会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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最終章 未来に残るのは、構造だ

発展する“段取り文化”

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魔導大学南棟の講義棟は、いつになく熱気に包まれていた。  
外の空気はひんやりと秋めいてきていたが、教室の中には一種の高揚感があった。  
それは新たな分野に触れる学生たちの、言葉にしがたい期待の空気だった。

今日行われるのは、「文書進行術Ⅰ」の講義。  
座学だけでなく、演習・実技を交えたこの科目は、開講からわずか数年で魔導系や行政系の学生から絶大な人気を集めていた。

教壇に立つのは、講師のアビリア准教授。  
元々は文官系の出身だが、田所式の手法に衝撃を受け、独自に教育向けに再構築した人物だった。  
彼女の講義は、静かだが退屈ではない。  
むしろ、一枚のシートから、世界の動き方を見抜く手法に、学生たちは強い刺激を感じていた。

「では、今日のテーマは“可視化の美学”です」  
アビリアは穏やかに板書を進めながら、背後の投影装置に一枚の資料を映した。  
それはかつて田所が王国評議会で用いた、“課題整理シート”を原型としたものだった。  
だが内容は、すでにさまざまに拡張され、独自の進化を遂げていた。

学生たちは、手元の教材を開く。  
ある学生のテキストはシンプルな進行表だったが、隣の席では「構造カードゲーム」を広げてグループ討論が始まっていた。  
さらに別のテーブルでは、“段取り音頭”なる奇妙な歌が流れ、リズムに乗ってワークフローの順番を覚える練習が行われていた。

「整った資料を持つことより、整えようとする姿勢が何より大切です」  
講師の言葉に、教室の空気が一瞬だけ止まったように静かになる。

「それは田所式の原点でもあります。  
 資料は便利ですが、資料を“作る”という行為そのものが、最も深い段取りなのです」

一人の学生が手を挙げた。  
「先生、僕、最近“時間逆算シート”っていうのを作ってみたんです。  
 目的地を決めてから、逆にタスクを並べてみたら、すごく整理できて」

講師は目を細めてうなずいた。

「とてもいいですね。それは“構造の翻訳”です。  
 田所氏の方法を模倣するのではなく、自分の言葉で組み替えることで、初めて本当の段取りになる」

後方の一角では、アート系学部の学生が描いた「段取り曼荼羅」が展示されていた。  
それは進行図の構造を円形に再編し、タスクと関係者の動線を色彩で示したもの。  
見る者が直感で流れを理解できる、まさに“見る進行表”だった。

別のグループでは、“付箋劇場”と題された即興演劇が行われていた。  
机上に貼られた付箋の動きで、物語の進行が決まり、それに応じて役者が即座に対応するという実験的パフォーマンスだった。  
笑いが起こり、驚きがあり、そして最後にはひとつの提案書が“演劇の結論”として提示される。  
演者たちが深々と頭を下げると、観客である学生たちから自然と拍手が起きた。

講義が終わる頃には、教室の机の上にはさまざまな「自作段取り物」が並んでいた。  
手描きの議事録テンプレート。  
意思決定のための対話ルート図。  
討伐計画のマルチエンディング進行フロー。  
どれも個性豊かでありながら、共通して“誰かと共有できる”構造になっていた。

アビリアは、退出する学生たちに静かに声をかけた。

「構造は、誰のものでもありません。  
 でも、それを創ることは、必ず“誰かの働きやすさ”に繋がります。  
 どうか今日作ったあなたの方法を、誰かと共有してください。  
 それが、田所式を“超える”最初の一歩になるはずです」

学生たちは、思い思いに頷きながら、資料や道具をバッグに詰めていった。  
誰もが“すでにあるもの”を学んだのではなく、“自分で創れるかもしれない”という可能性を携えて帰っていく。  

誰の名前も掲げられていない教科書。  
誰のサインもない構造図。  
けれど、それらすべてが、田所という一人の“整え屋”が蒔いた種から育ったものだった。

もはや田所の名を口にする者は、教室には少ない。  
だがその思想は、次の時代の手の中で、確かに芽吹いていた。  
それは“仕組み”ではなく、“文化”になっていた。
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