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風が通り抜ける、静かな屋上
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昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の喧騒を背にして、神城凪は静かに席を立った。
廊下に出ると、空気は春の陽に温められていて、ほんのりとした風が制服の袖を揺らす。階段を一段ずつ上りながら、凪は特に目的もないまま、なんとなく足を屋上へと向けていた。
屋上のドアは少し重く、開けると金属がきしむ音が小さく響いた。その向こうには、春の空が広がっていた。
風が通り抜ける音と、遠くから聞こえてくる運動場の歓声。それ以外には何の音もなかった。人の気配も、視線もない、完全な空間。そういう場所が今は少し、必要だった。
凪は手にしたコンビニ袋から、小さなサンドイッチの包みを取り出した。朝にコンビニで買ったまま、机に入れておいたものだ。屋上の隅にあるベンチに腰を下ろし、包装を剥がしながら、空を見上げる。
白くゆるやかに流れる雲。その向こうに広がる、やわらかな青。
「……」
ひと口かじる。パンの味は淡白で、何の感情も起こさない。だが、それがちょうどよかった。
昼休みのこの時間は、生徒会室は意外と賑やかになる。後輩たちが自主的に集まって作業したり、相談に来たりするから、黙っていたい気分のときは、少し落ち着かない。今日はその“静かになれなさ”が妙にひっかかった。
理由は考えたくなかった。けれど、考えずにはいられなかった。
もう一口食べようとしたとき、屋上の扉が開く音が響いた。
凪は視線を上げないまま、その音の主を認識する。
気配が軽く、足音は迷いがなく、そしてどこか整っている。
振り向かずともわかる。誰よりもよく知っている、あの歩き方。呼吸のリズム。空気の温度。
「こんなとこにいるとは思わなかった」
聞き慣れた低く静かな声が、少し風に揺られて届いた。
凪は横目でちらりと結翔を見た。制服の袖が風に揺れ、乱れのない黒髪が日差しにかすかに光っている。彼は凪の隣ではなく、少し離れた位置に立ち、視線だけをこちらに寄越していた。
「生徒会室、今日はにぎやかだったから」
凪はそう答えてから、サンドイッチを口に運んだ。声の調子は淡々としていた。特別な意味を含めないように。
結翔は返事をせず、ただしばらくその場に立っていた。凪は少しだけ目を閉じ、会話が続かないままでもいいと思っていた。
だが、すぐに気配が動いた。足音が近づいてきて、凪の隣にある空いていたベンチに、結翔が腰を下ろした。横並び。背もたれのないベンチだから、肩と肩の間には微妙な距離ができる。
それでも、その距離は今のふたりにとって、最適だった。
沈黙が流れる。
けれど、不思議と重くない。むしろ、言葉を必要としないことが心地よくすらあった。
風が吹き抜ける。凪の前髪が揺れる。隣からは、かすかに制服が擦れる音がした。何も話さないまま、それぞれが空を見ていた。
ふと、凪は問いを浮かべる。
――なぜ、ここに来たのか。
――どうして、彼は自分を見つけられたのか。
けれど、その問いに答えを求めることはしなかった。
結翔が凪を探したとは、彼の口からは言わないだろう。凪もまた、それを聞こうとはしなかった。けれど、ふたりがここにいるという事実は、静かな確信としてそこに存在していた。
「…天気、いいね」
ぽつりと凪が言った。結翔は少し顔を上げる。
「昼寝したくなるくらいには」
「うん」
また会話が止まる。
だけど、それは“終わった”のではなく、“続いている”という感覚だった。
日差しが傾き、雲の切れ間から眩しい光が差し込んだ。凪は目を細めながら、もう一口サンドイッチをかじった。
何も話さなくても、何かが伝わる。
何も約束しなくても、なぜか同じ場所にいる。
それが今のふたりにとって、最も自然な在り方だった。
けれど、それはあくまで、今この瞬間の話でしかない。
この沈黙のまま、どこまで進めるのだろう。
そう思ったとき、凪の胸の中にふと、言葉にできない感情が生まれた。
それはまだ“恋”とは呼べないものだった。けれど、“恋ではない”と否定するには、あまりにも近すぎる距離だった。
