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天馬朔の日記
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俺の名前は天馬朔。
ごく平凡な日本の高校生だ。
好きなものはゲームにラノベ、ややインドア派ではあるが超健康体で、よくわからないが国のなんかわからないプロジェクトで呼びだされたまでは覚えている。
そのビルには俺以外にも人は居たし、どうやら家族単位で呼びだされていることもあるようだが、俺の家族はこの会場には居なかった。
ただ、俺の記憶はここで終わっている。
次に目覚めた時、俺は一人で廃墟に居た。
地震で目覚めた俺は、慌てて起き上がったが、そこは俺の部屋ではなく薄暗い廃墟で、考える暇もなく地震に押され近くにあった俺の荷物と服を抱えて走った。
ようやく外に出た時、自分が真っ裸であることに気付いたので抱えていた制服を着替えて一息ついた時、自分が荒野に居ることに気付いた。
「ここどこ?」
少なくとも日本じゃないよな。
赤茶けた土は日本じゃ見ないし、遠くに見える木は日本じゃ見ない広葉樹だよな。
自分が出て来た場所はさっきの揺れで埋まったようだ。
「えっ、と…何これ…」
頭に異世界召喚などというラノベの内容がよぎるが、何か違う。
「お前、何?」
不意の声に周囲を見回すが誰も居ない。
「どこ見てんだよ」
「はっ」
足元で声がした。
「誰?」
やけに小柄な小学生?が立って居た。
ただ日本人ではないな。でも言葉が通じてるよな…ちゃんと言葉は理解できる。
それにしてもこいつは一メートルあるのか?
細いしちっちゃい、赤茶色の長髪を束ねていてフード付きの短衣にブーツと変な格好をしている。
どんぐり眼は青緑、色白で北欧なんかの血筋か多分男の子だろう。
気のせいかこいつの耳が尖ってないか?
「お前、大丈夫か?」
心配というより警戒。
あからさまに異端なモノを見る目で見据えてくる。
「あ、いや、俺は…」
小学生相手におかしいかも知れないが、間違えば確実に殺されるような気がした。
目の前のガキは普通じゃないとわかる。
格好が変だというレベルではなく、存在が底知れないと感じる。
「お前、何?」
腰に手を伸ばす。
ベルトに提げられているのは銀色の杖と鞭、子供は迷うことなく馴れた手付きで鞭を掴み俺に打ち付けてきた。
咄嗟に身をよじってかわしたけど、風が髪の先を散らしたぞ。
鞭のイメージって叩くだけど、何これ、切れるのか。
「チッ」
舌打ちして子供は手首のスナップだけで鞭を引き戻す。
使い馴れた動きで再び俺を狙うよ。
これ逃げた方がいいのか?それとも説明をすべき、まず話を聞いてもらってからだろう。
いきなりバトルなんて、今まで読んだ話にはなかったぞ。
「動くな」
鋭い声に押されるように体が勝手に逃げた。
子供の方も逃がしてくれるつもりはないのだろう、鞭が追ってくる。
今、石が割れた。
鞭って石も割れるのかよ。
「チョロチョロと!」
声が怒ってるな。
もう無理、話合いは無理。
「あれっ」
不意に背後で間の抜けた声がして首だけで見ると、子供の足元が崩れたのか大きく体勢が崩れて膝をついている。
逃げるチャンスと思えば、子供の服のフードから何かが飛んできた。
「ぴぃ」
小さな悲鳴のような鳴き声に反射的に身を乗り出して受け止める。
「ぴっ」
手の中におさまるというか、手の平より少し大きなゼリーのような物体。
青い透き通ったゼリー状のまんじゅうが鳴き、ぱちくりとゴマのような目が瞬く。
「何これ、スライム?」
まず思いついたのはゲームによく出るザコモンスターだが、なんか可愛い。
ぷるぷるのゼリーがくりっとした目で見上げてくるが、うん、可愛い。
「ぽむ」
子供が声を上げると、スライムは身をよじって子供の方に目を向ける。
「ぴぃ」
口も何もないのに鳴いているな。
「えっと…ペット?」
スライムを子供に差し出すと、スライムはぽむっと弾んで子供の肩に乗り、フードの中に潜り込む。
あ、うん。
ここは日本じゃないな。
それ以前に地球でもないのか、ここはやっぱり異世界なのか…ラノベにありがちな展開ではないけども、俺は別の世界に来ちゃったのか。
「お前…」
鞭を手にしたまま子供が睨み付けてくる。
少しばかり表情が柔らかくなった。
全面に不審の文字が見えるが、先程までの警戒が少し解けたようだがまだ不審人物ではあるようで、俺を見据えたまま鞭を握る手は緩めてくれない。
「ここに居たの?アルト」
背後からの声に心臓が跳ねる。
柔らかくやや低めの声がイケメン。
「フォル」
子供の方が声を返す。
俺の横を通り抜けたのは俺とそう背丈の変わらない男。
格好は子供以上にファンタジー系で、肩と胸に甲冑をつけ腰に長剣を下げている。
長めの栗色の髪は前髪だけ赤く額に紐を縛っている。
「えっと…」
まるで俺が見えなかったように通り抜けて子供に寄る。
「…フォル」
子供の方が何か言いたげに俺を指差すと、男はようやく気付いたというふうに肩越しに俺に目を向けてきた。
一言で言うと美人。
緑の大きめの瞳が特徴的な美少女。
ンン?確かに男なのだがパッと見は美少女にしか見えない。
それでも不自然に見えないのは細身の体格のバランスの良さか、ファンタジー的な何かなのかはわからないが、ともかくこれぞ王道といった美形剣士。
じっとこちらを見てこられると何か気恥ずかしい気がしてくる。
暫くは俺を見つめていたと思うと、ふわりと花が咲くようなという表現が似合うような笑顔で向き直る。
相手は男とわかっていてもドキリとする表情。
「こんにちは」
柔らかな声で微笑む。
「どちらさまですか?」
「俺は…天馬朔と言います」
とりあえず名乗ってみると、子供の方も軽く首を傾げた。
「ほうほう、お主は古代人か?」
子供でも男のものでもない声があり得ない台詞が聞こえた。
辺りを見回して見るが目の前にはこの二人しか居ない。
「古代人?」
子供が単語を繰り返して俺を見上げてくる。
「確かに珍しい格好で、間の抜けた奴だけど」
じろじろと値踏みするように見回して、男の肩の辺りに視線を向ける。
そこにあるのは人形か、白いローブに茶色のカソックのように服装の人形が座っていた。
「古代人…ところで、裸足で痛くはないの」
男が俺の足元を示して言うので、ようやく気付いた。
今まで地震に驚いていたから気付いてなかったが、うん、靴がなかったのか。
服を着た時でも気付いてなかった。
「痛い」
「そう」
マイペースに男は話を進めて背負っていた袋から布の靴を差し出す。
「?」
「背丈があまり変わらないからサイズも近いだろう。まだ履けるだろうからどうぞ」
「あ、どうも」
靴がないと歩けないので素直に受け取る。
「テンマサク、お前が古代人ならここは遺跡なのか?」
「なんでフルネーム?遺跡?」
どこに驚いて、どこからツッコミを入れればいいのかわからない。
「テンマサクって名乗っていただろう」
「いや、サク・テンマって名乗っていればいいのか?」
見た目で日本人じゃないし、一つの名前と思ったのか。
「僕はフォル・レイラー」
にっこりと笑顔で男が名乗り、子供は不審そのままの表情で見上げてくる。
「この子はアルト・ジャン。フードの子はぽむで、彼がロトレード・レッシィ」
そう言って示したのは肩の上の人形。
「儂はロトでよいぞ」
先程の声が人形の口からこぼれた。
もぞりと立ち上がった人形は、手にした銀色の杖に乗ると俺の目の前まで浮かび上がった。
えっ、何このファンタジー。
一瞬、俺の意識が遠退きかけた。
おおよそ二万年前に、大災害と呼ばれた災害だが戦争だがで俺達の世界は滅んだらしい。
その後、世界は蒼き龍神王と紅き邪眼の邪神の二柱により戦いの後、蒼き龍神王の勝利により世界は人族が治める現在になったという。
蒼き龍神王も深手を負い眠りについたため、世界は八柱の神に守られているという。
世界が滅んだだの、ありがちな神話のことは何このファンタジーで聞き流していたが、ロトの次の説明に目を見張る。
「時折、お主のような古代人が現れるのだよ」
「現れる?」
「うむ。今の世界は神に守られた世界だが、世界の形を作ったのは古代人かも知れないのう」
「このファンタジー的な…」
「一万年ほど前、東にある聖王都アルトシスに五十人ほどの科学者が現れたのだよ。彼等は大災害を生き延びるために眠りにつき、そして目覚めた言うのだ」
「冷凍睡眠ってやつかな」
そういう技術はすでにあるというから、俺は覚えてないが俺も寝てたのか?
