裸身のデッサン

大津らら

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第5話 夜明けの手前で

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 撮影を終えた帰り道、電車の窓に映る自分の顔は、どこか他人のようだった。
 メイクを落としても、まだ体の奥に“あの時間”が残っている。
 ライトの熱、男優の息づかい、カメラの赤い点滅。
 それらが心の奥でかすかに明滅し、胸の奥が温かくもざらついていた。

 家に着くと、シャワーを浴びた。
 お湯が肌を流れるたび、今日の出来事が少しずつ現実になっていく。
 鏡を見る。
 濡れた髪、赤くなった頬、まだどこか高鳴る心臓。
 「私、ちゃんとやれたんだね」
 誰にでもなく、そっとつぶやいた。
 その声は震えていたが、少し誇らしげでもあった。

 部屋の灯りを消して、ベッドに横になる。
 目を閉じると、あの瞬間の光景が浮かぶ。
 見られることで、初めて自分を“見つけた”ような感覚。
 それは恥ではなく、確かに生きている証のように思えた。

 ――私は誰のために生きているのだろう。
 かつては、親のため、世間のため、誰かに褒められるためだった。
 けれど今、初めて自分のために何かをした。
 それがたとえAVという形でも、私にとっては“表現”だった。
 演技ではなく、心をさらけ出すような時間。
 その中で、私は“他人の目”ではなく“自分の感情”に正直になれた。

 夜が更ける。
 窓の外に、街の明かりが点々と灯っている。
 その光を見つめながら、私は携帯を手に取った。
 プロデューサーから一通のメッセージが届いていた。

 ――「あなたの表情、とても良かったです。またお願いしたいです。」

 胸の奥が静かに揺れた。
 嬉しい、というより、確かめるような気持ち。
 「もう一度、やってみたい」
 そう思ったとき、体の奥で熱が小さく灯った。
 それは欲ではなく、生きようとする意志の光だった。

 窓の外が、うっすらと白み始めていた。
 夜と朝の境い目。
 私は小さく息を吸い込み、静かに目を閉じた。
 新しい一日が、また始まろうとしていた。
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