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6・恩田繁之(おんだ・しげゆき)
6-2
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(注・話中、京都弁が出てきます。特殊な表現の箇所では標準語を追記しています)
「どなたさん?うちの生徒にしては見慣れへんな」
「生徒でなければいけませんか?私はあなたを見込んでお話しに来たんです」
彼は数秒目を見張り、ふっと笑って視線を外した。
和服の袂を正して座り直す。
「いや。どないやってここを知ったか知らんよってに、随分威勢のいいおなごおすなあ。名前、聞きまひょ」
モネも改めて深く頭を垂れる。
「モネと言います。ボランティアで人をよりよい方へと導こうとしているのですが、それで迷ってしまって。誰に聞いていいかわからずここへ来ました。あなたなら何か教えてくれるのではないかと思って」
「ふむ。大層なことは言えへんけど、よう話してみよし(みなさい)」
「相手の人はすごく困っていて、自分で解決するには限界で。私はよく話し合った上で援助をしたんですけど……でも後になって本当にそれが良かったのかどうか、悩んでしまって」
「でも向こうさんも同意しはったんでしょう。そんならよう心痛めることあらへんで。あんまり考えすぎても、却ってお節介ちゅうもんでっせ」
美保のことが頭をちらつく。この人だったら何て言うだろうか。
「私思うんです。人は生まれた時は、穢れなき心を持っていたはずなんじゃないかと」
だって、四歳のときの美保はあんなにかわいかったじゃないか。
「いろんな経験をするうちに、何かで傷ついて少しずつ心がねじれていってしまう。もし周りに迷惑をかける人がいたとしても、その人はもともと悪かった訳じゃない。どこかで傷ついてしまっただけで、それを防ぐなり改善するなりすれば、きっと良い方向へ行けるんじゃないかって」
「性善説と性悪説、知ってはりまっか?」
字面はわかるが、専門用語なら自信はない。
「正確にはわからないです」
「人は本来ええもんと定義しはるのが性善説。逆に本来は邪悪さを持っていて、徳を積まなあかん言うのが性悪説。正直どっちもどっちで当てはまる、決着ついてへん。でもこれはつかへんと思うな。どっちでもあるし、どっちでもない。それが正解なのかもとわたしは思う」
誰にも見えず、誰にも聞こえないようにカノンが飛んできた。
哲学者とモネが向かい合って座っている。モネの座布団の脇にちょこんと止まって、様子を伺う。
神妙な話になっているようだが、この地域の方言は難しくてわかりづらい。
「じゃあ私は、性善説支持なんでしょうね。人をどうにかして良き者へと変えようとするのは、無理強いですか?ほっといて欲しい人もいます?」
「本気で変わりたい、救われたい思とるなら耳貸すやろな。そやかてあくまで助言は助言、百パーセント言いなりにはできへんな。皆生きとって、意志のある人間なんやさかい」
確かに美保は、助けて欲しいと望んだ訳ではない。
モネが躍起になって、性格改善をしようと食いついていっただけ。
「私が強情なのかもしれない。その人の譲れない部分というのも、あるということですね」
人には拒否するという権利もある。たしかに。
モネの中で何かがうずく。
一体自分は何に引っかかっているのだろう。
「なあモネはん。人は皆ちびっとずつちがいます。あんたもわたしも、そこのオウムも」
言い当てられてカノンはぎょっとする。
クライアントにだけ見えるのではない。モネが関わろうとした相手には、見えてしまうのだ。朝子も、クライアントではなかったのにカノンが見えていた。
「日本には西洋と別の独自の文化があって、白黒はっきりしいひんのがええというのがある。完全な善も、また悪もない。皆が判を押したように同じやない、いろんな考えを尊重しまひょ(しましょう)。あるところから線引きしてな」
そこで、一度外の風景に目をやる。
庭の枯山水は、石の白と日陰の作る黒とで絶妙なコントラストを作っていた。
「善悪だけやのうて、強い弱いもそうやな。絶対的に強い人もおらん、弱い人もおらんで。正解は一つやない」
強くて弱かった美保。でもそもそも、第三者がそこに判定を下すものではない。
人が人を裁くには限界がある。本当に彼女を裁くとしたらそれは……人ではない何か?