「その科学者の中の一人、後に冒険者ギルドの創立者であるサトル・タチカワがこう残している」
「ん?」
「そう。彼はこう残している。何これファンタジー、これぞリアルTRPG。と」
うん。日本人だな。
間違いなく日本人。
「えっ、マジでか」
「うむ。ギルドの創始書にはそう記されているな…古代人の大半は理解するが、やはり意味はわかるのか?」
「…まあ~あってないようなものだ」
古代人は誰でもわかるって、日本人じゃなくてもか、どこまで世界的なんだか日本サブカルチャーは。
TRPGは日本だけのものじゃないか、うん、まあわかった。
冒険者ギルドがすごく馴染み深く感じたのはわかった。日本のゲームだ。
普通にロープレだ。
色々と制限はあるみたいだけど、冒険者ギルドは話を聞く限りとレベル制ロープレゲームだ。
モンスターを倒したり、仕事をしたりで経験点を得てレベルアップというわかりやすいロープレ。
元々、こいつ等はあの付近を根城にしている盗賊退治に雇われた冒険者で、俺も盗賊の仲間と思ったから攻撃してきたらしいが、アルトの性格から面倒だったからだろうな。
「さて、問題はこれからのことなのだがのう」
テーブルの上をちょこちょこと歩きながらロトが俺を見上げてくる。
先程から話をしているのはロトぐらいで、アルトは俺に興味がないらしくこの場にも居ないしフォルは別室で仕事終了の話をしている。
他に三人居たが、アルトを一人しておくのが危険とかでマイク、アレクという男二人がついていった。
残る一人の俺の前の席で座ってはいるが、会話はロトに任せきりだ。
おのずと話をしているロトを目で追っているのだが、時折視界に入るもう一人にロトとは違う意味で「何これファンタジー」と思ってしまう。
一言で言うなら天使のような少年。
中学生ぐらいか、柔らかそうなウェーブのかかった金髪にサークレット、白い肌に大きな青い瞳をしたいかにもな美少年。
白いタートルネックのシャツにショートパンツにマント、ロングブーツも白で統一して銀のハープを手にした姿はファンタジーそのものだよな。
うっかりとじろじろと見ていることに気付かれると、これまた天使のという表現が似合う微笑みを浮かべて俺を見てきた。
「不躾に人を見るのは止めてもらえませんか。珍獣に観察される趣味はないので止めてください」
うん。
「言葉の理解できない訳ではないのでしょう。古代人は頭が良い方ばかりではないのはわかりました」
なんとなくでロトを見ると、聞き間違えた訳ではなく、妙に生暖かい目で見上げきていた。
天使の外見をした悪魔だったようだ。
「とりあえず、この村にはギルドの支部がない。古代人が見つかった時には、ギルドが世話をすることになっておるからのう」
「ギルドの創立者からして古代人ですし、後の世に現れる古代人を保護してこの世界で暮らせるようになるまではと、今までは色々と世界を良くする知恵を持つ古代人ばかりでしたが…」
天使じゃない、ルイス・ガーナ十四歳が意味ありげに俺を見てから、しみじみとため息をこぼしてくれる。
「ルイスは吟遊詩人ゆえに、古代人に夢を持っていただろうからのう」
ロト、それはフォローじゃない。トドメだ。
「この村の付近に、俺が寝てた遺跡があるんだよな。なら、他に誰か居るんじゃないか?」
そして、その誰かが学者とかならルイスも喜ぶのだろうか。
「それはないのう」
「?」
「遺跡はあるのだろうが、古代人はまず居らぬよ」
「なんで?」
あそこが冷凍睡眠していた場所なら、俺以外にも人が居ないなんてことはないはずだ。
俺一人で冷凍睡眠って、コスト的にもおかしいだろう。
「それがのう。始まりの古代人以降は、多くても一度に五人ぐらいしか現れぬし、古代人の大半は目覚めた時のことも覚えておらぬな。目覚めた遺跡を探しても他に古代人が見つかったという記録はないからのう」
「へ?」
そういや、俺は地震に驚いて飛び出したが、誰かは見てないしあの部屋に俺が寝てたカプセルみたいなモノ以外は何もなかったよな。
自分の荷物と服があったから深く考えもせずに持ってきたんだよな。
足元に置いたリュックに目を向ける。
間違いなく俺の荷物だ。
昨年買った通学用のリュック、そういやこれも何万年も経っているはずなのに、俺の記憶通りに変わらないリュックだ。
俺自身は冷凍睡眠で変わらないとしても、このリュックや服は劣化するモノだろうに、普通に記憶と同じものだ。
物まで完璧に保存できる技術なんかあっただろうか、だいたい、なんで俺は目覚めたのか覚えてない。
気付いたらこの状況だ。
「これもサトル・タチカワの言葉だが、これはゲームではない。全ては決められたことではなく、決めるのは自分だけだと」
「あ、うん?」
よくわからないが、ゲームではないのはよくわかる。
壮大なドッキリにしてはいくらなんでもロトはロボットには見えないし、この状況も無駄に凝りすぎている。でも決められたことではないとはどんな意味だ?
「まあ、古代人全てが優秀であった訳ではないらしいぞ。中には、この世界に馴染めずに遺跡に戻っていった者も居るらしい」
だから、それはフォローじゃなくてディスっているだけだ。
「戻っても無駄だろうに、俺達の世界はなくなっているんだよな」
実感はないが、昨日までは普通に学校に行っていたし、普通に家族団らんをしていたんだよ。
そういや、父さんと母さんは大丈夫だったのかな…病気で苦しく逝ったとか、俺がこんなことになっているのを知らずにとかはないといいが、もうわからないよな。
「古代人はおおよそ二億人ほどが眠りについていて、主に技術方面以外は家族単位で眠りについているという話だぞ」
ロトの言葉に目を見張る。
それって、俺の家族もどこかで眠りについているかも知れないってことか、俺以外にも誰かが居るってことだよな。
「他にも人が居るのか…どこかに、俺の家族も居るかも知れない?」
「そうかも知れぬのう」
ロトが手にしている杖に座ると、ふわりと俺の目の前にまで浮かび上がってきた。
ロトが握れるほど細い杖はロトの背丈よりも長く、先端には青い石がはまっていて、それが淡く輝いていることから浮かび上がっているのも魔法なのだろう。
この世界には普通に魔法がある。
俺達の世界が滅んだ後の世界が、リアルファンタジーの世界になるとは、事実は小説より奇なりを経験するとはな。
しかも、この世界は俺達の時代の人類の知恵も得ているからか、剣と魔法と科学のファンタジーで、リアルTRPGで何これファンタジーになってしまっている。
「ですが、この三百年ほどは古代人が見つかったという話は聞かないですし、三百年ぶりの古代人があなたというのもなんですか、まあ…」
天使の容貌で微笑みながら、ルイスが意味ありげに俺を見てくる。
言外に言いたげな毒がすごく透けていて、隠す気がゼロだよ。この子。
天使の外見で悪魔だよ。
俺が言いたいことを我慢していると、通りすがりらしきマイクが、心底憐れむような目で俺を見ていった。
うん。お前も苦労してそうだな。
年齢的には一番年上らしいが、一番立場が弱いのはすぐにわかった。
「お待たせ、話はどこまですんだかな?」
にっこりといい笑顔で、背景に花畑でも見えそうなぐらいの能天気な笑顔でフォルが話に入ってきた。
いい香りのする紅茶らしき飲み物のカップを人数分を持って来ている。
「話は終わったのか?」
ロト用の小さなカップの前に降りて、フォルを見上げる。
「うん。盗賊退治の方はね。でも、サクに関しては僕達に任せるしかないみたい。彼を預かる余裕もないみたいだから、報告がてらに連れて行くしかないね」
フォルはニコニコと言う。
俺ってお邪魔虫?
