【完結】天使のスプライン

ひなこ

文字の大きさ
11 / 37
2・花坂愛美(はなさか・まなみ)

2-4

しおりを挟む
 
 本当は二つしかなかった。
 愛美が女優となる日、そして夫と出会った日。しかし。
 示された三つ目の時刻は、今日のつい十分前、そこに出現していた。何か運命を左右する重大なことを、その辺でやらかしたということか?

「これってつまり……」
「電話がかかってきた少し前?」
 何だろう?
 愛美が怒って、スマホを投げたらテーブルに当たって……。
 
「ええ、うん。でもね、今かわいいお友達が来ているの。出てくれる?」
 愛美は上機嫌な声で、モネに通話を変わらせた。
 モネの存在はクライアントにしか感知できないから、部外者と会話することはできないのだが。戸惑いながらモネは電話を取った。

「……もしもし」
「いやあ、君が友達のモネちゃん?愛美の話し相手になっててくれてすまないね」
「あの、私の声、聞こえますか?」
「もちろんだよ」
 ということは、彼も含めて運命改変の中に入ったということか。

「どうして、電話を掛けてこられたんですか?」
「いやね、さっき妻の携帯からメールが来てね。正直このところ電話ばかりでせわしなかったから、出ないつもりだったんだが開けてみたんだ。そしたら添付メロディで懐かしい曲が流れてね」

 メール送信?
 愛美はスマホを投げつけただけだ。それとも、リダイヤルの時にどこか押し間違ったのか?
「何の曲なんですか?」
「ムーンライトセレナーデ。若い人は知らないかもしれないな。妻とはジャズが共通の趣味でね。新婚の頃よく二人で鑑賞にでかけたものだよ。しばし思い出に浸ってしまってね。それで気がついたんだ。今日は彼女の誕生日だったって」
 愛美が前もってそのようなメールを作成していたのだろうか。
 ついつい送り損ねたまま、送信ボックスに放置されていたのを誤動作で送ってしまったのか。

「で、下に来ているんだよ。ホテルにそのオルゴールを売っていた店があったと思って」
「えっ!」
 そういうことか。愛美のメール添付が流れを変えたと。
 夫の心は離れて、妻を省みなくなっていたのではなかったか。ふとしたきっかけでここまで状況は動くものか。夫婦の感情がモネには理解しがたかった。
「モネ、勉強。いろいろ勉強」
 カノンの声とかぶるように、けたたましいサイレンが響いた。

『このホテルにはただいま火災が発生しております。出火場所は九階のボイラー室。すみやかに避難して下さい。各自係員の誘導に従い……』

 館内放送が流れ、廊下でシャッターが次々と閉まった。
「げ、またタイムアウト?」
「ほれ急げ、やれ急げ。焼け死ぬぞ」
 モネは意を決して電話口で告げた。

「あの、落ち着いて聞いて下さい。このホテルは今火事が起きました。この部屋もいずれ危なくなります。私が奥様を安全なところまでお連れしましょうか?旦那さんはそのまま外へ避難された方がいいと思いますが」
 もう一方の手でタブレットを操作し、ホテルの延焼度を調べる。この部屋から一番近い非常階段なら、火が廻るのはかなり後だ。

「実はもう部屋に向かっているんだ。エレベーターが止まってしまって、今階段を上がっているんだが」
「えっ!」
 そういえば何だか部屋が熱くなってきたような……。

「あなた、気をつけて!私待ってる……あなたが来るのを」
 愛美が脇から叫んだ。
「おいおいおい、丸焦げ!焼け死ぬ!無茶すんなボケ」
「旦那さん、無理しないで下さい。本当に危ないですから」

 本当はモネの力を持ってすれば、すぐに愛美ごと安全な場所に移動させることも可能なのだが。
「天使さんありがとう。俺は自分の愛した女を助けなきゃいけない、って試練に気がついたんだ。だからこれからどうなっても俺は愛美を迎えに行く。それを教えるために俺たちの所に現れたんだろう?」
「でも、本当に危ないんですよ?」

 今、彼は天使と言った?
 愛美はどこまで話したのか。ただのファンか、歳の離れた友人と言っていたのではないのか?

「愛美は警戒心が強くて、他人を部屋になんて”絶対”入れないんだ。君が今日一緒にいてくれたことで、俺たちの何かが変えられる気がするんだ」
 愛美を見ると、彼女も笑みを浮かべていた。

「そ、私は人は信じない。でも、天使なら別」何かをわかったかのように、微笑んだ。
「愛美さん」 
「ありがとうモネちゃん。私、これでどっちに転ぼうともきっと満足なんだと思う」
「でも、本当に危ないですよ?」
 人間が丸腰で助けだすなんて、危険きわまりないのに。
 愛美は満足そうに言った。

「そうね。私とあの人のどっちかが死ぬのかも、歩けなくなるのかも、目が見えなくなるのかもしれない。それでも私はあの人が自分を賭けてくれるというだけで、実は愛されていたんだと気づいたから」

 モネは涙ぐんだ。
 あきれたからだ。せっかくどっちも助けるって言っているのに。わざわざ危険な道を取りたいなんて。
 河合氏も愛美も、夫婦そろって……バカップル(死語)。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜

草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、 毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。 ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。 「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると…… 生えてきたのは植物ではなく、人間!? 咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。 人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、 家族、別れ、再生。 ほんのり不思議で、少しだけ怖く、 それでも最後には、どこかあたたかい。 人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。 あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか? またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

処理中です...