【完結】天使のスプライン

ひなこ

文字の大きさ
8 / 37
2・花坂愛美(はなさか・まなみ)

2-1

しおりを挟む
 都内でも随一の伝統を誇るエンパイアリバティホテルは、戦前から海外の来賓や著名人に長く愛されてきた老舗だ。庶民には敷居が高く、なかなか手の出る値段ではない。
 スーペリアタワーと名づけられた、南館最上階のスイートルームに二ヶ月、長期滞在をしている客がいた。 

 モネは空間を切り取り、そこから部屋に降りた。
 いや、降りるなり足元がぐらついて尻餅をついた。
「あれ?い、痛くない?」
 それもそのはず、絨毯の毛足が長すぎてクッションになったからだ。
 ソファ一つ取ってもモネが仮眠するそれとはまるで質が違う。照明、テーブル、鏡などすべての装飾が世界の調度品から選びぬいた特別品だった。
 最上級のホテルのさらに最高級の部屋、その名にふさわしいおもてなしと言う訳だ。

「ふーん、なるほどね」
「おい、ここって確か大火事で半焼したことある有名なホテルじゃねーか?」
「そうよ、そしてその火事は今夜遅く。あと五時間くらい?」
「またギリギリかよ。焼け死ぬの、俺はごめんだよ」
「大丈夫。焼き鳥になったら、私がおいしくいただきます」
「うへー、いやざんす」
 
 ベッド脇に備えられた特大テレビの音が、耳障りなほど響いている。
 本人はいるのか、それとも外出中なのか。ドアをくぐると、足元は絨毯からフローリングになった。
 美しく装った女優の顔が、テレビの画面いっぱいに映っていた。

『時がこれほど残酷なものだなんて。あなたの愛さえも崩れ去ってしまう……』

 大粒の涙が頬を伝い、そのまま床にまでこぼれ出しそうだ。
「この女優さんきれい。陶器人形みたい」
「そうか?俺の好みじゃねーな」
「でもいつの映画だろう?」

 辺りには書類の山が散乱し、本が何冊も開きっぱなしになっている。
 部屋の主は散らかし放題で一体、どこへ行ってしまったのか。
 歩いているうちに何かを踏みつけた。
 袋からはみ出た白い塊。
「どれどれ……これ、精神安定剤じゃね?こんなんいっぱい。売るほどあるぜ」
 カノンがくちばしでつまんで種類を確認する。
 背後でカラン、と音がした。空き瓶が転がってモネの足元にたどりつく。
 ラベルに年号と酒の名が書いてある。ボウモアと言えば結構強い酒だ。

 ソファの陰から呂律の回らない声がした。
「ちょっとおー、部屋の掃除はいらないってぇー前から言ってるでしょお?……一人で飲みたいんだからあ」
 手元で何かいじっているのはスマホか。
 タンクトップに、よれた七分丈の綿パンツ。長い髪も乱れ、床に足を投げだしスマホに浸っているその女性は。
「花坂愛美さん……」

 未来の世界からすれば、圧倒的な功績を残した大女優。
 でも晩年は人気も落ちて、仕事もほとんどなかった。
 一世を風靡した分、おちぶれたあげくの事故死に世の中は同情した。最高の活躍と、最後の没落を世の中がよく記憶に刻んでいる。
 それはもしかしたら、本人にしてみれば嫌なことか?

 その最期の時が数時間後に迫っている。
 ちょうど映画が終わり、エンドロールで出演者の名が流れていた。

「おい。さっきの大画面美女、この女だよ」
「え!嘘だあ!」
 モネは叫んだ。

 床で寝そべっているノーメイクの中年女と、大画面の化粧ばっちりの女優……いくら何でも同一人物には見えない。
「この映画は二十年前のらしいけどな。国際映画賞、国内でも優秀賞を総なめにした有名女優だってよ」
「そうなんだ……。にしても」
 時がこれほど残酷なものだなんて。
 さっき映画で語っていたセリフをそのまま言ってやりたいくらいだ。

 単に美貌の衰えからだけでもないだろう。
 画面は人間の寿命では一番美しいとされる年頃の映像。過去の栄光を見つめながら、一人で二カ月もずっとこうして酒浸りなのだとしたら。
 みずみずしかった頃と同じ表情などできるはずもない。 

「ねえあんた、ホテルの従業員じゃないわね。一体どこから入ってきたのよお」
 愛美が立ち上がって歩み寄る。
 大分酩酊しているようで、すぐにすとんと床に座り込んでしまった。

「私はモネです。あなたをレスキューしに来ました」
「モネちゃんって言うんだ?レスキュー?かわいいわね、服も真っ白で衣装みたいだし」
 酒で明るくなる質のようだ。ぶつかるほど顔を近づけてきた。
 息は酒臭かったが、顔の造作は整っていると感じた。

「あの、言いにくいことなのですが」
「うん?なあに?」
「ここは火事で焼けてしまうんです。私に従って至急離れて下さい。じゃないとあなたは約四時間後に命を終えてしまうんです」
「はあ?なんかの宗教か占い?悪いけど私、ここに籠もっているのが好きなの。だから邪魔しないで」 
「本当にそうですか?かつては映画でも毎年優秀賞を得て常に賞賛され、テレビもあなたのことを話題にすることを忘れなかった。なのに今は、皆忘れてしまったから嫌になった?」

「あなた私の出た作品、一つでも言える?」
 愛美はむっとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜

草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、 毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。 ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。 「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると…… 生えてきたのは植物ではなく、人間!? 咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。 人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、 家族、別れ、再生。 ほんのり不思議で、少しだけ怖く、 それでも最後には、どこかあたたかい。 人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。 あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか? またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

処理中です...