「この村は本当に困っていますからね。僕等の方が食料を用意するほどですし、無駄な食い扶持なぞ、ですよね」
実に容赦のないルイスの評価で事情はわかったが、もう少し、いやかなりオブラートが欲しいものだ。
外見に見合う優しさが欲しい。
「まあ、よいのではないのか」
ロト用であってもかなり大きいカップを両手で抱え、香りを楽しみながらロトが言う。
うん。言動はともかく、かわいいよな。
小人の漫画とかでは思わなかったが、この間近で見ると動きがかわいい。
いちいちちょこちょこと動くのはかわいい。
「気持ち悪いですね」
僕の視線に気付いたルイスが容赦ない台詞をくれる。
オブラートください。
まあ…オブラートがなんなのかはよくわからないが、親父がよく口にしていた。
「僕も断る理由はないし、ギルドのある町まで五日ほどだし、君は大丈夫かな?」
「多分……わからないけど、大丈夫だとは思う」
素直に言うと、ルイスに笑顔で冷ややかな視線を向けられたが、フォルとロトは静かな視線を向けられた。
「えっと…」
「いやいや、素直で良いのではないのかな」
ロトはどこか年寄りのような仕草で杖を手に立ち上がる。
フォルは当然のように手を差しだしてロトを拾い、その肩の上に乗せる。
「無理だの無茶だのと言われても、着いて来てもらいますので、まあ、君が倒れてもマイクに持たせますけど」
「俺かよ!」
通りすがりのマイクが声を上げるが、ルイスは相変わらずに微笑んでいるだけで、フォルとロトは馴れているのかどこか微笑ましそう微笑んでいるだけだった。
このメンツにツッコミは居ないようだ。
「さてはて、アルト、明日には村を出るから」
あぐあぐと随分とでかい干し肉らしき物体をくわえているアルトが頷く。
フォルがリーダーではあるが、基本最終的な決定はアルトがしているようだ。
元々目的地を持たない根無し草の彼等は、アルトが行きたい方にフォルが付き合うという形で成り立っているらしい。
ロトは一人旅の途中でフォルに拾われた(物理的に)のでそれに付き合い、マイクは仕事上アルトに付き合わないとならないのでほぼアルトの行きたい方が目的地。
アレクは目的地がないので一緒にいるだけ、ルイスも一緒に行動するようになったので、成り行きでパーティー登録しているらしい。
根無し草同士が仲良くというか、都合上一緒にいるパーティーということらしい。
「明日か、今でもいいけど」
「今からだとすぐ野宿だから、ベッドの方がまだ休めるだろうから」
フォルがのんびりと僕を見てくる。
アルトとルイスが冷ややかな視線を向けてはくるのだが、フォルが穏やかな微笑んでいるためか二人は何も言わずに頷く。
マイクは何も言うことはないし、アレクはずっと黙っているだけだ。
正直、彼の声は聞いていない。
ハーフエルフだからか、小柄な彼はずっと黙ったままでいる。
その美貌に似合わずひっそりと影のように佇んでいるだけだ。
影のようにというにはまあその美貌は目立つが、このメンツでは存在感が薄いんだよな。
「それもそうか…ならご飯にしよ」
でかい干し肉をかじりながら言うのをフォルは軽く頷く。
他のメンバーは動く気配がないから食事はフォルが作っているようだ。
ロトはわかるが、ルイスは料理できそうなのにな。
「何か?」
俺の視線に気付いたのか、笑っていない笑顔で訊いてきた。
「なんでもないです……俺は手伝って来よう」
この世界で生きて行くしかないのなら、台所の使い方なんかは知っていた方がいいし、ルイスと向き合っているのはなんかきつい。
「フォル、手伝いついでに使い方を教えてくれるか?」
台所に行くと、ファンタジーというより昭和といった感じの台所があった。
見慣れたシステムキッチンではなく、台所って感じの造り。
炊事があって、ガスコンロがあって、冷蔵庫が並んでいる。
「冷蔵庫?」
白い箱が壁に立っているぞ。
「冷蔵庫?」
フォルが聞き返しつつ、白い箱を示した。
「保存ケースのことかな?」
「保存ケース?」
「うん。食料保存ケース。まあ…使ってないから今は冷えてないけど」
「普通に冷蔵庫か…まあ…便利な物はあって当然だよな…」
生まれてこのかた冷蔵庫のない生活なんてしたことはないが、やはりないとなると困るのはわかる。
「ガスコンロ?」
形はガスコンロだがホースなどはなくただらしき物だ。
「ガス…古代ではガスを使っていたらしいね。今はこれが燃料だよ」
フォルが革袋を取り出すと、中から小石ほどの多角形の水晶を出して見せる。
「?」
「魔素水晶」
「マナ・クリスタル?」
ファンタジーな用語がでてきた。
「文字通り魔力を結晶化した物だよ。元々は魔法を失敗した産物だったらしいけど、こうして結晶化できるようになってから、魔道学に使えるようになったらしいね」
魔道学が魔法と科学の合体版の名称らしい。
フォルは赤い小粒の水晶をコンロの中に入れるとスイッチを入れる。
炎を確認してから鍋を置いて水を入れる。
水道も俺の知る構造ではないんだろうな…こんな砂漠みたいな場所で普通に水が出るのも不思議だよな。
さすがに剣で料理というわけではなく、包丁で干し肉を削り、キノコや葉っぱを入れると塩で味付けしている。
基本、保存食料だけしかないから煮るのがポピュラーなようだ。
スープと乾パンみたいな物がご飯か、慣れるかな…俺。
ランプの中で揺れているのは火ではなく白い灯りで、よく見ると白い水晶が光っている。
蛍光灯などに慣れている身には暗いが、停電中のロウソクよりははるかに明るい。
少なくとも日記を書く程度には十分だ。
外は真っ暗で星がよく見える。
少なくとも知っている星座はない気がする。
夜は静かだ。
というか、皆夜が早い。
暗くなったと思ったらすぐに寝るみたいな。
田舎の生活みたいな。知らないが、翌日の準備をしておやすみか…まあ、やることがないから俺も日記を書いたら寝るしかないんだけど、うん、今にしてラノベの主役ってすごいよな…俺には不安しかない。
明日から、旅か…気が重い。
もう寝よう。
おやすみなさい。
「朝だ」
容赦のない重みに目を開けるとアルトが俺の上に居た。
小さいからそこそこな重みだが、顔を見ると夢じゃなかったと思わずため息がこぼれる。
「起きろ」
ドスっと体重をかけられて一瞬息がつまる。
文句を口にしかけたが、冷めた眼差しとともに杖に手が伸びそうな気配に慌てて起きた。
ガバッと起きたが、アルトは早々に俺の上から降りていた。
杖の上から手を離していたが、舌打ちが聞こえたぞ。今。
「ぴっ」
フードから目が出てぺこんという感じで引っ込む。
ペットはいい子だ。
学生服の上にマント、そしてリュックと普段ならマヌケなコスプレ状態を確認してから、皆の所に行くと、全員いかにもな旅支度で朝食を準備していた。
昨晩と同じような物なのは仕方ないんだろうな。
「おはよう。よく眠れた?」
フォルがほんわかとした雰囲気で訊いてくる。
「あ、うん。おはよう。大丈夫」
眠れたといえば眠れたが、夢じゃなかったのはちょっと残念と思った。
「今日から野宿となるだろうから、しっかりと食べておくのじゃぞ」
トコトコと近付いて来たロトが見上げてくる。
「本当に、足手まといなのですから、せいぜい頑張ってくださいね」
朝から天使の笑顔で毒を吐いてくれる。
マイクが不憫な表情を向けてくる。アレクは無表情で食事をしているだけだ。
「サク、お茶はいる?」
にっこりとフォルが不満げな空気など気にせずに訊いてくる。
相変わらず背後に花畑でもありそうな雰囲気だ。
「ありがとう」
「儂にも頼む」
ちょこんと目の前に座ったロトが声をかける。
俺にお人形趣味がないが、やはり目の前に居るとなると可愛いな。
ぽよんと音がすると、ぽむがテーブルの上でビスケットを食べている。
スライムというとザコキャラで経験値の素というイメージだが、こう見ると可愛い。
じっと見ているとびくっと跳ねてアルトのフードの方に隠れ、アルトがきつい眼差しを向けてくる。
俺、何もしてない。
「大丈夫だよ。ぽむ」
ほんわかとしたもはや異次元でも作っていそうなフォルが声をかけると、ぽむも目だけを出して見てくる。
驚かせないように手を振ると、フードに隠れながらもご飯は食べているようだ。
「大丈夫。もう君のことは怖くないと思う」
「あ、そう」
よくわからないが、認められたのだろうか。
旅は過酷だ。
砂漠というか荒野ではまず日差しがきつい。
日陰がない上に風もない状態が本当にきつい。
