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6・恩田繁之(おんだ・しげゆき)
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その後大学の同級生と結婚。子供は娘が一人。最音と書いて、もねと名づける。
地元では栽培が難しいとされていた、カブの品種改良に成功。”カノン”と名づけ全国に広く流通させる。父や地元の農家と共同で、地域の農業振興に努めた。
享年九十。拡大した農業組織は娘へと引き継がれ、海外へも良質な野菜の栽培技術を伝えた。
「だーかーらー!」
「もうアレだな。根本的にどこか不具合があるとしか思えねえ。記憶は消えてるはずなんだが」
「いいわよ、とにかく幸せになったんなら。奥さんと愛人はどうしたのかな」
「お前がその影響を最小限にするために、結び目のタイムポイントを割り出してたんだろう。記録に残ってないならわかんねえよ。てーか俺の名前カブにつけたのか、そりゃねーだろ」
カノンはファイルを蹴って閉める。
美保の分は取り去られ閲覧も叶わない。
「どうだよ。お前が恐れてたことは載ってたか?美保がイレギュラーなだけで、他の連中は問題なかったじゃないか」
モネはファイルを揃えて、しんみりと言った。
「もっと早く見れば良かった」
「だろ?何の臆病だよ」
「そういう意味じゃない。彼らはみんな、やり直しの中でもまた悩んだり苦労したりした。それでもがんばって生きてた。私の失敗があったとしても、ものともせずに越えていったんじゃないかって」
上手く行かないんじゃないか、かえって悪いことしたんじゃないか。そんな心配をしてた自分がばかみたいだ。
「ただ認めてあげればよかった。よくがんばったね、って」
関わったからこそ、信じればいい。ただそれだけのこと。
「それは不幸の一番の原因が、お前によって除かれたからだろ。それがある限り、自由には振る舞えなかった。お前は確かに運命を変えたんだよ。彼らの代わりに、運命に”ざまあ”してやった。一度きりの人生を」
「……カノン、そんな言葉をどこで覚えたの?」
慌てて言い訳する。
「あ、あん?そりゃあ俺はトレンドを押さえてるからな。日々勉強してるぜ」
「そっか。そうだね……」
モネはファイルたちを抱きしめる。
「ねえ、どれも青白く光っているの。後悔の赤色はもうみじんもないわ」
光はモネの言葉に同調するように、揺らめいて勢いを増す。三つの光はつながって大きな光となり、見覚えある姿を立ち上らせた。
青い輝きの中に、モネを見つめるクライアントたちが浮かび上がる。
老いた兄弟が語りかける。
君のおかげで、僕らは本気のやり直しができたんだ。
「ねえ、どうして私たちのことを覚えているの?記憶は一つしか持っていけないのに」
日本中を酔わせた美貌の女優が応える。
もちろん大切な記憶は心に刻んだのよ。けど、みんなあなたの姿を焼きつけてしまったのね。消せない誰かの献身を。こんなにもかわいい天使がくれた贈り物だもの。
「じゃあ、ちゃんと上手くやれたのね?みんな、悔いのない生き方を」
浅黒く日焼けした圭輔が、握手を求める。
モネも手を差し出してみたが果たせたのかどうか。
俺はだめ男だったけど、両親のことは幸せにできた自信があるよ。どう思う?
「うん、そうだね。大好きなお父さんと仲良く過ごせて良かったね」
モネの目にも、涙があふれた。
頬を流れるその温かさを感じながら、これは朝子の涙だ、と思った。
自分が代わりに、彼女の思いを叶えている。
愛しい気持ち、認めてあげたい気持ち、割り切れない気持ち、悲しい気持ち。いくつもの感情が交差して、モネを突き破り身体の内から外へ拡がる。
全身を貫いた感情は渦となり、絹地のようにねじれてすぐうねりを戻しモネを巻き取る。
激しい波の揺り返しが意外に甘美なことに驚き、呑まれるまま目を閉じた。
絶対的に強い人もおらん、弱い人もおらんで。
人の心の中に混沌とした海があって、底にはいろんな感情が沈んでいる。差し込む光に照らされてプリズムのように反射し、たくさんの色を返す。
歓喜、怒り、失望、安堵。
自分の中の色に驚き、また人の放つ色に怯えることもある。誰もが自分の、互いの万華鏡を眺めながら歩いて行くのだ。
たくさんの涙と笑みとを抱きしめて。長い道のりをただ一度だけ。
モネは青い光の波に浮かんでいる。
全身をまかせ、たゆたう流れを心地よく感じていた。
「良かったね、みんな」
懐かしい人たちの姿はかき消え、その思いだけがまだモネを取り巻いている。青い光は次第に縮んで、離れがたくまとわりついてついに球体になった。
彼らの名残を優しく撫でて抱える。
