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3・柴田圭輔(しばた・けいすけ)
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「……それは、あなたのためを思ったポーズだったのに、あなたは信じたんだものね」
圭輔はモネの手を強く握って懇願した。
「ねえモネ。君は僕があと数日で心の死を迎えると言ったけど、それを叶えてくれないかな?」
「えっ」
ちょうど納屋からがっしりした身体つきの、角刈りの男が出てきた。
リヤカーに大きなバケツを乗せて肥料を運んでいる。
作業着は土であちこちが汚れていた。それもまた、仕事に精を出す頼もしい姿だ。
まだ若かりし頃の父が、すぐそこにいる……。
圭輔は涙にむせんでじっと見つめていた。
「今あそこにいる父と、僕はここで暮らしたい。妻と子を残したままここに残ろうなんて、無責任極まりないのはわかってる。でも、僕は父との関係をどうしてもやり直したい。母という嘘を取っ払って、本気で笑ったりケンカしたりしたいんだ。それが虫の良い話だってのはわかってる……だけど」
「できなくはないわ。でも方法が違うの。あなたは子供の頃のあなたとして、もう一度お父さんと生き直すの。代わりに今現在の人々との縁は、リセットされる」
「なかったことになる?」
「ええ。あなたはお父さんと沢山の話をして、ちがうあなたに育つでしょう。考え方も選ぶ職業もちがう。そうしたらちがう人生を歩むはずだから」
「そうしたら、未来は変わってしまって困らないのかい?」
「結び目という、運命の分岐点を選んであなたをそこに送ります。残された人たちはあなたに似た誰かと代わりに出会い、そう大差ない運命を歩むので影響は最小限になる。あなただけがこの輪から出て、違う輪に入る。そういうことです」
「僕の代わりの男も、ダメ男で頼子は苦労したりしないだろうか?」
「それはもう彼女の行動次第。あなたが心配することじゃない」
納得したような、しないような。
圭輔はもう泣いていなかった。
「あなたは私たちのことも、こういう方法であなたが送られたこともすべて忘れてしまうわ。まっさらに人生を生き直すためにね。でも一つだけ、運命を左右する鍵として記憶を持って行けるの。覚えていないとまずいこと。それを今考えて」
「それは、いちいち君に申告しないとだめなこと?」
「いいえ。タイムポイントに送り込む時に、念じてもらわないとあなたがその先で困るだけ」
「そうか、じゃあ内緒にしとく」
モネはそこで初めて、圭輔の穏やかな顔を見た。
「いいか、ケースケ。覚えたか?送るぞ、準備はいいか」
ばさばさとカノンが圭輔の周りを飛び始める。
「ありがとう。モネ、この鳥はずっと不思議だったんだけど、何?」
「何って、失礼だぞお前!俺はなあ」
「カノンって言うのよ。相棒、かな?」
「そう。俺、モネの相棒。エライの!」
「カノン、か。ありがとな」
「おうよ!じゃ行くぜ」
モネが呪文を唱え、カノンが圭輔を覆うように旋回する。圭輔の姿は霧のように消えた。
どうか彼が、大好きなお父さんと納得行く日々を送れますように。
そしてまたいつもの部屋へ帰ってきた。
「なあモネ、圭輔を何でクライアントにしたんだ?」
「何でって?」
「たかだか一人の男が寝たきりになって、一生過ごすってだけだろ?何の義理があって選んだ?」
「何でって……赤ファイルの中から選んだんだし、いいじゃない?」
「本当にそれだけか?」
「うん」
「なら、いいけどよ」引っかかる物言いをしながら、机の上に飛び乗る。
ファイルが更新され、青白く光る。
ひょいひょいと歩いて更新内容を見ようとしたカノンが、モネに羽根を引っ張られて転ぶ。
「いてーっ!何でだよ。見たいじゃん。ちゃんと上手くいったかさあ?」
「いいの。私たちにとっても修正は一回きりでいい。何度も見たら、また直したくなるじゃない。彼らの人生は本当は一回きり。そう何度も直しに行きたくはないわ」
「ほお。めちゃくちゃなようでいて、案外まともな事言うな」
