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2・花坂愛美(はなさか・まなみ)
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時計を見る。あと三時間半。
このまま話を聞いていても、またタイムアウトになりそうだ。
「話を急ぎます。私の計算では運命の結び目、タイムポイントは二つ。どちらかの時間にあなたはさかのぼり、そこから人生をやり直して下さい。一つはあなたが女優になるべくオーディションを受ける十五歳のその日。そこで上京せずに、故郷で静かに一市民として暮らすならこの悲劇は回避できる」
愛美はあきれた声を出す。
「何言ってるの?女優は私の天職よ。これを手放して、他に何をして生きろと言うの?これだけがんばってきたのに、それを無にするなんて絶対いや」
「ではもう一つの方。二十七歳に戻り、河合氏との結婚を辞める。あなたの苦しみの原因は彼ですよね?今もなお」
「やめて!夫を失いたくないって、散々言ってるじゃない?」
愛美は投げだしたスマホに飛びつくと、中断していたリダイヤルをまた再開する。だが結果は同じ。応答はない。
リダイヤル、またリダイヤル……でも出ない。
「何で?何で出てくれないのよ?」
床に這いつくばって、涙声でそう訴える。
大画面での清楚な姿と比べると、なんて哀れで寂しい図だろう。
「愛美さん、もうそこに執着しても運命は動かないんです。それに今夜の約束を言い出したのはあなたですよね?それは彼も知っていることなんですか?」
「知ってるわよ。先週空港ですれ違った時に、直接言ったんだから」
それならもっとまずいことになる。
彼がこのホテルを訪れた場合、愛美だけではなく彼も危険になる。いやしかし。
そもそもファイルの記事に、男性負傷者は報告されていただろうか……?
「ねえモネちゃん。あなた不思議な力があるなら、未来もわかるのよね?今日ここで私が死ぬとして、あの人はどうだったの?ここに来たの?怪我くらいした?」
不意な問いに驚く。
いつもなら軽くいなすところだが、沈黙を読まれた。
「わかったわ、もういい。すべておしまい。ジ・エンドよ」
悲しげな声で、愛美はスマホを放り投げた。
ベッドに投げたつもりが大理石のテーブルに当たり、音を立てて床に落ちた。
「待って愛美さん。そうじゃない」
モネはかぶりを振る。
「いいのよ。私が馬鹿だったの。色んな人の言葉にほだされて、結局いいように振り回されてただけだった。観客も、あの人も……もう私を愛してない」
何とか取りなそうとするが通じない。
愛美は悲しみで心を埋めつくしてしまった。
「でもね、彼がそうだとしても私はまだ愛してる。仕事、愛する夫。どっちも私にとってはかけがえのないものなの。私をかつて満たしてくれた二つの宝、どっちかを捨てなければ生き残れないっていうなら、このまま死んで構わない。もう結構」
「愛美さん」
いやだそんなの、私は絶対止める。
モネの中で、止められないほどの熱が湧き上がる。
「ね、わかって?人にはこの状態を最高と思って死ねたらっていう時があるのよ」
認めない。そんなの。
「帰って来ない夫を待ち、出る舞台のないみじめな女優として生き延びて何の救いがあるっていう?もう疲れた。これで終わるならそれもいい。死ぬべき時、死ぬ権利があるのよ」
嫌だって言ってんじゃん。何のために私が来たと思ってるの?
モネの目が敵意を持って大きく見開いた。握りしめた拳が震えている。
「……そんなの、私が許さない」
「あなたが許そうと許すまいと、それは個人のものだわ。いくら祈ったところで、叶わないものは叶わない。神様なんて無情なんだから。結局自分で決めないとならないの。だったら一番幸せな時に、これ以上悲しい思いをする前に死んだって」
それは違う。
いや、私が変えてねじ曲げる。
より幸せな方へ。より満足ができる方へ。
あなたがあきらめようと、私はあきらめない。
私には、運命曲線という武器がある。
「神様が助けなくても、私が助けるんだから。そのために私は来たんだから」
不意にスマホから着信音が鳴る。一斉にテーブルの下を振り返った。
一体誰が?