熱中症という言葉は聞いたことぐらいで実際に体感したことはない。だから、無駄にきつい。
日本生まれで科学育ちのインドア派の俺にはすこぶるきつい。
「大丈夫?」
フォルが隣から声をかけてくるが、返事する気力もない。
日差しがきついからか、全員フードなりで日除けをしているが、汗だくの俺と違い涼しい顔をしている。
アルトにいたってはフードにぽむがいるからかフードをかぶってない。黒髪のくせしてこの日差しが平気なのか、暑くないのか、平然としているぞ。
「アルト、彼にも頼めるかな?」
俺を覗き込んだフォルが声をかけると、アルトは心底嫌そうな表情で俺を見てくる。
「足手まといどころではなかったですね」
表情も声音も天使なのに内容が毒なルイスの蔑んだ視線が痛い。
「こいつが倒れると面倒だぜ」
マイクが口を挟むが、冷ややかな視線がさらに冷たくなる。
確実に、俺が倒れると面倒をこうむるのはマイクで、それをわかった上での発言に二人が先に牽制したのだろう。
俺以上にマイクに対して容赦ないな。
「うむ。古代人は弱いと伝えられるが、本当に弱いのう」
ひょいとフォルの肩から俺の頭に移ったロトが杖を頭に立てる。
地味に痛い。
杖が細いから意外と刺さる。
「とりあえず、体力を戻すかのう」
トントンと頭の上で杖を叩く。
意外と靴底が硬いな。体重が軽いから痛くはないが、土足で頭の上に居られるのもあまり気分は良くないな。
文句言う気力もないが…文句を言える立場でもないしな。
「ロトがやることもない」
アルトがしぶしぶと近付いてくると、腰から杖を取ると俺の顔に突き付けてくる。
「はひ?」
反射的に恐怖で身を縮めるが、まだ頭の上にロトの重みがあるから攻撃はないよな。
いや、攻撃を喰らった終わるんだけど。
アルトはしぶしぶに、心底しぶしぶという調子で口の中で呪文を呟くと杖先に青白い結晶が出来上がる。
「〈付与〉 光、水、風」
結晶の中に白、青、緑の光が生まれたと思うと、俺の目の前で砕けて光が体を包むと、先ほどまでの暑さが嘘のようにひいていった。
「?」
「付与魔法じゃよ」
頭の上でロトが言う。
「効果は術者次第だが、アルトならば一日はあるだろう」
頭の上の重みがなくなったと思うと、杖に乗ってフォルの肩の方に戻っていった。
土足といってもロトは自分で歩かないからまあいいか…それにしても、アルトが平然としているのは慣れるとかじゃなくてこの魔法の効果なのか、便利だな魔法。
日射病もあるからマントは頭の上にかけたままにして、アルトの歩幅に合わせた歩きに続く。
アルトが普通に子供の歩みで良かったと思う。
日が暮れる頃でも過ごし易いままで良かったが、体力が持つわけでもなく、野宿場所を決める頃にはマイクに担がれていた。
盗賊という職業柄か、ロトを除いては軽装だからという理由だったが、単に立場が弱いからだろうな。
まあ、フォルはロトに荷物も多いから気が引けるし、アルトとルイスは子供だから無理だろうし、ロトは論外。アレクも小柄だから無理だろうから仕方ないよな。
敷物の上で転がるしかない俺は野営の準備を眺めるしかない。
フォルはすぐにたき火の準備をしてまた魔素結晶の赤で火を着けている。
色が属性なんだな。
昨日より結晶が小さく見えるのも気のせいではなく、使った分は減るようだ。
「だいぶ小さくなったね」
アルトがフォルの手元の結晶を示す。
「そうだね、後五回ぐらいかな」
「作る?」
アルトが杖を手に取るが、フォルはまだ大丈夫と断っていた。
「あれって、アルトが作るのか?」
「そりゃ魔素結晶を作るのは魔法使える奴だけだろ。あいつも大人しく魔素結晶職人にでもなってくれたら、俺も楽なのに」
マイクがしみじみと呟く。
マイクはアルトの借金取りというが、この時代は魔法使いだと子供でも借金できるのか、その上で借金取りがつくんだ。
まあ、色々とアルトに問題があって、マイクのような冒険者兼の借金取りがついたらしい。
「マイク、準備は終らせてくださいね」
丁寧で柔らかな天使のような声と裏腹な冷たい眼差しが向けられ、マイクは紐を手に遠くの方へと歩いて行く。
盗賊のマイクは罠を設置するのが野営準備らしい。
「フォル、肉がいい」
「狩りするの?」
突然のわがままにフォルが周囲を見回すが、昼間の歩いていた時ですら動物を見なかったのに今から探して狩りができるものなのか?
「う~ん」
普段はアルトのわがままもなんでも聞いているフォルも、困ったように辺りを見回す。
「干し肉飽きた」
「それもそうだね。もう半月は…」
フォルも思うところはあるようだが、思ったところで獲物はいない。
「ん?」
そう会話している横で、ぬっとトカゲのようなものが差し出された。
「アレク?」
無言でトカゲを差し出していたのはアレクで、途中から見なかった気がしていたが、狩りをしていたのか。
「トカゲ…」
「栄養あるよ。この付近では一番のごちそうなんだよ」
当然のようにフォルが答える。
うん、わかっている。
そこいらに都合良く豚や牛がいるわけない。
トカゲだろうがヘビだろうが、虫だろうと食えるものは食わないとならないぐらいは、わかっているんだ。
でも、日本生まれの日本育ちにはいきなりトカゲは固まる。
アルトとルイスの氷点下の眼差しももうスルーできる。
「大丈夫、大丈夫だ。生きた動物を捌くのも慣れないと…ならない…よな…」
「古代人って、何食べてんだ?」
「平成日本では、肉も野菜も店で売ってたんです。一般人は、自分では捌くことはないんだ」
「店?」
マイクが不思議そうに聞き返してきた。
「俺の住んでいた日本は、荒野はない。地平線もないんだ」
俺は北海道の生まれだけど旭川は山に囲まれた土地なので、地平線は知りません。それでも広いから地平線らしきものはあったと思う。
少なくとも、今目の前にある地平線と空の境目が色な景色はないな。
「日本?」
知らないも仕方ないのか…ギルドの創始者は日本人なのにな。
「東にある島国だよ」
「大陸の東、ニンジャやサムライの国か?」
唐突に、今までにない楽しげな声音でアルトが聞き返してきた。
「ん、まあ、そうだ」
この時代でも外人のニンジャ好きは健在か?
というか、リアルに居るのかニンジャが、ファンタジーなリアルニンジャが、ありがちなサムライが居るのか?
「なのに、お前は…」
言いたいことはわかるが、外人の思うニンジャは居ないぞ。この時代のニンジャがどんなものかは知らないが、外人の望むニンジャ は今も昔もファンタジーだ。
「ニンジャを見たことがあるのか?」
珍しくルイスも話かけてくる。
「まあ、あるといえばあるけど…」
時代村に行けば居るよな… まあ、本物じゃないけどさ、外人の思うニンジャじゃなく、アルバイトな忍者だろうけど。
「ニンジュツは知ってるのか?」
「知ってはいるけど見たことないな…テレビで見たぐらいだ」
確実にこいつ等の言うニンジャはよくある外国映画にあるニンジャだ。
どんだけ万能なんだよと、俺もガキの頃に信じていたファンタジーの塊の方だ。
リアルファンタジーの世界でニンジャ、もはや魔法のようなニンジュツを使うニンジャ。
何それ、俺も見たい。
「どんなニンジュツを見た?」
「えっ…と、火を吹いたり、水の上を走ったり、変化したり、とか…」
明らかに求められているのはこういうニンジャなので、つい少年漫画で見たニンジャを口にする。
現代に居るニンジャよスマン。
もし会うことがあったら、それは昔の話としてフィクションと扱ってくれ。
「あれは、ニンジャはでかいガマを使役をしていたんだろ、それは見たか?」
「ないな。あれはニンジャの秘伝だろうから、一般人は見たことないだろうな」
居ないよそんな不思議生物。
俺の内心を読んでそうなルイスですら、俺の話を信じているようだ。
フォルは相変わらず笑顔のままでわからないし、アレクは無表情すぎて何を考えているかわからないが、俺の話を疑ってはいないようだ。
まあ、ただ単純にニンジャのことを詳しく知らないだけだろうが、現代まで生きているニンジャの方には、昔のことなので個体差とでも思ってもらいたい。
絶対に、リアルファンタジーの現代の方がトンでもニンジュツがあるだろうしな。
魔法使える奴等が、ニンジャにどんな夢見てんだろな。
「そうか、ニンジャは居るのか…東に行くのもいいな」
ぽつりとアルトが呟く。
このパーティーの行動基準はこいつだから、このまま東に、現代の日本に行くのか?帰れるのか?
