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4・三峰美保(みつみね・みほ)
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「あ、いや。ごめんなさい。忘れて、今のは」
すっかりうろたえて返す言葉もない。
モネを見る美保の表情が大きく崩れて、涙がぼろぼろとこぼれた。
「お姉ちゃん、天使さんなんでしょ。美保にはわかる。天使さんが美保のこと、あくまになるって言うなら本当にそうなるんだ。だよね。美保、おくしゃまにも怒られてばっかでママにもぶたれる。だんなさまだって嫌な顔しかしない。美保はいらない子なんだって、本当はわかってるんだ」
落ち着かせるべく小さな身体を抱き寄せようとする。
だが美保はついと逃れる。
「もういい。美保、あくまになるくらいなら」
ちょうど信号が変わり、目の前の国道に車が流れ出した。
美保は庭石の切れ目から走り出す。縁石に足をひっかけ車道に転がり出た。
「待って、美保ちゃん!」
大型トラックが気づいてブレーキをかけるが間に合わない。
上からすくい上げようとして、モネが追いかけとっさに美保に覆い被さる。
「何やってんだ?あんの、ばか!」
カノンが一か八かで大きく舞い上がり、旋回する。
車のクラクションが、不気味な叫びを上げた。
時空が裂かれ、モネは強制的に引きずられ地上から遊離する。
気が遠くなる中で、ふと浮かんだのは朋美のことだった。
ああ、もしかしたら美保はこんな風にして、朋美のことも自分のペースに引きずり込んだのか。世話焼きの相手に秘密を明かせば、嫌でも同情して優しくなるだろう。
命を危険にさらせば、相手が身を挺してかばうだろう。そこを利用されたのだ。
非常階段から飛び降りようとしたのは美保だった。それを止めようと身を乗り出し、朋美が落ちた。それも美保にしてみれば計算の上だった……。
気づいた時はいつもの部屋に戻っていた。
ソファに寝かされ、額には氷嚢が吊されていた。地上での身体ダメージはないはずなのに、発熱したように身体がだるく感じた。
あの小さな天使、いや悪魔の毒にやられたのだろう。
「お前、二度死んでるよな。同じ手に引っかかるのもたいがいにしろや」
「カノン、どうやってこの氷入れたの?」
ずれた問いに翼を振り上げて怒る。
「馬鹿かお前は!接触するなって警告も無視して」
「……ごめんなさい」
ファイル群を遠目に覗くが、更新された様子はない。カノンが強制退去を発動したのは初めてだったが、美保の処遇もカノンが下したはずだ。
「美保は?凍結したの?」
「知らなくていいことだ。あの幼さでもう駆け引きを必死でこなし、命さえ投げ出せる。あきらめろ、お前は説得に失敗したんだ」
処遇責任はモネから外れ、ファイルも閲覧不能になる。
「あの子、小さい頃は天使のようだったのに」
「天使か?そいつに二度、殺されかけたのはだれだよ?」
はあ、とモネはため息をつく。
「情深いことも美徳だが、残念ながらお前の手には負えない相手だ」
「私は彼女の赤いファイルの色を変えてあげたかった。あんなに濁って、血よりも暗い鈍さを放つ赤を見たことはなかったもの。たくさんの人を巻き込んでもなお、その思いは満たされなかった。彼女は何を求めていたんだろう?どうしたらきれいな青にしてあげられたんだろう」
「思い上がるな。美保は救われたいとこれっぽっちも思ってない」
「赤ファイルなのに?後悔してるんでしょ?」
神はいない。見ていても何も助けてはくれない。だからモネは自分がやるしかないとあがいているのに。
「……もし神様が、もっと本気でしっかり美保のことを見ていたら」
いつになく口惜しげな声。カノンが目を見張る。
「どうするかしら。必死に生きているから、たとえ周りをどうこうしようともそれを認める?それとも」
「変わらない。手を出さずに、ただやることを見ているだろう」
神の怒り。美保はそんなものは指の先ほども信じていない。
人の世界にある法律をうまくかいくぐり、存分に目的を果たした人生。多くの同情を貪り、周囲の人間をも食い尽くしてなお足りない。たとえ後悔と憤りに満ちた赤にファイルを染めようとも。
「余計なお世話。お節介。美保にしてみればそういうことなんだね」
流れを変えようとして結局はできなかった。
そして朋美たち、多くの巻き込まれた人々も彼女に取り込まれたまま逃れられない。
美保の紡ぐ不幸へ、列をなして加わる従者たち?……美保のエネルギーはとても強いのだ。
弱さを武器にして生き延びようとする者に、正攻法で立ち向かうことは難しい。神をあてにせずモネの手も振り切って、自力で生きるたくましい幼女。それが美保の原点か。
