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2・花坂愛美(はなさか・まなみ)
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「いくら落ち目って言っても、それくらいのプライドはある。私のことを知らない人に、とやかく言われる筋合いはないわ」
モネは礼儀を見せるように、一度お辞儀をしてから口上を述べる。
「花坂愛美、岐阜県出身。デビュー作は『みずうみ』の香苗役。日本アカデミー新人賞を最年少で受賞。その後舞台でも『奇跡の人』ヘレン、『ハムレット』オフィーリアなどで定評を得て大ヒット映画『オーロラの橋』で国際映画主演女優賞獲得。人気を不動のものとする。その後会社社長と結婚、子供はなし。国際親善大使としてロンドン、モスクワなど訪問。ボランティア活動で、小児がん撲滅運動にも参加……」
カノンがほおおと感心する。
短期記憶は得意のようだ。
出発前に一度読み上げただけで、よく復唱できたものだ。
「……まあ、そこまで知っているっていうならいいわ。で、私が死ぬって何?」
過去の足跡を聞いているうち、少しばかりプライドを取り戻したようだ。
「ここで誰かを待っているんじゃ?」
さっきからずっと、スマホで誰かを呼びだしているようだったが。
愛美は笑い出す。
「誰を?私はここでずっと好きに暮らしているだけよ」
「でも、今日は危険なんです。たまたま宿泊客が少なかったから、犠牲者も最小限で済んだ。なのにあえて逃げようとせずにあなたは……」
グラスが飛んでくる。けれどモネには当たらない。
「ねえモネちゃん。何が言いたいの?いいじゃない、人が死のうが生きようが」
「いえ、私はどうしてもあなたを助けたいんです。そうしなきゃいけないんです」
「なぜ?」
「わかりません」
「おかしな人ね。じゃあここから出て、別のホテルに行けばいいっていうこと?」
「そういうことでもない。多少の因果律があって、それくらいではあなたの不幸は解消できない。結局また廻ります。高速道路や電車の乗り換えのように、あなたの人生をさかのぼって、適切な場所から道を開いて戻す。それが私の方法です」
「難しくてよくわかんないけど……明日じゃだめなの?」
モネは厳しく却下する。
「さっき言いましたよね?この部屋は今夜、焼けるんです」
「今夜は嫌!」
「なぜ?」
「出る訳に行かないの。あの人と約束したんだもの。今夜ここで待ってるって。あなたが来るまでずっとずっと、待ってるって!」
声を振り絞るように叫んだ。
二人が対立した中、カノンがモネの肩ヘ舞い降りた、
「このおばさん、何意地張ってんだよ?」
カノンの問いに、モネが答えた。
「あなたはここで、旦那さんを待っているんですよね」
「へ?ダンナ?」
人気絶頂の二十七歳で、IT企業の社長である河合進氏と結婚。
お互いに仕事が忙しく、甘い結婚生活は営む暇がなかった。人々が自分の登場を望んでいる、立て続けに入る仕事たち。映画、舞台、ミュージカル……何でもやった。
充実して毎日が面白かった。
「そうよ。あの人を待ってるの。私、幸せな結婚をしたわ。いつかは可愛い赤ちゃんを生んで、すてきな家庭を作ろうって思ってた。でも気づいた時には遅かった」
夫の心は離れ、家に帰らなくなった。
夫婦なのに、今夜はどこにいるのかさえわからない。お互い仕事はあるから、生活費でもめることもなかった。だがお金は有り余っていても、大事なものがない。
女の影も一つや二つ見逃すこともあった。それでいつか戻ってくれるなら。
けれど何度連絡しても、彼は帰ってこない。
「私はファンのみんなが、私を愛してくれているって思ってた。”早く次の作品に出て、テレビにも映画にも出て”って。期待されて、褒められるのが嬉しくてずっと仕事に没頭してきた」
その結果、夫よりもファンの人たちを大事にしてきた。
だけど過ぎてみれば観客は飽き性で、あっという間に鞍替えして去って行く。
「若さも、夫の愛も失って子供さえ持てず。老いた自分だけ残った。私、一体何をしてきたの?」
大画面の彼女の姿を思い出す。
恵まれた容姿と優雅な物腰、そして素晴らしい演技。
いくつもそろっているのだ、望まれて当然ではないか。
才能がありながら咲かずに終わっていく者も、陰にどれほどいるだろう。
「人の時間は有限です。すべて手にできるとは限らない。もしあなたが仕事も家庭も両方欲張っていたら、これほどの業績は残せていないかも」
愛美はしおらしくうなだれた。
「別に勲章をもらいたかった訳じゃないのよ。愛されたかった。仕事は確かに大好きだった。今もね。ファンのみんなが私を必要としてくれていることが嬉しかった」
演技をすることでみんなが褒めてくれる。マスコミが絶賛し、フラッシュを浴びることで自分の価値を認めることができた。でも、気づけば本当に大事なものを失くしてしまった。
「誰もわかってくれないの。医者も薬ばっか、カウンセラーも通り一遍のことしか言わない」
