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2・花坂愛美(はなさか・まなみ)
2-4
しおりを挟む本当は二つしかなかった。
愛美が女優となる日、そして夫と出会った日。しかし。
示された三つ目の時刻は、今日のつい十分前、そこに出現していた。何か運命を左右する重大なことを、その辺でやらかしたということか?
「これってつまり……」
「電話がかかってきた少し前?」
何だろう?
愛美が怒って、スマホを投げたらテーブルに当たって……。
「ええ、うん。でもね、今かわいいお友達が来ているの。出てくれる?」
愛美は上機嫌な声で、モネに通話を変わらせた。
モネの存在はクライアントにしか感知できないから、部外者と会話することはできないのだが。戸惑いながらモネは電話を取った。
「……もしもし」
「いやあ、君が友達のモネちゃん?愛美の話し相手になっててくれてすまないね」
「あの、私の声、聞こえますか?」
「もちろんだよ」
ということは、彼も含めて運命改変の中に入ったということか。
「どうして、電話を掛けてこられたんですか?」
「いやね、さっき妻の携帯からメールが来てね。正直このところ電話ばかりでせわしなかったから、出ないつもりだったんだが開けてみたんだ。そしたら添付メロディで懐かしい曲が流れてね」
メール送信?
愛美はスマホを投げつけただけだ。それとも、リダイヤルの時にどこか押し間違ったのか?
「何の曲なんですか?」
「ムーンライトセレナーデ。若い人は知らないかもしれないな。妻とはジャズが共通の趣味でね。新婚の頃よく二人で鑑賞にでかけたものだよ。しばし思い出に浸ってしまってね。それで気がついたんだ。今日は彼女の誕生日だったって」
愛美が前もってそのようなメールを作成していたのだろうか。
ついつい送り損ねたまま、送信ボックスに放置されていたのを誤動作で送ってしまったのか。
「で、下に来ているんだよ。ホテルにそのオルゴールを売っていた店があったと思って」
「えっ!」
そういうことか。愛美のメール添付が流れを変えたと。
夫の心は離れて、妻を省みなくなっていたのではなかったか。ふとしたきっかけでここまで状況は動くものか。夫婦の感情がモネには理解しがたかった。
「モネ、勉強。いろいろ勉強」
カノンの声とかぶるように、けたたましいサイレンが響いた。
『このホテルにはただいま火災が発生しております。出火場所は九階のボイラー室。すみやかに避難して下さい。各自係員の誘導に従い……』
館内放送が流れ、廊下でシャッターが次々と閉まった。
「げ、またタイムアウト?」
「ほれ急げ、やれ急げ。焼け死ぬぞ」
モネは意を決して電話口で告げた。
「あの、落ち着いて聞いて下さい。このホテルは今火事が起きました。この部屋もいずれ危なくなります。私が奥様を安全なところまでお連れしましょうか?旦那さんはそのまま外へ避難された方がいいと思いますが」
もう一方の手でタブレットを操作し、ホテルの延焼度を調べる。この部屋から一番近い非常階段なら、火が廻るのはかなり後だ。
「実はもう部屋に向かっているんだ。エレベーターが止まってしまって、今階段を上がっているんだが」
「えっ!」
そういえば何だか部屋が熱くなってきたような……。
「あなた、気をつけて!私待ってる……あなたが来るのを」
愛美が脇から叫んだ。
「おいおいおい、丸焦げ!焼け死ぬ!無茶すんなボケ」
「旦那さん、無理しないで下さい。本当に危ないですから」
本当はモネの力を持ってすれば、すぐに愛美ごと安全な場所に移動させることも可能なのだが。
「天使さんありがとう。俺は自分の愛した女を助けなきゃいけない、って試練に気がついたんだ。だからこれからどうなっても俺は愛美を迎えに行く。それを教えるために俺たちの所に現れたんだろう?」
「でも、本当に危ないんですよ?」
今、彼は天使と言った?
愛美はどこまで話したのか。ただのファンか、歳の離れた友人と言っていたのではないのか?
「愛美は警戒心が強くて、他人を部屋になんて”絶対”入れないんだ。君が今日一緒にいてくれたことで、俺たちの何かが変えられる気がするんだ」
愛美を見ると、彼女も笑みを浮かべていた。
「そ、私は人は信じない。でも、天使なら別」何かをわかったかのように、微笑んだ。
「愛美さん」
「ありがとうモネちゃん。私、これでどっちに転ぼうともきっと満足なんだと思う」
「でも、本当に危ないですよ?」
人間が丸腰で助けだすなんて、危険きわまりないのに。
愛美は満足そうに言った。
「そうね。私とあの人のどっちかが死ぬのかも、歩けなくなるのかも、目が見えなくなるのかもしれない。それでも私はあの人が自分を賭けてくれるというだけで、実は愛されていたんだと気づいたから」
モネは涙ぐんだ。
あきれたからだ。せっかくどっちも助けるって言っているのに。わざわざ危険な道を取りたいなんて。
河合氏も愛美も、夫婦そろって……バカップル(死語)。
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