いや、今さら帰っても日本はないかも知れないし、誰か居る訳でもないが、でも俺の家族もどこかに眠っているのなら日本の可能性が高いよな。
こいつ等がどんな実力をもっているかは知らないが、この世界で一人旅はできない俺としては、こいつ等と居るのは帰れるチャンスなのかも知れない。
ギルドとやらにいってどうなるかもわからないが、こいつ等と一緒に行けるならいいんじゃないだろうか。
そう考えた自分を後に後悔していいのか、褒めるべきなのか、どちらにしてもチートって怖い。
チートは、よくも悪くも主役で、世界のど真ん中に位置するものだと思った。
ラノベ的展開は、チートだからこそ引き寄せるものなのだと思いしることとなる。
まあ、どちらにしても脇役は見ているだけでしかないんだよな。
ごく平凡な日本の高校生だ。
好きなものはゲームにラノベ、ややインドア派ではあるが超健康体で、よくわからないが国のなんかわからないプロジェクトで呼びだされたまでは覚えている。
そのビルには俺以外にも人は居たし、どうやら家族単位で呼びだされていることもあるようだが、俺の家族はこの会場には居なかった。
ただ、俺の記憶はここで終わっている。
次に目覚めた時、俺は一人で廃墟に居た。
地震で目覚めた俺は、慌てて起き上がったが、そこは俺の部屋ではなく薄暗い廃墟で、考える暇もなく地震に押され近くにあった俺の荷物と服を抱えて走った。
ようやく外に出た時、自分が真っ裸であることに気付いたので抱えていた制服を着替えて一息ついた時、自分が荒野に居ることに気付いた。
「ここどこ?」
少なくとも日本じゃないよな。
赤茶けた土は日本じゃ見ないし、遠くに見える木は日本じゃ見ない広葉樹だよな。
自分が出て来た場所はさっきの揺れで埋まったようだ。
「えっ、と…何これ…」
頭に異世界召喚などというラノベの内容がよぎるが、何か違う。
「お前、何?」
不意の声に周囲を見回すが誰も居ない。
「どこ見てんだよ」
「はっ」
足元で声がした。
「誰?」
やけに小柄な小学生?が立って居た。
ただ日本人ではないな。でも言葉が通じてるよな…ちゃんと言葉は理解できる。
それにしてもこいつは一メートルあるのか?
細いしちっちゃい、赤茶色の長髪を束ねていてフード付きの短衣にブーツと変な格好をしている。
どんぐり眼は青緑、色白で北欧なんかの血筋か多分男の子だろう。
気のせいかこいつの耳が尖ってないか?
「お前、大丈夫か?」
心配というより警戒。
あからさまに異端なモノを見る目で見据えてくる。
「あ、いや、俺は…」
小学生相手におかしいかも知れないが、間違えば確実に殺されるような気がした。
目の前のガキは普通じゃないとわかる。
格好が変だというレベルではなく、存在が底知れないと感じる。
「お前、何?」
腰に手を伸ばす。
ベルトに提げられているのは銀色の杖と鞭、子供は迷うことなく馴れた手付きで鞭を掴み俺に打ち付けてきた。
咄嗟に身をよじってかわしたけど、風が髪の先を散らしたぞ。
鞭のイメージって叩くだけど、何これ、切れるのか。
「チッ」
舌打ちして子供は手首のスナップだけで鞭を引き戻す。
使い馴れた動きで再び俺を狙うよ。
これ逃げた方がいいのか?それとも説明をすべき、まず話を聞いてもらってからだろう。
いきなりバトルなんて、今まで読んだ話にはなかったぞ。
「動くな」
鋭い声に押されるように体が勝手に逃げた。
子供の方も逃がしてくれるつもりはないのだろう、鞭が追ってくる。
今、石が割れた。
鞭って石も割れるのかよ。
「チョロチョロと!」
声が怒ってるな。
もう無理、話合いは無理。
「あれっ」
不意に背後で間の抜けた声がして首だけで見ると、子供の足元が崩れたのか大きく体勢が崩れて膝をついている。
逃げるチャンスと思えば、子供の服のフードから何かが飛んできた。
「ぴぃ」
小さな悲鳴のような鳴き声に反射的に身を乗り出して受け止める。
「ぴっ」
手の中におさまるというか、手の平より少し大きなゼリーのような物体。
青い透き通ったゼリー状のまんじゅうが鳴き、ぱちくりとゴマのような目が瞬く。
「何これ、スライム?」
まず思いついたのはゲームによく出るザコモンスターだが、なんか可愛い。
ぷるぷるのゼリーがくりっとした目で見上げてくるが、うん、可愛い。
「ぽむ」
子供が声を上げると、スライムは身をよじって子供の方に目を向ける。
「ぴぃ」
口も何もないのに鳴いているな。
「えっと…ペット?」
スライムを子供に差し出すと、スライムはぽむっと弾んで子供の肩に乗り、フードの中に潜り込む。
あ、うん。
ここは日本じゃないな。
それ以前に地球でもないのか、ここはやっぱり異世界なのか…ラノベにありがちな展開ではないけども、俺は別の世界に来ちゃったのか。
「お前…」
鞭を手にしたまま子供が睨み付けてくる。
少しばかり表情が柔らかくなった。
全面に不審の文字が見えるが、先程までの警戒が少し解けたようだがまだ不審人物ではあるようで、俺を見据えたまま鞭を握る手は緩めてくれない。
「ここに居たの?アルト」
背後からの声に心臓が跳ねる。
柔らかくやや低めの声がイケメン。
「フォル」
子供の方が声を返す。
俺の横を通り抜けたのは俺とそう背丈の変わらない男。
格好は子供以上にファンタジー系で、肩と胸に甲冑をつけ腰に長剣を下げている。
長めの栗色の髪は前髪だけ赤く額に紐を縛っている。
「えっと…」
まるで俺が見えなかったように通り抜けて子供に寄る。
「…フォル」
子供の方が何か言いたげに俺を指差すと、男はようやく気付いたというふうに肩越しに俺に目を向けてきた。
一言で言うと美人。
緑の大きめの瞳が特徴的な美少女。
ンン?確かに男なのだがパッと見は美少女にしか見えない。
それでも不自然に見えないのは細身の体格のバランスの良さか、ファンタジー的な何かなのかはわからないが、ともかくこれぞ王道といった美形剣士。
じっとこちらを見てこられると何か気恥ずかしい気がしてくる。
暫くは俺を見つめていたと思うと、ふわりと花が咲くようなという表現が似合うような笑顔で向き直る。
相手は男とわかっていてもドキリとする表情。
「こんにちは」
柔らかな声で微笑む。
「どちらさまですか?」
「俺は…天馬朔と言います」
とりあえず名乗ってみると、子供の方も軽く首を傾げた。
「ほうほう、お主は古代人か?」
子供でも男のものでもない声があり得ない台詞が聞こえた。
辺りを見回して見るが目の前にはこの二人しか居ない。
「古代人?」
子供が単語を繰り返して俺を見上げてくる。
「確かに珍しい格好で、間の抜けた奴だけど」
じろじろと値踏みするように見回して、男の肩の辺りに視線を向ける。
そこにあるのは人形か、白いローブに茶色のカソックのように服装の人形が座っていた。
「古代人…ところで、裸足で痛くはないの」
男が俺の足元を示して言うので、ようやく気付いた。
今まで地震に驚いていたから気付いてなかったが、うん、靴がなかったのか。
服を着た時でも気付いてなかった。
「痛い」
「そう」
マイペースに男は話を進めて背負っていた袋から布の靴を差し出す。
「?」
「背丈があまり変わらないからサイズも近いだろう。まだ履けるだろうからどうぞ」
「あ、どうも」
靴がないと歩けないので素直に受け取る。
「テンマサク、お前が古代人ならここは遺跡なのか?」
「なんでフルネーム?遺跡?」
どこに驚いて、どこからツッコミを入れればいいのかわからない。
「テンマサクって名乗っていただろう」
「いや、サク・テンマって名乗っていればいいのか?」
見た目で日本人じゃないし、一つの名前と思ったのか。
「僕はフォル・レイラー」
にっこりと笑顔で男が名乗り、子供は不審そのままの表情で見上げてくる。
「この子はアルト・ジャン。フードの子はぽむで、彼がロトレード・レッシィ」
そう言って示したのは肩の上の人形。
「儂はロトでよいぞ」
先程の声が人形の口からこぼれた。
もぞりと立ち上がった人形は、手にした銀色の杖に乗ると俺の目の前まで浮かび上がった。
えっ、何このファンタジー。
一瞬、俺の意識が遠退きかけた。
おおよそ二万年前に、大災害と呼ばれた災害だが戦争だがで俺達の世界は滅んだらしい。
その後、世界は蒼き龍神王と紅き邪眼の邪神の二柱により戦いの後、蒼き龍神王の勝利により世界は人族が治める現在になったという。
蒼き龍神王も深手を負い眠りについたため、世界は八柱の神に守られているという。
世界が滅んだだの、ありがちな神話のことは何このファンタジーで聞き流していたが、ロトの次の説明に目を見張る。
「時折、お主のような古代人が現れるのだよ」
「現れる?」
「うむ。今の世界は神に守られた世界だが、世界の形を作ったのは古代人かも知れないのう」
「このファンタジー的な…」
「一万年ほど前、東にある聖王都アルトシスに五十人ほどの科学者が現れたのだよ。彼等は大災害を生き延びるために眠りにつき、そして目覚めた言うのだ」
「冷凍睡眠ってやつかな」
そういう技術はすでにあるというから、俺は覚えてないが俺も寝てたのか?
