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生徒会の壁が薄くなってきた
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午後の生徒会室には、淡い光と静かな気配が漂っていた。
放課後を少し過ぎた時間、机の上には次回の会議用の資料がずらりと並び、生徒会メンバーたちが思い思いの作業に取りかかっていた。パソコンのキーボードを打つ音、紙をめくる音、ファイルを開く音――そのどれもが、日常の一部として染みついた静けさを構成している。
凪は、机の端で資料の束を確認していた。指先でページをめくりながら、抜けのないよう目を通す。斜め向かいの席では、結翔が同じく黙々と進捗チェックの作業をしていた。
ふたりの間に会話はない。けれど、その無言が不自然に感じられることはなかった。生徒会の仕事において、静かで効率的な作業はよくあることで、無言だからといって距離があるとは限らない。
…はずだった。
けれどその日のふたりには、いつもの静けさとは違う、わずかな“熱”のようなものがあった。
凪が結翔に資料を一部差し出す。結翔は目を離さず、受け取ると、内容を確認して一言だけ言う。
「ここの段落、重複してるかもしれない。こっちと被ってる」
「了解。あとで修正する」
それだけの会話。必要最小限のやりとり。
にもかかわらず、そこには妙な緊張感が漂っていた。
言葉こそ少ないが、互いの息遣いやタイミングに、やけに敏感な気配がある。
微妙な間。
指先の動き。
資料を渡すときの手の伸ばし方。
そのひとつひとつが、どこか計算されているように見えるのは、気のせいだろうか。
少し離れた席で、谷町が手を止めて、ちらりとふたりのやりとりを見た。
「……あのふたり、去年より距離が近くなってない?」
ぽつりと呟いた声に、隣で電卓を叩いていた堺筋が顔を上げた。
「でも、話す内容はすごく他人行儀ですよね。句読点まできっちりしてる感じというか…」
「なのに距離感が近いんだよね。不思議」
谷町の言葉に、今度は長堀がぼそりと付け加える。
「目線、追ってるよ。どっちも。無意識に」
堺筋と谷町がそろって視線を向けた先で、確かに凪が何気なく顔を上げ、結翔のほうを見た。すぐに目を逸らし、資料に視線を戻す。
その直後、結翔も顔を上げて、凪が見ていた空間を一拍遅れて追う。
言葉にはならない動き。けれど、その視線の残像は、部屋に静かな波紋を投げていた。
「これ、絶対なにかあるよな…」
谷町のつぶやきに、堺筋も静かに頷いた。
「でも本人たちは気づいてない感じ。逆に怖いくらい自然体で」
長堀は肘をつきながら、「ていうか、気づいてない“ふり”をしてるんじゃない?」と呟いた。
その会話を、すぐそばで聞いていた御堂筋とまゆは、まるで合図でも交わしたかのように無言で目を合わせ、ゆっくりとガッツポーズを交わした。
口には出さない。
けれど、明らかに「来た」という確信がそこにあった。
まゆは机の下でスマホを握りしめ、小声で御堂筋に囁く。
「やっと、みんなにも見え始めたね…この尊き空気…」
「データだけでは補えない直感的な観察。重要なフェーズです。関係性が“見えるようになる”とは、つまり周囲が感情の存在を認識し始めたということ」
「それってつまり…?」
「この恋はもう、閉じた関係ではいられない、ということです」
御堂筋はタブレットの画面をスリープモードに戻しながら、どこか遠くを見るような視線で呟いた。
生徒会という空間は、仕事をする場所でありながら、いつしか“感情の箱庭”になりつつあった。
表面上は変わらない。
交わされる言葉も、提出される資料も、仕事の手順も、すべてが正確で、機能的。
けれど、その下に流れているものは、確実に変わり始めていた。
空気の密度。視線の間合い。無言のタイミング。
どれも、ひとつひとつはごく些細な変化にすぎない。けれど、それが積み重なることで、ふたりの関係性は“見えるように”なっていく。
そして、その“見える”ということこそが、恋が現実になっていく過程のひとつなのだと、誰かが気づきはじめたとき――
物語は、ひとつ加速する。
沈黙のなかで進んでいた感情の交差は、静かに、けれど確かに、周囲の視界に入ってきた。
凪と結翔。
その関係が、ただの“仕事上の信頼”では収まりきらなくなる日が、すぐそこまで近づいていることを。
生徒会の空気が変わり始めたことに、彼ら自身だけがまだ気づいていない。