だから酒に溺れるということか。
「愛か。人の心はうつろいやすい。求めるだけ不毛だな!」
カノンが無神経な声をあげた。
モネは礼儀を見せるように、一度お辞儀をしてから口上を述べる。
「花坂愛美、岐阜県出身。デビュー作は『みずうみ』の香苗役。日本アカデミー新人賞を最年少で受賞。その後舞台でも『奇跡の人』ヘレン、『ハムレット』オフィーリアなどで定評を得て大ヒット映画『オーロラの橋』で国際映画主演女優賞獲得。人気を不動のものとする。その後会社社長と結婚、子供はなし。国際親善大使としてロンドン、モスクワなど訪問。ボランティア活動で、小児がん撲滅運動にも参加……」
カノンがほおおと感心する。
短期記憶は得意のようだ。
出発前に一度読み上げただけで、よく復唱できたものだ。
「……まあ、そこまで知っているっていうならいいわ。で、私が死ぬって何?」
過去の足跡を聞いているうち、少しばかりプライドを取り戻したようだ。
「ここで誰かを待っているんじゃ?」
さっきからずっと、スマホで誰かを呼びだしているようだったが。
愛美は笑い出す。
「誰を?私はここでずっと好きに暮らしているだけよ」
「でも、今日は危険なんです。たまたま宿泊客が少なかったから、犠牲者も最小限で済んだ。なのにあえて逃げようとせずにあなたは……」
グラスが飛んでくる。けれどモネには当たらない。
「ねえモネちゃん。何が言いたいの?いいじゃない、人が死のうが生きようが」
「いえ、私はどうしてもあなたを助けたいんです。そうしなきゃいけないんです」
「なぜ?」
「わかりません」
「おかしな人ね。じゃあここから出て、別のホテルに行けばいいっていうこと?」
「そういうことでもない。多少の因果律があって、それくらいではあなたの不幸は解消できない。結局また廻ります。高速道路や電車の乗り換えのように、あなたの人生をさかのぼって、適切な場所から道を開いて戻す。それが私の方法です」
「難しくてよくわかんないけど……明日じゃだめなの?」
モネは厳しく却下する。
「さっき言いましたよね?この部屋は今夜、焼けるんです」
「今夜は嫌!」
「なぜ?」
「出る訳に行かないの。あの人と約束したんだもの。今夜ここで待ってるって。あなたが来るまでずっとずっと、待ってるって!」
声を振り絞るように叫んだ。
二人が対立した中、カノンがモネの肩ヘ舞い降りた、
「このおばさん、何意地張ってんだよ?」
カノンの問いに、モネが答えた。
「あなたはここで、旦那さんを待っているんですよね」
「へ?ダンナ?」
人気絶頂の二十七歳で、IT企業の社長である河合進氏と結婚。
お互いに仕事が忙しく、甘い結婚生活は営む暇がなかった。人々が自分の登場を望んでいる、立て続けに入る仕事たち。映画、舞台、ミュージカル……何でもやった。
充実して毎日が面白かった。
「そうよ。あの人を待ってるの。私、幸せな結婚をしたわ。いつかは可愛い赤ちゃんを生んで、すてきな家庭を作ろうって思ってた。でも気づいた時には遅かった」
夫の心は離れ、家に帰らなくなった。
夫婦なのに、今夜はどこにいるのかさえわからない。お互い仕事はあるから、生活費でもめることもなかった。だがお金は有り余っていても、大事なものがない。
女の影も一つや二つ見逃すこともあった。それでいつか戻ってくれるなら。
けれど何度連絡しても、彼は帰ってこない。
「私はファンのみんなが、私を愛してくれているって思ってた。”早く次の作品に出て、テレビにも映画にも出て”って。期待されて、褒められるのが嬉しくてずっと仕事に没頭してきた」
その結果、夫よりもファンの人たちを大事にしてきた。
だけど過ぎてみれば観客は飽き性で、あっという間に鞍替えして去って行く。
「若さも、夫の愛も失って子供さえ持てず。老いた自分だけ残った。私、一体何をしてきたの?」
大画面の彼女の姿を思い出す。
恵まれた容姿と優雅な物腰、そして素晴らしい演技。
いくつもそろっているのだ、望まれて当然ではないか。
才能がありながら咲かずに終わっていく者も、陰にどれほどいるだろう。
「人の時間は有限です。すべて手にできるとは限らない。もしあなたが仕事も家庭も両方欲張っていたら、これほどの業績は残せていないかも」
愛美はしおらしくうなだれた。
「別に勲章をもらいたかった訳じゃないのよ。愛されたかった。仕事は確かに大好きだった。今もね。ファンのみんなが私を必要としてくれていることが嬉しかった」
演技をすることでみんなが褒めてくれる。マスコミが絶賛し、フラッシュを浴びることで自分の価値を認めることができた。でも、気づけば本当に大事なものを失くしてしまった。
「誰もわかってくれないの。医者も薬ばっか、カウンセラーも通り一遍のことしか言わない」
だから酒に溺れるということか。
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カノンが無神経な声をあげた。
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