「え、そんな。ありえない。……だってあの人は」
さっきモネから聞き出した時にわかったはずだ。ここに夫は来ないと。
でも。
「愛美さん、電話に出て!」
モネが叫ぶ。
何か予定とは違うことが起きている。その理由はわからないが。
「……もしもし」
愛美の瞳から涙がこぼれた。声は受話器から漏れ響いた。
夫の河合氏だ。
「ええええ、どーゆーこと!モネ!」
「わからない。何がどうしてどうなったのか」
モネはタブレットを出して計算し直す。
不測の事態が起きたのかもしれない。
「モネ、愛美が電話しながら嬉し泣きしてるぞ。仲直りじゃね?」
「うるさい、今計算してるの!」
画面に触れるとクライアントに設定された時刻での、十五個の運命変数が表示される。
データーはファイルと連動していて、どちらからも閲覧可能だ。それらをプログラムの各コマに代入し、対数を取った後、多変量解析を三次元関数にプロット。
どの場合も三角関数に近似した周期曲線の重なりで結果は表示される。数珠状になった運命曲線が収束し、点になるいくつかの時刻を”結び目”またはタイムポイントと呼ぶ。
「ねえ大変!結び目が……さっき二つしかなかったのに」
「どうした?モネ」
「もう一つできてる。しかもその時刻って」
「どれどれ?うげっ!んなアホなあ」描画を見るなりばさばさと飛び回る。
このまま話を聞いていても、またタイムアウトになりそうだ。
「話を急ぎます。私の計算では運命の結び目、タイムポイントは二つ。どちらかの時間にあなたはさかのぼり、そこから人生をやり直して下さい。一つはあなたが女優になるべくオーディションを受ける十五歳のその日。そこで上京せずに、故郷で静かに一市民として暮らすならこの悲劇は回避できる」
愛美はあきれた声を出す。
「何言ってるの?女優は私の天職よ。これを手放して、他に何をして生きろと言うの?これだけがんばってきたのに、それを無にするなんて絶対いや」
「ではもう一つの方。二十七歳に戻り、河合氏との結婚を辞める。あなたの苦しみの原因は彼ですよね?今もなお」
「やめて!夫を失いたくないって、散々言ってるじゃない?」
愛美は投げだしたスマホに飛びつくと、中断していたリダイヤルをまた再開する。だが結果は同じ。応答はない。
リダイヤル、またリダイヤル……でも出ない。
「何で?何で出てくれないのよ?」
床に這いつくばって、涙声でそう訴える。
大画面での清楚な姿と比べると、なんて哀れで寂しい図だろう。
「愛美さん、もうそこに執着しても運命は動かないんです。それに今夜の約束を言い出したのはあなたですよね?それは彼も知っていることなんですか?」
「知ってるわよ。先週空港ですれ違った時に、直接言ったんだから」
それならもっとまずいことになる。
彼がこのホテルを訪れた場合、愛美だけではなく彼も危険になる。いやしかし。
そもそもファイルの記事に、男性負傷者は報告されていただろうか……?
「ねえモネちゃん。あなた不思議な力があるなら、未来もわかるのよね?今日ここで私が死ぬとして、あの人はどうだったの?ここに来たの?怪我くらいした?」
不意な問いに驚く。
いつもなら軽くいなすところだが、沈黙を読まれた。
「わかったわ、もういい。すべておしまい。ジ・エンドよ」
悲しげな声で、愛美はスマホを放り投げた。
ベッドに投げたつもりが大理石のテーブルに当たり、音を立てて床に落ちた。
「待って愛美さん。そうじゃない」
モネはかぶりを振る。
「いいのよ。私が馬鹿だったの。色んな人の言葉にほだされて、結局いいように振り回されてただけだった。観客も、あの人も……もう私を愛してない」
何とか取りなそうとするが通じない。
愛美は悲しみで心を埋めつくしてしまった。
「でもね、彼がそうだとしても私はまだ愛してる。仕事、愛する夫。どっちも私にとってはかけがえのないものなの。私をかつて満たしてくれた二つの宝、どっちかを捨てなければ生き残れないっていうなら、このまま死んで構わない。もう結構」
「愛美さん」
いやだそんなの、私は絶対止める。
モネの中で、止められないほどの熱が湧き上がる。
「ね、わかって?人にはこの状態を最高と思って死ねたらっていう時があるのよ」
認めない。そんなの。
「帰って来ない夫を待ち、出る舞台のないみじめな女優として生き延びて何の救いがあるっていう?もう疲れた。これで終わるならそれもいい。死ぬべき時、死ぬ権利があるのよ」
嫌だって言ってんじゃん。何のために私が来たと思ってるの?
モネの目が敵意を持って大きく見開いた。握りしめた拳が震えている。
「……そんなの、私が許さない」
「あなたが許そうと許すまいと、それは個人のものだわ。いくら祈ったところで、叶わないものは叶わない。神様なんて無情なんだから。結局自分で決めないとならないの。だったら一番幸せな時に、これ以上悲しい思いをする前に死んだって」
それは違う。
いや、私が変えてねじ曲げる。
より幸せな方へ。より満足ができる方へ。
あなたがあきらめようと、私はあきらめない。
私には、運命曲線という武器がある。
「神様が助けなくても、私が助けるんだから。そのために私は来たんだから」
不意にスマホから着信音が鳴る。一斉にテーブルの下を振り返った。
一体誰が?
「え、そんな。ありえない。……だってあの人は」
さっきモネから聞き出した時にわかったはずだ。ここに夫は来ないと。
でも。
「愛美さん、電話に出て!」
モネが叫ぶ。
何か予定とは違うことが起きている。その理由はわからないが。
「……もしもし」
愛美の瞳から涙がこぼれた。声は受話器から漏れ響いた。
夫の河合氏だ。
「ええええ、どーゆーこと!モネ!」
「わからない。何がどうしてどうなったのか」
モネはタブレットを出して計算し直す。
不測の事態が起きたのかもしれない。
「モネ、愛美が電話しながら嬉し泣きしてるぞ。仲直りじゃね?」
「うるさい、今計算してるの!」
画面に触れるとクライアントに設定された時刻での、十五個の運命変数が表示される。
データーはファイルと連動していて、どちらからも閲覧可能だ。それらをプログラムの各コマに代入し、対数を取った後、多変量解析を三次元関数にプロット。
どの場合も三角関数に近似した周期曲線の重なりで結果は表示される。数珠状になった運命曲線が収束し、点になるいくつかの時刻を”結び目”またはタイムポイントと呼ぶ。
「ねえ大変!結び目が……さっき二つしかなかったのに」
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