「その科学者の中の一人、後に冒険者ギルドの創立者であるサトル・タチカワがこう残している」
「ん?」
「そう。彼はこう残している。何これファンタジー、これぞリアルTRPG。と」
うん。日本人だな。
間違いなく日本人。
「えっ、マジでか」
「うむ。ギルドの創始書にはそう記されているな…古代人の大半は理解するが、やはり意味はわかるのか?」
「…まあ~あってないようなものだ」
古代人は誰でもわかるって、日本人じゃなくてもか、どこまで世界的なんだか日本サブカルチャーは。
TRPGは日本だけのものじゃないか、うん、まあわかった。
冒険者ギルドがすごく馴染み深く感じたのはわかった。日本のゲームだ。
普通にロープレだ。
色々と制限はあるみたいだけど、冒険者ギルドは話を聞く限りとレベル制ロープレゲームだ。
モンスターを倒したり、仕事をしたりで経験点を得てレベルアップというわかりやすいロープレ。
元々、こいつ等はあの付近を根城にしている盗賊退治に雇われた冒険者で、俺も盗賊の仲間と思ったから攻撃してきたらしいが、アルトの性格から面倒だったからだろうな。
「さて、問題はこれからのことなのだがのう」
テーブルの上をちょこちょこと歩きながらロトが俺を見上げてくる。
先程から話をしているのはロトぐらいで、アルトは俺に興味がないらしくこの場にも居ないしフォルは別室で仕事終了の話をしている。
他に三人居たが、アルトを一人しておくのが危険とかでマイク、アレクという男二人がついていった。
残る一人の俺の前の席で座ってはいるが、会話はロトに任せきりだ。
おのずと話をしているロトを目で追っているのだが、時折視界に入るもう一人にロトとは違う意味で「何これファンタジー」と思ってしまう。
一言で言うなら天使のような少年。
中学生ぐらいか、柔らかそうなウェーブのかかった金髪にサークレット、白い肌に大きな青い瞳をしたいかにもな美少年。
白いタートルネックのシャツにショートパンツにマント、ロングブーツも白で統一して銀のハープを手にした姿はファンタジーそのものだよな。
うっかりとじろじろと見ていることに気付かれると、これまた天使のという表現が似合う微笑みを浮かべて俺を見てきた。
「不躾に人を見るのは止めてもらえませんか。珍獣に観察される趣味はないので止めてください」
うん。
「言葉の理解できない訳ではないのでしょう。古代人は頭が良い方ばかりではないのはわかりました」
なんとなくでロトを見ると、聞き間違えた訳ではなく、妙に生暖かい目で見上げきていた。
天使の外見をした悪魔だったようだ。
「とりあえず、この村にはギルドの支部がない。古代人が見つかった時には、ギルドが世話をすることになっておるからのう」
「ギルドの創立者からして古代人ですし、後の世に現れる古代人を保護してこの世界で暮らせるようになるまではと、今までは色々と世界を良くする知恵を持つ古代人ばかりでしたが…」
天使じゃない、ルイス・ガーナ十四歳が意味ありげに俺を見てから、しみじみとため息をこぼしてくれる。
「ルイスは吟遊詩人ゆえに、古代人に夢を持っていただろうからのう」
ロト、それはフォローじゃない。トドメだ。
「この村の付近に、俺が寝てた遺跡があるんだよな。なら、他に誰か居るんじゃないか?」
そして、その誰かが学者とかならルイスも喜ぶのだろうか。
「それはないのう」
「?」
「遺跡はあるのだろうが、古代人はまず居らぬよ」
「なんで?」
あそこが冷凍睡眠していた場所なら、俺以外にも人が居ないなんてことはないはずだ。
俺一人で冷凍睡眠って、コスト的にもおかしいだろう。
「それがのう。始まりの古代人以降は、多くても一度に五人ぐらいしか現れぬし、古代人の大半は目覚めた時のことも覚えておらぬな。目覚めた遺跡を探しても他に古代人が見つかったという記録はないからのう」
「へ?」
そういや、俺は地震に驚いて飛び出したが、誰かは見てないしあの部屋に俺が寝てたカプセルみたいなモノ以外は何もなかったよな。
自分の荷物と服があったから深く考えもせずに持ってきたんだよな。
足元に置いたリュックに目を向ける。
間違いなく俺の荷物だ。
昨年買った通学用のリュック、そういやこれも何万年も経っているはずなのに、俺の記憶通りに変わらないリュックだ。
俺自身は冷凍睡眠で変わらないとしても、このリュックや服は劣化するモノだろうに、普通に記憶と同じものだ。
物まで完璧に保存できる技術なんかあっただろうか、だいたい、なんで俺は目覚めたのか覚えてない。
気付いたらこの状況だ。
「これもサトル・タチカワの言葉だが、これはゲームではない。全ては決められたことではなく、決めるのは自分だけだと」
「あ、うん?」
よくわからないが、ゲームではないのはよくわかる。
壮大なドッキリにしてはいくらなんでもロトはロボットには見えないし、この状況も無駄に凝りすぎている。でも決められたことではないとはどんな意味だ?
「まあ、古代人全てが優秀であった訳ではないらしいぞ。中には、この世界に馴染めずに遺跡に戻っていった者も居るらしい」
だから、それはフォローじゃなくてディスっているだけだ。
「戻っても無駄だろうに、俺達の世界はなくなっているんだよな」
実感はないが、昨日までは普通に学校に行っていたし、普通に家族団らんをしていたんだよ。
そういや、父さんと母さんは大丈夫だったのかな…病気で苦しく逝ったとか、俺がこんなことになっているのを知らずにとかはないといいが、もうわからないよな。
「古代人はおおよそ二億人ほどが眠りについていて、主に技術方面以外は家族単位で眠りについているという話だぞ」
ロトの言葉に目を見張る。
それって、俺の家族もどこかで眠りについているかも知れないってことか、俺以外にも誰かが居るってことだよな。
「他にも人が居るのか…どこかに、俺の家族も居るかも知れない?」
「そうかも知れぬのう」
ロトが手にしている杖に座ると、ふわりと俺の目の前にまで浮かび上がってきた。
ロトが握れるほど細い杖はロトの背丈よりも長く、先端には青い石がはまっていて、それが淡く輝いていることから浮かび上がっているのも魔法なのだろう。
この世界には普通に魔法がある。
俺達の世界が滅んだ後の世界が、リアルファンタジーの世界になるとは、事実は小説より奇なりを経験するとはな。
しかも、この世界は俺達の時代の人類の知恵も得ているからか、剣と魔法と科学のファンタジーで、リアルTRPGで何これファンタジーになってしまっている。
「ですが、この三百年ほどは古代人が見つかったという話は聞かないですし、三百年ぶりの古代人があなたというのもなんですか、まあ…」
天使の容貌で微笑みながら、ルイスが意味ありげに俺を見てくる。
言外に言いたげな毒がすごく透けていて、隠す気がゼロだよ。この子。
天使の外見で悪魔だよ。
俺が言いたいことを我慢していると、通りすがりらしきマイクが、心底憐れむような目で俺を見ていった。
うん。お前も苦労してそうだな。
年齢的には一番年上らしいが、一番立場が弱いのはすぐにわかった。
「お待たせ、話はどこまですんだかな?」
にっこりといい笑顔で、背景に花畑でも見えそうなぐらいの能天気な笑顔でフォルが話に入ってきた。
いい香りのする紅茶らしき飲み物のカップを人数分を持って来ている。
「話は終わったのか?」
ロト用の小さなカップの前に降りて、フォルを見上げる。
「うん。盗賊退治の方はね。でも、サクに関しては僕達に任せるしかないみたい。彼を預かる余裕もないみたいだから、報告がてらに連れて行くしかないね」
フォルはニコニコと言う。
俺ってお邪魔虫?
