【完結】天使のスプライン

ひなこ

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4・三峰美保(みつみね・みほ)

4-7

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「あ、いや。ごめんなさい。忘れて、今のは」
 すっかりうろたえて返す言葉もない。
 モネを見る美保の表情が大きく崩れて、涙がぼろぼろとこぼれた。

「お姉ちゃん、天使さんなんでしょ。美保にはわかる。天使さんが美保のこと、あくまになるって言うなら本当にそうなるんだ。だよね。美保、おくしゃまにも怒られてばっかでママにもぶたれる。だんなさまだって嫌な顔しかしない。美保はいらない子なんだって、本当はわかってるんだ」

 落ち着かせるべく小さな身体を抱き寄せようとする。
 だが美保はついと逃れる。
「もういい。美保、あくまになるくらいなら」

 ちょうど信号が変わり、目の前の国道に車が流れ出した。
 美保は庭石の切れ目から走り出す。縁石に足をひっかけ車道に転がり出た。

「待って、美保ちゃん!」
 大型トラックが気づいてブレーキをかけるが間に合わない。

 上からすくい上げようとして、モネが追いかけとっさに美保に覆い被さる。

「何やってんだ?あんの、ばか!」
 カノンが一か八かで大きく舞い上がり、旋回する。
 車のクラクションが、不気味な叫びを上げた。


 時空が裂かれ、モネは強制的に引きずられ地上から遊離する。

 気が遠くなる中で、ふと浮かんだのは朋美のことだった。
 ああ、もしかしたら美保はこんな風にして、朋美のことも自分のペースに引きずり込んだのか。世話焼きの相手に秘密を明かせば、嫌でも同情して優しくなるだろう。
 命を危険にさらせば、相手が身をていしてかばうだろう。そこを利用されたのだ。

 非常階段から飛び降りようとしたのは美保だった。それを止めようと身を乗り出し、朋美が落ちた。それも美保にしてみれば計算の上だった……。
 

 気づいた時はいつもの部屋に戻っていた。
 ソファに寝かされ、額には氷嚢ひょうのうが吊されていた。地上での身体ダメージはないはずなのに、発熱したように身体がだるく感じた。

 あの小さな天使、いや悪魔の毒にやられたのだろう。
「お前、二度死んでるよな。同じ手に引っかかるのもたいがいにしろや」
「カノン、どうやってこの氷入れたの?」
 ずれた問いに翼を振り上げて怒る。

「馬鹿かお前は!接触するなって警告も無視して」
「……ごめんなさい」

 ファイル群を遠目に覗くが、更新された様子はない。カノンが強制退去きょうせいたいきょを発動したのは初めてだったが、美保の処遇しょぐうもカノンが下したはずだ。

「美保は?凍結したの?」
「知らなくていいことだ。あの幼さでもう駆け引きを必死でこなし、命さえ投げ出せる。あきらめろ、お前は説得に失敗したんだ」
 処遇責任はモネから外れ、ファイルも閲覧不能えつらんふのうになる。

「あの子、小さい頃は天使のようだったのに」
「天使か?そいつに二度、殺されかけたのはだれだよ?」
 はあ、とモネはため息をつく。

情深なさけぶかいことも美徳だが、残念ながらお前の手には負えない相手だ」
「私は彼女の赤いファイルの色を変えてあげたかった。あんなに濁って、血よりも暗い鈍さを放つ赤を見たことはなかったもの。たくさんの人を巻き込んでもなお、その思いは満たされなかった。彼女は何を求めていたんだろう?どうしたらきれいな青にしてあげられたんだろう」
「思い上がるな。美保は救われたいとこれっぽっちも思ってない」
「赤ファイルなのに?後悔してるんでしょ?」

 神はいない。見ていても何も助けてはくれない。だからモネは自分がやるしかないとあがいているのに。  
「……もし神様が、もっと本気でしっかり美保のことを見ていたら」
 いつになく口惜くちおしげな声。カノンが目を見張る。

「どうするかしら。必死に生きているから、たとえ周りをどうこうしようともそれを認める?それとも」
「変わらない。手を出さずに、ただやることを見ているだろう」

 神の怒り。美保はそんなものは指の先ほども信じていない。
 人の世界にある法律をうまくかいくぐり、存分に目的を果たした人生。多くの同情をむさぼり、周囲の人間をも食い尽くしてなお足りない。たとえ後悔といきどおりに満ちた赤にファイルを染めようとも。

「余計なお世話。お節介。美保にしてみればそういうことなんだね」
 流れを変えようとして結局はできなかった。
 そして朋美たち、多くの巻き込まれた人々も彼女に取り込まれたまま逃れられない。
 美保の紡ぐ不幸へ、列をなして加わる従者たち?……美保のエネルギーはとても強いのだ。

 弱さを武器にして生き延びようとする者に、正攻法で立ち向かうことは難しい。神をあてにせずモネの手も振り切って、自力で生きるたくましい幼女。それが美保の原点か。

 私は必要とされない。されていなかった。
 モネは夢の中でうなされながら、何度かつぶやいた。  
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