【完結】天使のスプライン

ひなこ

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6・恩田繁之(おんだ・しげゆき)

6-3

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(注・話中、京都弁が出てきます。特殊な表現の箇所では標準語を追記しています)


 モネの中にクライアントたちの境遇きょうぐうがいくつも流れ出す。
 幼い日のケンカのせいで生き別れになってしまった翔太と英太。
 誕生日に迎えに来て欲しくて、焼けるホテルから出られなかった愛美。
 母を思慕しながら、実は父親にこそ思いの強かった圭輔。
 そこまで思って、目がうるんだ。

「それにもし完全な”悪人”がいてるさかい言うても(いるからと言っても)、物事悪ろう進むかは別のことでは?善人の行動は、きっとう転びます?そやない(そうじゃない)。人の善し悪しと結果は別やで。時の運の思し召し」
 そういう考えもある。誰も悪くないことだってある。
 悪くないのに上手く行かない。
 いろんなことが。

「あんたが助けてあげたい言う気持ち、きれいなものやから大事にしたらええわ。けどなあ、上手くいかひんでも気張りはった(頑張った)事実が消えることはあらへん。よう彼らをねぎろうたらええ。そういうことや」
 一度きりの人生、その状況で精一杯生きたということを。

 愛人の子である不遇を、巧妙こうみょうに利用して生き延びた美保。
 その美保を理解しようとして、命を落とした朋美。
 父の嘘を信じ、美化し続けた圭輔。 

 ただ自分が納得行かないだけだ。
 自分が手にしている運命曲線をもってしても、幸せへ向けられないということを。
「一生懸命しても、裏目に出ることもある。それを悔やむことはない?」
「ベストを尽くした結果ならそれでええんや、って思たらどうです。それ以上を望むのんは、強欲ごうよくやおまへんか」
「強欲かあ。成功しか認めない、っていうのは欲張りだし病的だよな」
 カノンがモネの肩でつぶやいた。
 
 屋敷を出る頃、赤く染まった雲と手前の紅葉の枝とが重なり、繊細せんさいな織物を見るようだった。街を歩けば、瓦屋根かわらやねの家が遠くまで続いている。時を封じたように佇む塔や寺院。この地に生きては死に、脈々と命を継いでいく人たち。
 変わっていくもの、変わらないもの。

「結局、答えなんてないってこと?どっちでもないってこと?哲学、わっかんねー!」
 カノンはモネを見やる。
 繁之と別れてから、ずっとうつむいて呼びかけにも答えない。
「おい、そんなにあのじじいとまだいたかったのか?」
「……そうじゃないよ」

 朝子のことを考えていた。
 彼女はクライアントたちの不遇に心を痛め、自分が関わっていた物理の世界でそれを変えようと研究に自分を捧げた。もちろんそれで到達できるものではない。
 だけど今、自分はここにいる。朝子の代わりに、彼女が望んでいたことをできる境遇で。

「俺から補足するとさ。じいさんの言い分は、あくまで時間を一方向にしか生きられない人間の価値観だぜ。俺らは俺らでまたちがう」
 だけど、その価値観の中にいても朝子は自分のような存在を望んだ。
「朝子さんはどう思っているんだろう?朝子さんの思いを叶えたいと思っても、クライアントが望まないなら、変えることはできない。時の運がくじくこともある。私はどこを目指せばいいんだろう」
 カノンが癇癪かんしゃくを起こして叫んだ。
「あーもう!帰るぜ。お前は本当に手がかかるわ」

 部屋に戻るなり、カノンはファイルの束にくちばしをしていくつか抜き出した。机に並んだファイルは、どれも見覚えのある名がついていた。
「何やってんの?」
「お前が過去に送った、今までのクライアントの更新ファイルだよ。今まで散々見るのを嫌がってただろ?でも見なきゃだめだ」
 モネは上目づかいで抵抗する。
「お前は結果を見るのが怖いんだ。でもそれは逃れられないことだ。神はいないが、ファイルの中身がお前を裁くだろう」
「私は」
「じいさんに答を求めても、お前の真実はそこにない。お前が幸せにしたいとお節介でも願ったなら、その結果を自分で見届けるしかないんじゃないのか?」

 そこで初めてモネはそれぞれの色を見た。
 選んだ時は赤かったファイルたち。今はどれも青味を帯びて穏やかに光っている。少なくとも以前の人生よりは望ましいものになっただろう、それだけは救いだが。
「だから開いて確かめろ。お前は見なきゃいけないんだ」

 ベストを尽くした結果なら、それでええんやって思たらどうです。
 繁之はそう言った。

「私が彼らを本当に助けられるかどうかも、時の運」
 自分は人間ではないし、時間の流れからも遊離ゆうりしているのに。こんなにまでも時に翻弄される。
 時間って何?
 地上の生物すべての命を測るもの。
 生活の基準として、人類が知恵を絞って構築こうちくした制度。
 人にとっては一度過ぎれば二度とやり直しの効かないもの。
 だがモネにしてみれば、いくらでも何度でも入り込み改変のできるもの。

「恩田先生はああいったけど。それが努力の結果なら、仕方ないと言ったけど」
 朝子はそれでも望んだ。たった一度の人生を救い出してあげたいと。
 彼女のために、自分はどうすればいい?

「とにかく開けて読め。今まで関わったクライアントのファイルを」
 しばしカノンをにらんでいたモネは、意を決して最初のファイルを開いた。

 
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