【完結】天使のスプライン

ひなこ

文字の大きさ
24 / 37
4・三峰美保(みつみね・みほ)

4-7

しおりを挟む
「あ、いや。ごめんなさい。忘れて、今のは」
 すっかりうろたえて返す言葉もない。
 モネを見る美保の表情が大きく崩れて、涙がぼろぼろとこぼれた。

「お姉ちゃん、天使さんなんでしょ。美保にはわかる。天使さんが美保のこと、あくまになるって言うなら本当にそうなるんだ。だよね。美保、おくしゃまにも怒られてばっかでママにもぶたれる。だんなさまだって嫌な顔しかしない。美保はいらない子なんだって、本当はわかってるんだ」

 落ち着かせるべく小さな身体を抱き寄せようとする。
 だが美保はついと逃れる。
「もういい。美保、あくまになるくらいなら」

 ちょうど信号が変わり、目の前の国道に車が流れ出した。
 美保は庭石の切れ目から走り出す。縁石に足をひっかけ車道に転がり出た。

「待って、美保ちゃん!」
 大型トラックが気づいてブレーキをかけるが間に合わない。

 上からすくい上げようとして、モネが追いかけとっさに美保に覆い被さる。

「何やってんだ?あんの、ばか!」
 カノンが一か八かで大きく舞い上がり、旋回する。
 車のクラクションが、不気味な叫びを上げた。


 時空が裂かれ、モネは強制的に引きずられ地上から遊離する。

 気が遠くなる中で、ふと浮かんだのは朋美のことだった。
 ああ、もしかしたら美保はこんな風にして、朋美のことも自分のペースに引きずり込んだのか。世話焼きの相手に秘密を明かせば、嫌でも同情して優しくなるだろう。
 命を危険にさらせば、相手が身をていしてかばうだろう。そこを利用されたのだ。

 非常階段から飛び降りようとしたのは美保だった。それを止めようと身を乗り出し、朋美が落ちた。それも美保にしてみれば計算の上だった……。
 

 気づいた時はいつもの部屋に戻っていた。
 ソファに寝かされ、額には氷嚢ひょうのうが吊されていた。地上での身体ダメージはないはずなのに、発熱したように身体がだるく感じた。

 あの小さな天使、いや悪魔の毒にやられたのだろう。
「お前、二度死んでるよな。同じ手に引っかかるのもたいがいにしろや」
「カノン、どうやってこの氷入れたの?」
 ずれた問いに翼を振り上げて怒る。

「馬鹿かお前は!接触するなって警告も無視して」
「……ごめんなさい」

 ファイル群を遠目に覗くが、更新された様子はない。カノンが強制退去きょうせいたいきょを発動したのは初めてだったが、美保の処遇しょぐうもカノンが下したはずだ。

「美保は?凍結したの?」
「知らなくていいことだ。あの幼さでもう駆け引きを必死でこなし、命さえ投げ出せる。あきらめろ、お前は説得に失敗したんだ」
 処遇責任はモネから外れ、ファイルも閲覧不能えつらんふのうになる。

「あの子、小さい頃は天使のようだったのに」
「天使か?そいつに二度、殺されかけたのはだれだよ?」
 はあ、とモネはため息をつく。

情深なさけぶかいことも美徳だが、残念ながらお前の手には負えない相手だ」
「私は彼女の赤いファイルの色を変えてあげたかった。あんなに濁って、血よりも暗い鈍さを放つ赤を見たことはなかったもの。たくさんの人を巻き込んでもなお、その思いは満たされなかった。彼女は何を求めていたんだろう?どうしたらきれいな青にしてあげられたんだろう」
「思い上がるな。美保は救われたいとこれっぽっちも思ってない」
「赤ファイルなのに?後悔してるんでしょ?」

 神はいない。見ていても何も助けてはくれない。だからモネは自分がやるしかないとあがいているのに。  
「……もし神様が、もっと本気でしっかり美保のことを見ていたら」
 いつになく口惜くちおしげな声。カノンが目を見張る。

「どうするかしら。必死に生きているから、たとえ周りをどうこうしようともそれを認める?それとも」
「変わらない。手を出さずに、ただやることを見ているだろう」

 神の怒り。美保はそんなものは指の先ほども信じていない。
 人の世界にある法律をうまくかいくぐり、存分に目的を果たした人生。多くの同情をむさぼり、周囲の人間をも食い尽くしてなお足りない。たとえ後悔といきどおりに満ちた赤にファイルを染めようとも。

「余計なお世話。お節介。美保にしてみればそういうことなんだね」
 流れを変えようとして結局はできなかった。
 そして朋美たち、多くの巻き込まれた人々も彼女に取り込まれたまま逃れられない。
 美保の紡ぐ不幸へ、列をなして加わる従者たち?……美保のエネルギーはとても強いのだ。

 弱さを武器にして生き延びようとする者に、正攻法で立ち向かうことは難しい。神をあてにせずモネの手も振り切って、自力で生きるたくましい幼女。それが美保の原点か。

 私は必要とされない。されていなかった。
 モネは夢の中でうなされながら、何度かつぶやいた。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...