「めちゃくちゃは余計だわ。まともだもん!……ってか、眠い」
モネはソファに横たわり、すぐに眠りに落ちた。
圭輔はモネの手を強く握って懇願した。
「ねえモネ。君は僕があと数日で心の死を迎えると言ったけど、それを叶えてくれないかな?」
「えっ」
ちょうど納屋からがっしりした身体つきの、角刈りの男が出てきた。
リヤカーに大きなバケツを乗せて肥料を運んでいる。
作業着は土であちこちが汚れていた。それもまた、仕事に精を出す頼もしい姿だ。
まだ若かりし頃の父が、すぐそこにいる……。
圭輔は涙にむせんでじっと見つめていた。
「今あそこにいる父と、僕はここで暮らしたい。妻と子を残したままここに残ろうなんて、無責任極まりないのはわかってる。でも、僕は父との関係をどうしてもやり直したい。母という嘘を取っ払って、本気で笑ったりケンカしたりしたいんだ。それが虫の良い話だってのはわかってる……だけど」
「できなくはないわ。でも方法が違うの。あなたは子供の頃のあなたとして、もう一度お父さんと生き直すの。代わりに今現在の人々との縁は、リセットされる」
「なかったことになる?」
「ええ。あなたはお父さんと沢山の話をして、ちがうあなたに育つでしょう。考え方も選ぶ職業もちがう。そうしたらちがう人生を歩むはずだから」
「そうしたら、未来は変わってしまって困らないのかい?」
「結び目という、運命の分岐点を選んであなたをそこに送ります。残された人たちはあなたに似た誰かと代わりに出会い、そう大差ない運命を歩むので影響は最小限になる。あなただけがこの輪から出て、違う輪に入る。そういうことです」
「僕の代わりの男も、ダメ男で頼子は苦労したりしないだろうか?」
「それはもう彼女の行動次第。あなたが心配することじゃない」
納得したような、しないような。
圭輔はもう泣いていなかった。
「あなたは私たちのことも、こういう方法であなたが送られたこともすべて忘れてしまうわ。まっさらに人生を生き直すためにね。でも一つだけ、運命を左右する鍵として記憶を持って行けるの。覚えていないとまずいこと。それを今考えて」
「それは、いちいち君に申告しないとだめなこと?」
「いいえ。タイムポイントに送り込む時に、念じてもらわないとあなたがその先で困るだけ」
「そうか、じゃあ内緒にしとく」
モネはそこで初めて、圭輔の穏やかな顔を見た。
「いいか、ケースケ。覚えたか?送るぞ、準備はいいか」
ばさばさとカノンが圭輔の周りを飛び始める。
「ありがとう。モネ、この鳥はずっと不思議だったんだけど、何?」
「何って、失礼だぞお前!俺はなあ」
「カノンって言うのよ。相棒、かな?」
「そう。俺、モネの相棒。エライの!」
「カノン、か。ありがとな」
「おうよ!じゃ行くぜ」
モネが呪文を唱え、カノンが圭輔を覆うように旋回する。圭輔の姿は霧のように消えた。
どうか彼が、大好きなお父さんと納得行く日々を送れますように。
そしてまたいつもの部屋へ帰ってきた。
「なあモネ、圭輔を何でクライアントにしたんだ?」
「何でって?」
「たかだか一人の男が寝たきりになって、一生過ごすってだけだろ?何の義理があって選んだ?」
「何でって……赤ファイルの中から選んだんだし、いいじゃない?」
「本当にそれだけか?」
「うん」
「なら、いいけどよ」引っかかる物言いをしながら、机の上に飛び乗る。
ファイルが更新され、青白く光る。
ひょいひょいと歩いて更新内容を見ようとしたカノンが、モネに羽根を引っ張られて転ぶ。
「いてーっ!何でだよ。見たいじゃん。ちゃんと上手くいったかさあ?」
「いいの。私たちにとっても修正は一回きりでいい。何度も見たら、また直したくなるじゃない。彼らの人生は本当は一回きり。そう何度も直しに行きたくはないわ」
「ほお。めちゃくちゃなようでいて、案外まともな事言うな」
「めちゃくちゃは余計だわ。まともだもん!……ってか、眠い」
モネはソファに横たわり、すぐに眠りに落ちた。
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