私は必要とされない。されていなかった。
モネは夢の中でうなされながら、何度かつぶやいた。
すっかりうろたえて返す言葉もない。
モネを見る美保の表情が大きく崩れて、涙がぼろぼろとこぼれた。
「お姉ちゃん、天使さんなんでしょ。美保にはわかる。天使さんが美保のこと、あくまになるって言うなら本当にそうなるんだ。だよね。美保、おくしゃまにも怒られてばっかでママにもぶたれる。だんなさまだって嫌な顔しかしない。美保はいらない子なんだって、本当はわかってるんだ」
落ち着かせるべく小さな身体を抱き寄せようとする。
だが美保はついと逃れる。
「もういい。美保、あくまになるくらいなら」
ちょうど信号が変わり、目の前の国道に車が流れ出した。
美保は庭石の切れ目から走り出す。縁石に足をひっかけ車道に転がり出た。
「待って、美保ちゃん!」
大型トラックが気づいてブレーキをかけるが間に合わない。
上からすくい上げようとして、モネが追いかけとっさに美保に覆い被さる。
「何やってんだ?あんの、ばか!」
カノンが一か八かで大きく舞い上がり、旋回する。
車のクラクションが、不気味な叫びを上げた。
時空が裂かれ、モネは強制的に引きずられ地上から遊離する。
気が遠くなる中で、ふと浮かんだのは朋美のことだった。
ああ、もしかしたら美保はこんな風にして、朋美のことも自分のペースに引きずり込んだのか。世話焼きの相手に秘密を明かせば、嫌でも同情して優しくなるだろう。
命を危険にさらせば、相手が身を挺してかばうだろう。そこを利用されたのだ。
非常階段から飛び降りようとしたのは美保だった。それを止めようと身を乗り出し、朋美が落ちた。それも美保にしてみれば計算の上だった……。
気づいた時はいつもの部屋に戻っていた。
ソファに寝かされ、額には氷嚢が吊されていた。地上での身体ダメージはないはずなのに、発熱したように身体がだるく感じた。
あの小さな天使、いや悪魔の毒にやられたのだろう。
「お前、二度死んでるよな。同じ手に引っかかるのもたいがいにしろや」
「カノン、どうやってこの氷入れたの?」
ずれた問いに翼を振り上げて怒る。
「馬鹿かお前は!接触するなって警告も無視して」
「……ごめんなさい」
ファイル群を遠目に覗くが、更新された様子はない。カノンが強制退去を発動したのは初めてだったが、美保の処遇もカノンが下したはずだ。
「美保は?凍結したの?」
「知らなくていいことだ。あの幼さでもう駆け引きを必死でこなし、命さえ投げ出せる。あきらめろ、お前は説得に失敗したんだ」
処遇責任はモネから外れ、ファイルも閲覧不能になる。
「あの子、小さい頃は天使のようだったのに」
「天使か?そいつに二度、殺されかけたのはだれだよ?」
はあ、とモネはため息をつく。
「情深いことも美徳だが、残念ながらお前の手には負えない相手だ」
「私は彼女の赤いファイルの色を変えてあげたかった。あんなに濁って、血よりも暗い鈍さを放つ赤を見たことはなかったもの。たくさんの人を巻き込んでもなお、その思いは満たされなかった。彼女は何を求めていたんだろう?どうしたらきれいな青にしてあげられたんだろう」
「思い上がるな。美保は救われたいとこれっぽっちも思ってない」
「赤ファイルなのに?後悔してるんでしょ?」
神はいない。見ていても何も助けてはくれない。だからモネは自分がやるしかないとあがいているのに。
「……もし神様が、もっと本気でしっかり美保のことを見ていたら」
いつになく口惜しげな声。カノンが目を見張る。
「どうするかしら。必死に生きているから、たとえ周りをどうこうしようともそれを認める?それとも」
「変わらない。手を出さずに、ただやることを見ているだろう」
神の怒り。美保はそんなものは指の先ほども信じていない。
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「余計なお世話。お節介。美保にしてみればそういうことなんだね」
流れを変えようとして結局はできなかった。
そして朋美たち、多くの巻き込まれた人々も彼女に取り込まれたまま逃れられない。
美保の紡ぐ不幸へ、列をなして加わる従者たち?……美保のエネルギーはとても強いのだ。
弱さを武器にして生き延びようとする者に、正攻法で立ち向かうことは難しい。神をあてにせずモネの手も振り切って、自力で生きるたくましい幼女。それが美保の原点か。
私は必要とされない。されていなかった。
モネは夢の中でうなされながら、何度かつぶやいた。
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