春の風がまた一度、ふたりのあいだを通り抜けていった。
その風は、どちらのほうが先に揺れたのかも、もうわからないほど静かだった。
廊下に出ると、空気は春の陽に温められていて、ほんのりとした風が制服の袖を揺らす。階段を一段ずつ上りながら、凪は特に目的もないまま、なんとなく足を屋上へと向けていた。
屋上のドアは少し重く、開けると金属がきしむ音が小さく響いた。その向こうには、春の空が広がっていた。
風が通り抜ける音と、遠くから聞こえてくる運動場の歓声。それ以外には何の音もなかった。人の気配も、視線もない、完全な空間。そういう場所が今は少し、必要だった。
凪は手にしたコンビニ袋から、小さなサンドイッチの包みを取り出した。朝にコンビニで買ったまま、机に入れておいたものだ。屋上の隅にあるベンチに腰を下ろし、包装を剥がしながら、空を見上げる。
白くゆるやかに流れる雲。その向こうに広がる、やわらかな青。
「……」
ひと口かじる。パンの味は淡白で、何の感情も起こさない。だが、それがちょうどよかった。
昼休みのこの時間は、生徒会室は意外と賑やかになる。後輩たちが自主的に集まって作業したり、相談に来たりするから、黙っていたい気分のときは、少し落ち着かない。今日はその“静かになれなさ”が妙にひっかかった。
理由は考えたくなかった。けれど、考えずにはいられなかった。
もう一口食べようとしたとき、屋上の扉が開く音が響いた。
凪は視線を上げないまま、その音の主を認識する。
気配が軽く、足音は迷いがなく、そしてどこか整っている。
振り向かずともわかる。誰よりもよく知っている、あの歩き方。呼吸のリズム。空気の温度。
「こんなとこにいるとは思わなかった」
聞き慣れた低く静かな声が、少し風に揺られて届いた。
凪は横目でちらりと結翔を見た。制服の袖が風に揺れ、乱れのない黒髪が日差しにかすかに光っている。彼は凪の隣ではなく、少し離れた位置に立ち、視線だけをこちらに寄越していた。
「生徒会室、今日はにぎやかだったから」
凪はそう答えてから、サンドイッチを口に運んだ。声の調子は淡々としていた。特別な意味を含めないように。
結翔は返事をせず、ただしばらくその場に立っていた。凪は少しだけ目を閉じ、会話が続かないままでもいいと思っていた。
だが、すぐに気配が動いた。足音が近づいてきて、凪の隣にある空いていたベンチに、結翔が腰を下ろした。横並び。背もたれのないベンチだから、肩と肩の間には微妙な距離ができる。
それでも、その距離は今のふたりにとって、最適だった。
沈黙が流れる。
けれど、不思議と重くない。むしろ、言葉を必要としないことが心地よくすらあった。
風が吹き抜ける。凪の前髪が揺れる。隣からは、かすかに制服が擦れる音がした。何も話さないまま、それぞれが空を見ていた。
ふと、凪は問いを浮かべる。
――なぜ、ここに来たのか。
――どうして、彼は自分を見つけられたのか。
けれど、その問いに答えを求めることはしなかった。
結翔が凪を探したとは、彼の口からは言わないだろう。凪もまた、それを聞こうとはしなかった。けれど、ふたりがここにいるという事実は、静かな確信としてそこに存在していた。
「…天気、いいね」
ぽつりと凪が言った。結翔は少し顔を上げる。
「昼寝したくなるくらいには」
「うん」
また会話が止まる。
だけど、それは“終わった”のではなく、“続いている”という感覚だった。
日差しが傾き、雲の切れ間から眩しい光が差し込んだ。凪は目を細めながら、もう一口サンドイッチをかじった。
何も話さなくても、何かが伝わる。
何も約束しなくても、なぜか同じ場所にいる。
それが今のふたりにとって、最も自然な在り方だった。
けれど、それはあくまで、今この瞬間の話でしかない。
この沈黙のまま、どこまで進めるのだろう。
そう思ったとき、凪の胸の中にふと、言葉にできない感情が生まれた。
それはまだ“恋”とは呼べないものだった。けれど、“恋ではない”と否定するには、あまりにも近すぎる距離だった。
春の風がまた一度、ふたりのあいだを通り抜けていった。
その風は、どちらのほうが先に揺れたのかも、もうわからないほど静かだった。
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