【完結】天使のスプライン

ひなこ

文字の大きさ
32 / 37
6・恩田繁之(おんだ・しげゆき)

6-2

しおりを挟む
(注・話中、京都弁が出てきます。特殊な表現の箇所では標準語を追記しています)


「どなたさん?うちの生徒にしては見慣れへんな」
「生徒でなければいけませんか?私はあなたを見込んでお話しに来たんです」
 彼は数秒目を見張り、ふっと笑って視線を外した。
 和服のたもとを正して座り直す。

「いや。どないやってここを知ったか知らんよってに、随分威勢いせいのいいおなごおすなあ。名前、聞きまひょ」
 モネも改めて深く頭を垂れる。
「モネと言います。ボランティアで人をよりよい方へと導こうとしているのですが、それで迷ってしまって。誰に聞いていいかわからずここへ来ました。あなたなら何か教えてくれるのではないかと思って」
「ふむ。大層なことは言えへんけど、よう話してみよし(みなさい)」

「相手の人はすごく困っていて、自分で解決するには限界で。私はよく話し合った上で援助をしたんですけど……でも後になって本当にそれが良かったのかどうか、悩んでしまって」
「でも向こうさんも同意しはったんでしょう。そんならよう心痛めることあらへんで。あんまり考えすぎても、却ってお節介ちゅうもんでっせ」

 美保のことが頭をちらつく。この人だったら何て言うだろうか。
「私思うんです。人は生まれた時は、けがれなき心を持っていたはずなんじゃないかと」
 だって、四歳のときの美保はあんなにかわいかったじゃないか。
「いろんな経験をするうちに、何かで傷ついて少しずつ心がねじれていってしまう。もし周りに迷惑をかける人がいたとしても、その人はもともと悪かった訳じゃない。どこかで傷ついてしまっただけで、それを防ぐなり改善するなりすれば、きっと良い方向へ行けるんじゃないかって」

「性善説と性悪説、知ってはりまっか?」
 字面じづらはわかるが、専門用語なら自信はない。
「正確にはわからないです」
「人は本来ええもんと定義しはるのが性善説。逆に本来は邪悪さを持っていて、徳を積まなあかん言うのが性悪説。正直どっちもどっちで当てはまる、決着ついてへん。でもこれはつかへんと思うな。どっちでもあるし、どっちでもない。それが正解なのかもとわたしは思う」

 誰にも見えず、誰にも聞こえないようにカノンが飛んできた。
 哲学者とモネが向かい合って座っている。モネの座布団の脇にちょこんと止まって、様子を伺う。
 神妙な話になっているようだが、この地域の方言は難しくてわかりづらい。

「じゃあ私は、性善説支持なんでしょうね。人をどうにかして良き者へと変えようとするのは、無理強いですか?ほっといて欲しい人もいます?」
「本気で変わりたい、救われたい思とるなら耳貸すやろな。そやかてあくまで助言は助言、百パーセント言いなりにはできへんな。皆生きとって、意志のある人間なんやさかい」
 確かに美保は、助けて欲しいと望んだ訳ではない。
 モネが躍起やっきになって、性格改善をしようと食いついていっただけ。
「私が強情なのかもしれない。その人の譲れない部分というのも、あるということですね」
 人には拒否するという権利もある。たしかに。

 モネの中で何かがうずく。
 一体自分は何に引っかかっているのだろう。
「なあモネはん。人は皆ちびっとずつちがいます。あんたもわたしも、そこのオウムも」
 言い当てられてカノンはぎょっとする。
 クライアントにだけ見えるのではない。モネが関わろうとした相手には、見えてしまうのだ。朝子も、クライアントではなかったのにカノンが見えていた。
「日本には西洋と別の独自の文化があって、白黒はっきりしいひんのがええというのがある。完全な善も、また悪もない。皆が判を押したように同じやない、いろんな考えを尊重しまひょ(しましょう)。あるところから線引きしてな」
 そこで、一度外の風景に目をやる。
 庭の枯山水かれさんすいは、石の白と日陰の作る黒とで絶妙なコントラストを作っていた。
「善悪だけやのうて、強い弱いもそうやな。絶対的に強い人もおらん、弱い人もおらんで。正解は一つやない」
 強くて弱かった美保。でもそもそも、第三者がそこに判定を下すものではない。
 人が人を裁くには限界がある。本当に彼女を裁くとしたらそれは……人ではない何か?

「私が誰かを助けたいと思うのは、思い上がりなんでしょうか?」
 しわの刻まれた顔がくしゃっと崩れ、繁之は声を立てて笑った。
「ほら、あんなに息巻いて来よったあんたが、こんなんしおらしくなっとる」
「ホンマや!センセ座布団一枚!」
 カノンが足をばたつかせて笑う。

「人は時に弱くなり、迷うから……その時頼った誰か、自分に関わった人に影響されても仕方ないですよね。それが結果的に良くても悪くても」
 隠したりだましたり、信じたり翻弄ほんろうされたり。
 人をより良く導きたいと思っているのに、その方向が正しいのか悩んでみたり。

「それが人間ていうもの。いつも絶対的なものなんてあらしまへん。昨日今日で気持ちも変わる。出会った時の互いの状態さえ、すべて運ですわ。割り切ろうと言うのが無理なんや。それでええんではおまへんか(良いのではないですか)?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...