冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始

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商会設立! 最初の顧客は貴族と商人

王都の商業区に、小さな事務所が一つできた。  

石造りの二階建ての建物で、一階が仕事場、二階が住居になっている。まだ机や帳簿類を置いただけの殺風景な部屋だったが、葛城にとっては十分だった。  

宿の主人の紹介で借りたこの事務所が、今後の拠点となる。  

モルディが机の上に飛び乗り、尻尾を揺らしながら言った。  

「オッサン、会社を作るんだろ? 名前はどうするんだ?」  

葛城は帳簿を開きながら考えた。  

「商売は信用が命だ。奇をてらった名前にするより、シンプルなほうがいい」  

適当にカッコつけた名前をつけても、後々変更することになるかもしれない。ならば、最初からシンプルなほうがいい。  

「葛城商会…でいいか」  

「そのまんまだな」  

「余計な装飾はいらない。シンプルなほうが信用される」  

モルディは納得したように頷いた。  

「で、オッサン。最初の仕事は?」  

「セシリアの家の財務管理を引き受ける。まずはあの貴族の家を立て直す」  

セシリアの屋敷の財政は危機的状況だった。適切な帳簿管理を導入し、無駄な出費を削減すれば、十分に立て直しは可能だった。  

「貴族の財務を握れば、こっちの影響力も増す。今後の商売にもつながる」  

「なるほどな」  

モルディは興味深そうに言った。  

「でもよ、商売の基本は信用だろ? お前、どうやって信用を得るつもりだ?」  

「信用を得る方法は一つだ。結果を出すことだよ」  

モルディが尻尾を振る。  

「まあ、オッサンなら何とかするんだろうな」  

  

◇◇◇  

  

事務所を開いて数日。  

「葛城に帳簿を見てもらうと商売が儲かるらしい」という噂が、じわじわと広まり始めていた。  

宿の主人をはじめ、近隣の商人たちが、「あのオッサンに相談すると儲かるらしい」と言い始めている。  

「妙な話だな」  

葛城は苦笑しながら、商人たちの動向を観察していた。  

そのとき、事務所の扉が静かに開いた。  

入ってきたのは、一人の若い女性だった。  

腰まで届く艶やかな黒髪、整った顔立ち、凛とした雰囲気。そして、動きに無駄がない。  

「あなたが、葛城隆司様ですね?」  

透き通った声だった。  

葛城は視線を向けたまま答える。  

「そうだが、あんたは?」  

「エリザ・フォン・アーベルグと申します。秘書として雇っていただきたいのですが」  

モルディがぴくりと耳を動かした。  

「…オッサン、この女、只者じゃねえぞ?」  

葛城は軽く頷く。  

見た目の優雅さに似合わず、身のこなしが鋭い。場に溶け込むような静かな立ち振る舞い。何より、目の奥に冷静な光が宿っている。  

「秘書…ね。どうして俺のところに?」  

「あなたが財務管理の専門家だと聞きました。私は以前、とある商会に勤めておりましたので、経理業務の補佐も可能です」  

「ほう」  

モルディがくっと喉を鳴らした。  

「オッサン、経理経験者が自分から秘書になりたいなんて、ちょっと不自然じゃねえか?」  

「俺もそう思う」  

葛城はエリザを見つめた。  

「経理ができるなら、他の商会でも働けるはずだ。わざわざできたばかりの小さな商会に来る必要はないよな?」  

エリザは微笑を崩さずに言った。  

「私は、あなたに興味があります」  

「…俺に?」  

「はい。異世界から来た経理の専門家、と聞いておりますので」  

葛城は目を細めた。  

「なるほど…そういうことか」  

「興味を持たれるのは悪くないが、目的は?」  

エリザは微笑を浮かべたまま、静かに言った。  

「それは、もう少し経ってからお話しします」  

葛城は短く息をついた。  

「まあ、秘書がいたほうが仕事が楽になるか」  

「…雇うのか?」  

モルディが呆れた声を出した。  

「疑ってるんだろ?」  

「疑ってる。でも、俺には経理以外の雑務をこなす余裕がない」  

エリザは一礼した。  

「ありがとうございます。では、さっそくお手伝いさせていただきますね」  

葛城はモルディに目を向けた。  

「念のため、こいつを探ってみてくれ」  

モルディは尻尾を揺らしながら、にやりと笑った。  

「了解だ、オッサン」  
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