページの端にはうっすらと“田所式タスク進行の基本”と記されていた。
「おい……誰がこんなものを……」
子どもたちは顔を見合わせた。
「広場の本棚にあったよ。お母さんが『あんた、これやりなさい』って言ってた」
「お兄ちゃんがね、付箋のとこだけ覚えて、『先にやることは青!』って言ってたの」
「だから、ここで本物の人に教えてもらおうって……」
田所は言葉を失ったまま、事務所の扉を開き直した。
「まあ、とりあえず入れ」とだけ言って、子どもたちを中へ通す。
その瞬間だった。
「ピコッ」
部屋の隅から、甲高い小さな音がした。
プリンターヤギが突然動き出し、軽く震えながら一枚の紙を吐き出す。
田所は一瞬、思考が停止した。
指示していない。データも送っていない。だがヤギは明らかに“自主的に”動いていた。
「……え、また勝手に……?」
プリンターから吐き出された紙を拾い上げると、そこにはこう書かれていた。
《今日のおつかれさま進行表》
・あいさつ:済
・プリンター点検:済
・なぜか教育指導:開始予定
・今日の一言:がんばらないで、ちゃんとやる
田所は顔をしかめ、紙とヤギを交互に見た。
「えっ、これ誰の感情で出てんの?」
子どもたちのうちのひとりが、あっけらかんと答える。
「おじさんのじゃないの?」
ヤギはその言葉に呼応するように、「メエエエ」と一鳴きした。
田所は顔を手で覆いながら、苦笑を漏らす。
「……ノイめ……感情検知印刷、ついに本格稼働させやがったな……」
以前、ノイが「感情状態に応じた最適な紙を自動出力する装置を作る」と言っていたのを思い出す。
当時は「いや、そういうのが一番めんどくさいからやめろ」と田所は言ったはずだった。
だが今、こうして“おつかれさま”の紙が出てきたということは――
たぶん、今の自分にはそれが必要だった、ということだ。
子どもたちは事務所の中を物珍しそうに見渡しながら、椅子に並んで座っている。
田所はため息をひとつだけついて、ドリルの一ページ目を開いた。
「いいか。段取りってのはな、“終わらせたい順”と“終わる順”は、違うってことを知るところから始まる」
子どもたちは一斉にうなずいた。
その様子に、田所はどこかくすぐったさのようなものを覚える。
この世界には、もう段取りが根付き始めている。
誰かが教えるまでもなく、自然と求められ、使われ、拡がっていく。
それは、技術であり、文化であり――
そして、“気づいた者たちが次に渡すもの”になっていた。
「……段取りは、勝手に育つんだな」
そう呟いたとき、またしてもプリンターヤギが「ピコッ」と音を立てた。
今度の紙には、ただ一文だけ。
《今日も、整ってる》
田所は、苦笑しながらそれを机の端に貼った。
事務所の壁には、もうすでに何枚か“勝手に出てきた紙”が貼られていた。
それらはどれも、誰が命じたでもなく、
“整っている”ことを確認するための、小さな証だった。
田所はいつものように少し遅めに目を覚まし、洗面を済ませてから草束型変換器に手を伸ばした。
昨日から魔力の補充は不要なはずだったが、気まぐれにヤギが動かなくなることもある。
だが今日は調子がいい。ヤギは静かに反応し、耳をぴくりと動かしていた。
田所は湯を沸かし、湯気を眺めながらぼんやりと考える。
昨日、ファイルに書き足した“それでいい”という一文が、妙に頭の中に残っていた。
何かが“終わった”ようでもあり、“始まった”ようでもあった。
そんな折、事務所の扉を「コン、コン」と小さく叩く音がした。
まばたき一つ分の間を置いて、さらに「コンコンコン」と控えめに叩かれる。
田所は扉を開ける。
そこには、顔ぶれに見覚えのある子どもたちが三人立っていた。
一番前の男の子が、緊張した面持ちで口を開いた。
「おじさん……“段取り算数ドリル”、教えてください」
田所は瞬きを一つだけして、目線を彼らの手元に移した。
子どもたちが抱えていたのは、明らかに手製の冊子。
だが製本は丁寧で、表紙にはこう書かれていた。
《段取り算数ドリル・初級編》
副題:やれば終わる/順番ってすごい!
パラパラとページをめくると、「タスクの順番を並べかえる問題」や「時間帯ごとにやることを分ける設問」など、妙に現実的な問題が並んでいる。
しかも、ページの端にはうっすらと“田所式タスク進行の基本”と記されていた。
「おい……誰がこんなものを……」
子どもたちは顔を見合わせた。
「広場の本棚にあったよ。お母さんが『あんた、これやりなさい』って言ってた」
「お兄ちゃんがね、付箋のとこだけ覚えて、『先にやることは青!』って言ってたの」
「だから、ここで本物の人に教えてもらおうって……」
田所は言葉を失ったまま、事務所の扉を開き直した。
「まあ、とりあえず入れ」とだけ言って、子どもたちを中へ通す。
その瞬間だった。
「ピコッ」
部屋の隅から、甲高い小さな音がした。
プリンターヤギが突然動き出し、軽く震えながら一枚の紙を吐き出す。
田所は一瞬、思考が停止した。
指示していない。データも送っていない。だがヤギは明らかに“自主的に”動いていた。
「……え、また勝手に……?」
プリンターから吐き出された紙を拾い上げると、そこにはこう書かれていた。
《今日のおつかれさま進行表》
・あいさつ:済
・プリンター点検:済
・なぜか教育指導:開始予定
・今日の一言:がんばらないで、ちゃんとやる
田所は顔をしかめ、紙とヤギを交互に見た。
「えっ、これ誰の感情で出てんの?」
子どもたちのうちのひとりが、あっけらかんと答える。
「おじさんのじゃないの?」
ヤギはその言葉に呼応するように、「メエエエ」と一鳴きした。
田所は顔を手で覆いながら、苦笑を漏らす。
「……ノイめ……感情検知印刷、ついに本格稼働させやがったな……」
以前、ノイが「感情状態に応じた最適な紙を自動出力する装置を作る」と言っていたのを思い出す。
当時は「いや、そういうのが一番めんどくさいからやめろ」と田所は言ったはずだった。
だが今、こうして“おつかれさま”の紙が出てきたということは――
たぶん、今の自分にはそれが必要だった、ということだ。
子どもたちは事務所の中を物珍しそうに見渡しながら、椅子に並んで座っている。
田所はため息をひとつだけついて、ドリルの一ページ目を開いた。
「いいか。段取りってのはな、“終わらせたい順”と“終わる順”は、違うってことを知るところから始まる」
子どもたちは一斉にうなずいた。
その様子に、田所はどこかくすぐったさのようなものを覚える。
この世界には、もう段取りが根付き始めている。
誰かが教えるまでもなく、自然と求められ、使われ、拡がっていく。
それは、技術であり、文化であり――
そして、“気づいた者たちが次に渡すもの”になっていた。
「……段取りは、勝手に育つんだな」
そう呟いたとき、またしてもプリンターヤギが「ピコッ」と音を立てた。
今度の紙には、ただ一文だけ。
《今日も、整ってる》
田所は、苦笑しながらそれを机の端に貼った。
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それらはどれも、誰が命じたでもなく、
“整っている”ことを確認するための、小さな証だった。
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