だからこそ、その背中を見ている者たちにとっては、これ以上ない供給の瞬間だった。
放課後を少し過ぎた時間、机の上には次回の会議用の資料がずらりと並び、生徒会メンバーたちが思い思いの作業に取りかかっていた。パソコンのキーボードを打つ音、紙をめくる音、ファイルを開く音――そのどれもが、日常の一部として染みついた静けさを構成している。
凪は、机の端で資料の束を確認していた。指先でページをめくりながら、抜けのないよう目を通す。斜め向かいの席では、結翔が同じく黙々と進捗チェックの作業をしていた。
ふたりの間に会話はない。けれど、その無言が不自然に感じられることはなかった。生徒会の仕事において、静かで効率的な作業はよくあることで、無言だからといって距離があるとは限らない。
…はずだった。
けれどその日のふたりには、いつもの静けさとは違う、わずかな“熱”のようなものがあった。
凪が結翔に資料を一部差し出す。結翔は目を離さず、受け取ると、内容を確認して一言だけ言う。
「ここの段落、重複してるかもしれない。こっちと被ってる」
「了解。あとで修正する」
それだけの会話。必要最小限のやりとり。
にもかかわらず、そこには妙な緊張感が漂っていた。
言葉こそ少ないが、互いの息遣いやタイミングに、やけに敏感な気配がある。
微妙な間。
指先の動き。
資料を渡すときの手の伸ばし方。
そのひとつひとつが、どこか計算されているように見えるのは、気のせいだろうか。
少し離れた席で、谷町が手を止めて、ちらりとふたりのやりとりを見た。
「……あのふたり、去年より距離が近くなってない?」
ぽつりと呟いた声に、隣で電卓を叩いていた堺筋が顔を上げた。
「でも、話す内容はすごく他人行儀ですよね。句読点まできっちりしてる感じというか…」
「なのに距離感が近いんだよね。不思議」
谷町の言葉に、今度は長堀がぼそりと付け加える。
「目線、追ってるよ。どっちも。無意識に」
堺筋と谷町がそろって視線を向けた先で、確かに凪が何気なく顔を上げ、結翔のほうを見た。すぐに目を逸らし、資料に視線を戻す。
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言葉にはならない動き。けれど、その視線の残像は、部屋に静かな波紋を投げていた。
「これ、絶対なにかあるよな…」
谷町のつぶやきに、堺筋も静かに頷いた。
「でも本人たちは気づいてない感じ。逆に怖いくらい自然体で」
長堀は肘をつきながら、「ていうか、気づいてない“ふり”をしてるんじゃない?」と呟いた。
その会話を、すぐそばで聞いていた御堂筋とまゆは、まるで合図でも交わしたかのように無言で目を合わせ、ゆっくりとガッツポーズを交わした。
口には出さない。
けれど、明らかに「来た」という確信がそこにあった。
まゆは机の下でスマホを握りしめ、小声で御堂筋に囁く。
「やっと、みんなにも見え始めたね…この尊き空気…」
「データだけでは補えない直感的な観察。重要なフェーズです。関係性が“見えるようになる”とは、つまり周囲が感情の存在を認識し始めたということ」
「それってつまり…?」
「この恋はもう、閉じた関係ではいられない、ということです」
御堂筋はタブレットの画面をスリープモードに戻しながら、どこか遠くを見るような視線で呟いた。
生徒会という空間は、仕事をする場所でありながら、いつしか“感情の箱庭”になりつつあった。
表面上は変わらない。
交わされる言葉も、提出される資料も、仕事の手順も、すべてが正確で、機能的。
けれど、その下に流れているものは、確実に変わり始めていた。
空気の密度。視線の間合い。無言のタイミング。
どれも、ひとつひとつはごく些細な変化にすぎない。けれど、それが積み重なることで、ふたりの関係性は“見えるように”なっていく。
そして、その“見える”ということこそが、恋が現実になっていく過程のひとつなのだと、誰かが気づきはじめたとき――
物語は、ひとつ加速する。
沈黙のなかで進んでいた感情の交差は、静かに、けれど確かに、周囲の視界に入ってきた。
凪と結翔。
その関係が、ただの“仕事上の信頼”では収まりきらなくなる日が、すぐそこまで近づいていることを。
生徒会の空気が変わり始めたことに、彼ら自身だけがまだ気づいていない。
だからこそ、その背中を見ている者たちにとっては、これ以上ない供給の瞬間だった。
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