「朝子さん、今贈ります。これはあなたが受け取るべきもの」
片手で空を切り、伝えるべきその人に向けて放り込む。
地元では栽培が難しいとされていた、カブの品種改良に成功。”カノン”と名づけ全国に広く流通させる。父や地元の農家と共同で、地域の農業振興に努めた。
享年九十。拡大した農業組織は娘へと引き継がれ、海外へも良質な野菜の栽培技術を伝えた。
「だーかーらー!」
「もうアレだな。根本的にどこか不具合があるとしか思えねえ。記憶は消えてるはずなんだが」
「いいわよ、とにかく幸せになったんなら。奥さんと愛人はどうしたのかな」
「お前がその影響を最小限にするために、結び目のタイムポイントを割り出してたんだろう。記録に残ってないならわかんねえよ。てーか俺の名前カブにつけたのか、そりゃねーだろ」
カノンはファイルを蹴って閉める。
美保の分は取り去られ閲覧も叶わない。
「どうだよ。お前が恐れてたことは載ってたか?美保がイレギュラーなだけで、他の連中は問題なかったじゃないか」
モネはファイルを揃えて、しんみりと言った。
「もっと早く見れば良かった」
「だろ?何の臆病だよ」
「そういう意味じゃない。彼らはみんな、やり直しの中でもまた悩んだり苦労したりした。それでもがんばって生きてた。私の失敗があったとしても、ものともせずに越えていったんじゃないかって」
上手く行かないんじゃないか、かえって悪いことしたんじゃないか。そんな心配をしてた自分がばかみたいだ。
「ただ認めてあげればよかった。よくがんばったね、って」
関わったからこそ、信じればいい。ただそれだけのこと。
「それは不幸の一番の原因が、お前によって除かれたからだろ。それがある限り、自由には振る舞えなかった。お前は確かに運命を変えたんだよ。彼らの代わりに、運命に”ざまあ”してやった。一度きりの人生を」
「……カノン、そんな言葉をどこで覚えたの?」
慌てて言い訳する。
「あ、あん?そりゃあ俺はトレンドを押さえてるからな。日々勉強してるぜ」
「そっか。そうだね……」
モネはファイルたちを抱きしめる。
「ねえ、どれも青白く光っているの。後悔の赤色はもうみじんもないわ」
光はモネの言葉に同調するように、揺らめいて勢いを増す。三つの光はつながって大きな光となり、見覚えある姿を立ち上らせた。
青い輝きの中に、モネを見つめるクライアントたちが浮かび上がる。
老いた兄弟が語りかける。
君のおかげで、僕らは本気のやり直しができたんだ。
「ねえ、どうして私たちのことを覚えているの?記憶は一つしか持っていけないのに」
日本中を酔わせた美貌の女優が応える。
もちろん大切な記憶は心に刻んだのよ。けど、みんなあなたの姿を焼きつけてしまったのね。消せない誰かの献身を。こんなにもかわいい天使がくれた贈り物だもの。
「じゃあ、ちゃんと上手くやれたのね?みんな、悔いのない生き方を」
浅黒く日焼けした圭輔が、握手を求める。
モネも手を差し出してみたが果たせたのかどうか。
俺はだめ男だったけど、両親のことは幸せにできた自信があるよ。どう思う?
「うん、そうだね。大好きなお父さんと仲良く過ごせて良かったね」
モネの目にも、涙があふれた。
頬を流れるその温かさを感じながら、これは朝子の涙だ、と思った。
自分が代わりに、彼女の思いを叶えている。
愛しい気持ち、認めてあげたい気持ち、割り切れない気持ち、悲しい気持ち。いくつもの感情が交差して、モネを突き破り身体の内から外へ拡がる。
全身を貫いた感情は渦となり、絹地のようにねじれてすぐうねりを戻しモネを巻き取る。
激しい波の揺り返しが意外に甘美なことに驚き、呑まれるまま目を閉じた。
絶対的に強い人もおらん、弱い人もおらんで。
人の心の中に混沌とした海があって、底にはいろんな感情が沈んでいる。差し込む光に照らされてプリズムのように反射し、たくさんの色を返す。
歓喜、怒り、失望、安堵。
自分の中の色に驚き、また人の放つ色に怯えることもある。誰もが自分の、互いの万華鏡を眺めながら歩いて行くのだ。
たくさんの涙と笑みとを抱きしめて。長い道のりをただ一度だけ。
モネは青い光の波に浮かんでいる。
全身をまかせ、たゆたう流れを心地よく感じていた。
「良かったね、みんな」
懐かしい人たちの姿はかき消え、その思いだけがまだモネを取り巻いている。青い光は次第に縮んで、離れがたくまとわりついてついに球体になった。
彼らの名残を優しく撫でて抱える。
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片手で空を切り、伝えるべきその人に向けて放り込む。
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