「この村は本当に困っていますからね。僕等の方が食料を用意するほどですし、無駄な食い扶持なぞ、ですよね」
実に容赦のないルイスの評価で事情はわかったが、もう少し、いやかなりオブラートが欲しいものだ。
外見に見合う優しさが欲しい。
「まあ、よいのではないのか」
ロト用であってもかなり大きいカップを両手で抱え、香りを楽しみながらロトが言う。
うん。言動はともかく、かわいいよな。
小人の漫画とかでは思わなかったが、この間近で見ると動きがかわいい。
いちいちちょこちょこと動くのはかわいい。
「気持ち悪いですね」
僕の視線に気付いたルイスが容赦ない台詞をくれる。
オブラートください。
まあ…オブラートがなんなのかはよくわからないが、親父がよく口にしていた。
「僕も断る理由はないし、ギルドのある町まで五日ほどだし、君は大丈夫かな?」
「多分……わからないけど、大丈夫だとは思う」
素直に言うと、ルイスに笑顔で冷ややかな視線を向けられたが、フォルとロトは静かな視線を向けられた。
「えっと…」
「いやいや、素直で良いのではないのかな」
ロトはどこか年寄りのような仕草で杖を手に立ち上がる。
フォルは当然のように手を差しだしてロトを拾い、その肩の上に乗せる。
「無理だの無茶だのと言われても、着いて来てもらいますので、まあ、君が倒れてもマイクに持たせますけど」
「俺かよ!」
通りすがりのマイクが声を上げるが、ルイスは相変わらずに微笑んでいるだけで、フォルとロトは馴れているのかどこか微笑ましそう微笑んでいるだけだった。
このメンツにツッコミは居ないようだ。
「さてはて、アルト、明日には村を出るから」
あぐあぐと随分とでかい干し肉らしき物体をくわえているアルトが頷く。
フォルがリーダーではあるが、基本最終的な決定はアルトがしているようだ。
元々目的地を持たない根無し草の彼等は、アルトが行きたい方にフォルが付き合うという形で成り立っているらしい。
ロトは一人旅の途中でフォルに拾われた(物理的に)のでそれに付き合い、マイクは仕事上アルトに付き合わないとならないのでほぼアルトの行きたい方が目的地。
アレクは目的地がないので一緒にいるだけ、ルイスも一緒に行動するようになったので、成り行きでパーティー登録しているらしい。
根無し草同士が仲良くというか、都合上一緒にいるパーティーということらしい。
「明日か、今でもいいけど」
「今からだとすぐ野宿だから、ベッドの方がまだ休めるだろうから」
フォルがのんびりと僕を見てくる。
アルトとルイスが冷ややかな視線を向けてはくるのだが、フォルが穏やかな微笑んでいるためか二人は何も言わずに頷く。
マイクは何も言うことはないし、アレクはずっと黙っているだけだ。
正直、彼の声は聞いていない。
ハーフエルフだからか、小柄な彼はずっと黙ったままでいる。
その美貌に似合わずひっそりと影のように佇んでいるだけだ。
影のようにというにはまあその美貌は目立つが、このメンツでは存在感が薄いんだよな。
「それもそうか…ならご飯にしよ」
でかい干し肉をかじりながら言うのをフォルは軽く頷く。
他のメンバーは動く気配がないから食事はフォルが作っているようだ。
ロトはわかるが、ルイスは料理できそうなのにな。
「何か?」
俺の視線に気付いたのか、笑っていない笑顔で訊いてきた。
「なんでもないです……俺は手伝って来よう」
この世界で生きて行くしかないのなら、台所の使い方なんかは知っていた方がいいし、ルイスと向き合っているのはなんかきつい。
「フォル、手伝いついでに使い方を教えてくれるか?」
台所に行くと、ファンタジーというより昭和といった感じの台所があった。
見慣れたシステムキッチンではなく、台所って感じの造り。
炊事があって、ガスコンロがあって、冷蔵庫が並んでいる。
「冷蔵庫?」
白い箱が壁に立っているぞ。
「冷蔵庫?」
フォルが聞き返しつつ、白い箱を示した。
「保存ケースのことかな?」
「保存ケース?」
「うん。食料保存ケース。まあ…使ってないから今は冷えてないけど」
「普通に冷蔵庫か…まあ…便利な物はあって当然だよな…」
生まれてこのかた冷蔵庫のない生活なんてしたことはないが、やはりないとなると困るのはわかる。
「ガスコンロ?」
形はガスコンロだがホースなどはなくただらしき物だ。
「ガス…古代ではガスを使っていたらしいね。今はこれが燃料だよ」
フォルが革袋を取り出すと、中から小石ほどの多角形の水晶を出して見せる。
「?」
「魔素水晶」
「マナ・クリスタル?」
ファンタジーな用語がでてきた。
「文字通り魔力を結晶化した物だよ。元々は魔法を失敗した産物だったらしいけど、こうして結晶化できるようになってから、魔道学に使えるようになったらしいね」
魔道学が魔法と科学の合体版の名称らしい。
フォルは赤い小粒の水晶をコンロの中に入れるとスイッチを入れる。
炎を確認してから鍋を置いて水を入れる。
水道も俺の知る構造ではないんだろうな…こんな砂漠みたいな場所で普通に水が出るのも不思議だよな。
さすがに剣で料理というわけではなく、包丁で干し肉を削り、キノコや葉っぱを入れると塩で味付けしている。
基本、保存食料だけしかないから煮るのがポピュラーなようだ。
スープと乾パンみたいな物がご飯か、慣れるかな…俺。
ランプの中で揺れているのは火ではなく白い灯りで、よく見ると白い水晶が光っている。
蛍光灯などに慣れている身には暗いが、停電中のロウソクよりははるかに明るい。
少なくとも日記を書く程度には十分だ。
外は真っ暗で星がよく見える。
少なくとも知っている星座はない気がする。
夜は静かだ。
というか、皆夜が早い。
暗くなったと思ったらすぐに寝るみたいな。
田舎の生活みたいな。知らないが、翌日の準備をしておやすみか…まあ、やることがないから俺も日記を書いたら寝るしかないんだけど、うん、今にしてラノベの主役ってすごいよな…俺には不安しかない。
明日から、旅か…気が重い。
もう寝よう。
おやすみなさい。
「朝だ」
容赦のない重みに目を開けるとアルトが俺の上に居た。
小さいからそこそこな重みだが、顔を見ると夢じゃなかったと思わずため息がこぼれる。
「起きろ」
ドスっと体重をかけられて一瞬息がつまる。
文句を口にしかけたが、冷めた眼差しとともに杖に手が伸びそうな気配に慌てて起きた。
ガバッと起きたが、アルトは早々に俺の上から降りていた。
杖の上から手を離していたが、舌打ちが聞こえたぞ。今。
「ぴっ」
フードから目が出てぺこんという感じで引っ込む。
ペットはいい子だ。
学生服の上にマント、そしてリュックと普段ならマヌケなコスプレ状態を確認してから、皆の所に行くと、全員いかにもな旅支度で朝食を準備していた。
昨晩と同じような物なのは仕方ないんだろうな。
「おはよう。よく眠れた?」
フォルがほんわかとした雰囲気で訊いてくる。
「あ、うん。おはよう。大丈夫」
眠れたといえば眠れたが、夢じゃなかったのはちょっと残念と思った。
「今日から野宿となるだろうから、しっかりと食べておくのじゃぞ」
トコトコと近付いて来たロトが見上げてくる。
「本当に、足手まといなのですから、せいぜい頑張ってくださいね」
朝から天使の笑顔で毒を吐いてくれる。
マイクが不憫な表情を向けてくる。アレクは無表情で食事をしているだけだ。
「サク、お茶はいる?」
にっこりとフォルが不満げな空気など気にせずに訊いてくる。
相変わらず背後に花畑でもありそうな雰囲気だ。
「ありがとう」
「儂にも頼む」
ちょこんと目の前に座ったロトが声をかける。
俺にお人形趣味がないが、やはり目の前に居るとなると可愛いな。
ぽよんと音がすると、ぽむがテーブルの上でビスケットを食べている。
スライムというとザコキャラで経験値の素というイメージだが、こう見ると可愛い。
じっと見ているとびくっと跳ねてアルトのフードの方に隠れ、アルトがきつい眼差しを向けてくる。
俺、何もしてない。
「大丈夫だよ。ぽむ」
ほんわかとしたもはや異次元でも作っていそうなフォルが声をかけると、ぽむも目だけを出して見てくる。
驚かせないように手を振ると、フードに隠れながらもご飯は食べているようだ。
「大丈夫。もう君のことは怖くないと思う」
「あ、そう」
よくわからないが、認められたのだろうか。