「私が誰かを助けたいと思うのは、思い上がりなんでしょうか?」
しわの刻まれた顔がくしゃっと崩れ、繁之は声を立てて笑った。
「ほら、あんなに息巻いて来よったあんたが、こんなんしおらしくなっとる」
「ホンマや!センセ座布団一枚!」
カノンが足をばたつかせて笑う。
「人は時に弱くなり、迷うから……その時頼った誰か、自分に関わった人に影響されても仕方ないですよね。それが結果的に良くても悪くても」
隠したり騙したり、信じたり翻弄されたり。
人をより良く導きたいと思っているのに、その方向が正しいのか悩んでみたり。
「それが人間ていうもの。いつも絶対的なものなんてあらしまへん。昨日今日で気持ちも変わる。出会った時の互いの状態さえ、すべて運ですわ。割り切ろうと言うのが無理なんや。それでええんではおまへんか(良いのではないですか)?」
「どなたさん?うちの生徒にしては見慣れへんな」
「生徒でなければいけませんか?私はあなたを見込んでお話しに来たんです」
彼は数秒目を見張り、ふっと笑って視線を外した。
和服の袂を正して座り直す。
「いや。どないやってここを知ったか知らんよってに、随分威勢のいいおなごおすなあ。名前、聞きまひょ」
モネも改めて深く頭を垂れる。
「モネと言います。ボランティアで人をよりよい方へと導こうとしているのですが、それで迷ってしまって。誰に聞いていいかわからずここへ来ました。あなたなら何か教えてくれるのではないかと思って」
「ふむ。大層なことは言えへんけど、よう話してみよし(みなさい)」
「相手の人はすごく困っていて、自分で解決するには限界で。私はよく話し合った上で援助をしたんですけど……でも後になって本当にそれが良かったのかどうか、悩んでしまって」
「でも向こうさんも同意しはったんでしょう。そんならよう心痛めることあらへんで。あんまり考えすぎても、却ってお節介ちゅうもんでっせ」
美保のことが頭をちらつく。この人だったら何て言うだろうか。
「私思うんです。人は生まれた時は、穢れなき心を持っていたはずなんじゃないかと」
だって、四歳のときの美保はあんなにかわいかったじゃないか。
「いろんな経験をするうちに、何かで傷ついて少しずつ心がねじれていってしまう。もし周りに迷惑をかける人がいたとしても、その人はもともと悪かった訳じゃない。どこかで傷ついてしまっただけで、それを防ぐなり改善するなりすれば、きっと良い方向へ行けるんじゃないかって」
「性善説と性悪説、知ってはりまっか?」
字面はわかるが、専門用語なら自信はない。
「正確にはわからないです」
「人は本来ええもんと定義しはるのが性善説。逆に本来は邪悪さを持っていて、徳を積まなあかん言うのが性悪説。正直どっちもどっちで当てはまる、決着ついてへん。でもこれはつかへんと思うな。どっちでもあるし、どっちでもない。それが正解なのかもとわたしは思う」
誰にも見えず、誰にも聞こえないようにカノンが飛んできた。
哲学者とモネが向かい合って座っている。モネの座布団の脇にちょこんと止まって、様子を伺う。
神妙な話になっているようだが、この地域の方言は難しくてわかりづらい。
「じゃあ私は、性善説支持なんでしょうね。人をどうにかして良き者へと変えようとするのは、無理強いですか?ほっといて欲しい人もいます?」
「本気で変わりたい、救われたい思とるなら耳貸すやろな。そやかてあくまで助言は助言、百パーセント言いなりにはできへんな。皆生きとって、意志のある人間なんやさかい」
確かに美保は、助けて欲しいと望んだ訳ではない。
モネが躍起になって、性格改善をしようと食いついていっただけ。
「私が強情なのかもしれない。その人の譲れない部分というのも、あるということですね」
人には拒否するという権利もある。たしかに。
モネの中で何かがうずく。
一体自分は何に引っかかっているのだろう。
「なあモネはん。人は皆ちびっとずつちがいます。あんたもわたしも、そこのオウムも」
言い当てられてカノンはぎょっとする。
クライアントにだけ見えるのではない。モネが関わろうとした相手には、見えてしまうのだ。朝子も、クライアントではなかったのにカノンが見えていた。
「日本には西洋と別の独自の文化があって、白黒はっきりしいひんのがええというのがある。完全な善も、また悪もない。皆が判を押したように同じやない、いろんな考えを尊重しまひょ(しましょう)。あるところから線引きしてな」
そこで、一度外の風景に目をやる。
庭の枯山水は、石の白と日陰の作る黒とで絶妙なコントラストを作っていた。
「善悪だけやのうて、強い弱いもそうやな。絶対的に強い人もおらん、弱い人もおらんで。正解は一つやない」
強くて弱かった美保。でもそもそも、第三者がそこに判定を下すものではない。
人が人を裁くには限界がある。本当に彼女を裁くとしたらそれは……人ではない何か?
「私が誰かを助けたいと思うのは、思い上がりなんでしょうか?」
しわの刻まれた顔がくしゃっと崩れ、繁之は声を立てて笑った。
「ほら、あんなに息巻いて来よったあんたが、こんなんしおらしくなっとる」
「ホンマや!センセ座布団一枚!」
カノンが足をばたつかせて笑う。
「人は時に弱くなり、迷うから……その時頼った誰か、自分に関わった人に影響されても仕方ないですよね。それが結果的に良くても悪くても」
隠したり騙したり、信じたり翻弄されたり。
人をより良く導きたいと思っているのに、その方向が正しいのか悩んでみたり。
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