【完結】天使のスプライン

ひなこ

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2・花坂愛美(はなさか・まなみ)

2-5

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「王子さまじゃないと、ここからあなたを連れ出せないんですね?」
「わかってるじゃない?モネちゃん」
 ふふ、と笑いながら涙を拭いた。この件についてはもう、モネには手を出せない。
 あとは運に頼むしか。
 なんてわがままな人。

 でも彼女はとても幸せそうで、大画面で見た数倍も美しく見えた。
 モネは河合氏に向かって手短かに告げる。

「二十階まで上がったら一番東寄りのA階段を上がって二十四階まで来て下さい。それがこの部屋に一番近くて火が遠いです」
「わかった、ありがとう」
 
 スマホを愛美に返すとドアを開けた。
 炎の熱で多少館内の温度も上がっていたが、まだ廊下を移動することはできた。
「さあ、王子が迎えにくるんだから、姫も自分から少しは出て行かないと」
 愛美を促す。

「随分とトウの立った姫と王子だけど。ねえ、ここ二十四階じゃなくて二十七階よ。何で二十四階?」
「火が逆の廊下ろうかからまわって、階段上部が熱で溶け落ちます。旦那さんがたどり着くまでには間に合うか怪しい。だからそこまで自力で行かないと、二人ともあの世行きですよ」
「二人一緒ならそれもいいかな」
「またひどいこと言って。さっきまで泣いてたのはどこへ?」
「ふふ。ありがと。モネちゃんも元気でね」
 大女優として、ではなく一人の女として美しい笑顔を見せた。

「どうぞお幸せに」
 モネは丁寧に頭を下げると指で円を描き、カノンと離脱した。
 
 再びモネの部屋。
 相変わらず薄暗く、蛍光灯がぼんやりと部屋を照らしている。
 ここは本当に静かだ。
 時の流れから隔絶かくぜつされているから。
 そしてモネとカノンだけが普通に過ごし、生活している。
 その表現は少しちがう。どちらも生き物ではないから。

「かえってきたね」
「俺らは無傷だ。人間はすぐケガするけどな」ふんふん、と尾を振って見せる。
 サイレンの音と煙の匂いがしばらく頭に響いたが、そのうち収まった。

「モネ、お前結局何も手出ししなかったのか」
「だって結び目がちょうど目の前にできたんだもの。彼女は仕事も愛も失いたくなかった。だから三つ目しか選びようもなかったのよ」
「どうなったかなあの夫婦。どっちも死んでんじゃねー?」

 ファイルが更新されたのか、一瞬光って見えた。
 更新後の成り行きは、ファイルを見ればすぐ明らかにはなるが。

「なあ、更新したのに見ないのか?」
「すぐ見るの嫌なんだもん。またいつかね。どうせ見なきゃいけない時はくるし」
「それでもいいけどな。今回俺がわかったのはな。女の誕生日を忘れるとどえらいことになる、ってこと」
「ああ、言ってたね。だからどうしてもその日に来て欲しかったんだね」
「あー怖い怖い」
「私寝るね。疲れたわ」

 カノンを無視してモネはソファに横たわる。
 すぐに安らかな寝息が聞こえ始めた。
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