旅は過酷だ。
砂漠というか荒野ではまず日差しがきつい。
日陰がない上に風もない状態が本当にきつい。
熱中症という言葉は聞いたことぐらいで実際に体感したことはない。だから、無駄にきつい。
日本生まれで科学育ちのインドア派の俺にはすこぶるきつい。
「大丈夫?」
フォルが隣から声をかけてくるが、返事する気力もない。
日差しがきついからか、全員フードなりで日除けをしているが、汗だくの俺と違い涼しい顔をしている。
アルトにいたってはフードにぽむがいるからかフードをかぶってない。黒髪のくせしてこの日差しが平気なのか、暑くないのか、平然としているぞ。
「アルト、彼にも頼めるかな?」
俺を覗き込んだフォルが声をかけると、アルトは心底嫌そうな表情で俺を見てくる。
「足手まといどころではなかったですね」
表情も声音も天使なのに内容が毒なルイスの蔑んだ視線が痛い。
「こいつが倒れると面倒だぜ」
マイクが口を挟むが、冷ややかな視線がさらに冷たくなる。
確実に、俺が倒れると面倒をこうむるのはマイクで、それをわかった上での発言に二人が先に牽制したのだろう。
俺以上にマイクに対して容赦ないな。
「うむ。古代人は弱いと伝えられるが、本当に弱いのう」
ひょいとフォルの肩から俺の頭に移ったロトが杖を頭に立てる。
地味に痛い。
杖が細いから意外と刺さる。
「とりあえず、体力を戻すかのう」
トントンと頭の上で杖を叩く。
意外と靴底が硬いな。体重が軽いから痛くはないが、土足で頭の上に居られるのもあまり気分は良くないな。
文句言う気力もないが…文句を言える立場でもないしな。
「ロトがやることもない」
アルトがしぶしぶと近付いてくると、腰から杖を取ると俺の顔に突き付けてくる。
「はひ?」
反射的に恐怖で身を縮めるが、まだ頭の上にロトの重みがあるから攻撃はないよな。
いや、攻撃を喰らった終わるんだけど。
アルトはしぶしぶに、心底しぶしぶという調子で口の中で呪文を呟くと杖先に青白い結晶が出来上がる。
「〈付与〉 光、水、風」
結晶の中に白、青、緑の光が生まれたと思うと、俺の目の前で砕けて光が体を包むと、先ほどまでの暑さが嘘のようにひいていった。
「?」
「付与魔法じゃよ」
頭の上でロトが言う。
「効果は術者次第だが、アルトならば一日はあるだろう」
頭の上の重みがなくなったと思うと、杖に乗ってフォルの肩の方に戻っていった。
土足といってもロトは自分で歩かないからまあいいか…それにしても、アルトが平然としているのは慣れるとかじゃなくてこの魔法の効果なのか、便利だな魔法。
日射病もあるからマントは頭の上にかけたままにして、アルトの歩幅に合わせた歩きに続く。
アルトが普通に子供の歩みで良かったと思う。
日が暮れる頃でも過ごし易いままで良かったが、体力が持つわけでもなく、野宿場所を決める頃にはマイクに担がれていた。
盗賊という職業柄か、ロトを除いては軽装だからという理由だったが、単に立場が弱いからだろうな。
まあ、フォルはロトに荷物も多いから気が引けるし、アルトとルイスは子供だから無理だろうし、ロトは論外。アレクも小柄だから無理だろうから仕方ないよな。
敷物の上で転がるしかない俺は野営の準備を眺めるしかない。
フォルはすぐにたき火の準備をしてまた魔素結晶の赤で火を着けている。
色が属性なんだな。
昨日より結晶が小さく見えるのも気のせいではなく、使った分は減るようだ。
「だいぶ小さくなったね」
アルトがフォルの手元の結晶を示す。
「そうだね、後五回ぐらいかな」
「作る?」
アルトが杖を手に取るが、フォルはまだ大丈夫と断っていた。
「あれって、アルトが作るのか?」
「そりゃ魔素結晶を作るのは魔法使える奴だけだろ。あいつも大人しく魔素結晶職人にでもなってくれたら、俺も楽なのに」
マイクがしみじみと呟く。
マイクはアルトの借金取りというが、この時代は魔法使いだと子供でも借金できるのか、その上で借金取りがつくんだ。
まあ、色々とアルトに問題があって、マイクのような冒険者兼の借金取りがついたらしい。
「マイク、準備は終らせてくださいね」
丁寧で柔らかな天使のような声と裏腹な冷たい眼差しが向けられ、マイクは紐を手に遠くの方へと歩いて行く。
盗賊のマイクは罠を設置するのが野営準備らしい。
「フォル、肉がいい」
「狩りするの?」
突然のわがままにフォルが周囲を見回すが、昼間の歩いていた時ですら動物を見なかったのに今から探して狩りができるものなのか?
「う~ん」
普段はアルトのわがままもなんでも聞いているフォルも、困ったように辺りを見回す。
「干し肉飽きた」
「それもそうだね。もう半月は…」
フォルも思うところはあるようだが、思ったところで獲物はいない。
「ん?」
そう会話している横で、ぬっとトカゲのようなものが差し出された。
「アレク?」
無言でトカゲを差し出していたのはアレクで、途中から見なかった気がしていたが、狩りをしていたのか。
「トカゲ…」
「栄養あるよ。この付近では一番のごちそうなんだよ」
当然のようにフォルが答える。
うん、わかっている。
そこいらに都合良く豚や牛がいるわけない。
トカゲだろうがヘビだろうが、虫だろうと食えるものは食わないとならないぐらいは、わかっているんだ。
でも、日本生まれの日本育ちにはいきなりトカゲは固まる。
アルトとルイスの氷点下の眼差しももうスルーできる。
「大丈夫、大丈夫だ。生きた動物を捌くのも慣れないと…ならない…よな…」
「古代人って、何食べてんだ?」
「平成日本では、肉も野菜も店で売ってたんです。一般人は、自分では捌くことはないんだ」
「店?」
マイクが不思議そうに聞き返してきた。
「俺の住んでいた日本は、荒野はない。地平線もないんだ」
俺は北海道の生まれだけど旭川は山に囲まれた土地なので、地平線は知りません。それでも広いから地平線らしきものはあったと思う。
少なくとも、今目の前にある地平線と空の境目が色な景色はないな。
「日本?」
知らないも仕方ないのか…ギルドの創始者は日本人なのにな。
「東にある島国だよ」
「大陸の東、ニンジャやサムライの国か?」
唐突に、今までにない楽しげな声音でアルトが聞き返してきた。
「ん、まあ、そうだ」
この時代でも外人のニンジャ好きは健在か?
というか、リアルに居るのかニンジャが、ファンタジーなリアルニンジャが、ありがちなサムライが居るのか?
「なのに、お前は…」
言いたいことはわかるが、外人の思うニンジャは居ないぞ。この時代のニンジャがどんなものかは知らないが、外人の望むニンジャ は今も昔もファンタジーだ。
「ニンジャを見たことがあるのか?」
珍しくルイスも話かけてくる。
「まあ、あるといえばあるけど…」
時代村に行けば居るよな… まあ、本物じゃないけどさ、外人の思うニンジャじゃなく、アルバイトな忍者だろうけど。
「ニンジュツは知ってるのか?」
「知ってはいるけど見たことないな…テレビで見たぐらいだ」
確実にこいつ等の言うニンジャはよくある外国映画にあるニンジャだ。
どんだけ万能なんだよと、俺もガキの頃に信じていたファンタジーの塊の方だ。
リアルファンタジーの世界でニンジャ、もはや魔法のようなニンジュツを使うニンジャ。
何それ、俺も見たい。
「どんなニンジュツを見た?」
「えっ…と、火を吹いたり、水の上を走ったり、変化したり、とか…」
明らかに求められているのはこういうニンジャなので、つい少年漫画で見たニンジャを口にする。
現代に居るニンジャよスマン。
もし会うことがあったら、それは昔の話としてフィクションと扱ってくれ。
「あれは、ニンジャはでかいガマを使役をしていたんだろ、それは見たか?」
「ないな。あれはニンジャの秘伝だろうから、一般人は見たことないだろうな」
居ないよそんな不思議生物。
俺の内心を読んでそうなルイスですら、俺の話を信じているようだ。
フォルは相変わらず笑顔のままでわからないし、アレクは無表情すぎて何を考えているかわからないが、俺の話を疑ってはいないようだ。
まあ、ただ単純にニンジャのことを詳しく知らないだけだろうが、現代まで生きているニンジャの方には、昔のことなので個体差とでも思ってもらいたい。
絶対に、リアルファンタジーの現代の方がトンでもニンジュツがあるだろうしな。
魔法使える奴等が、ニンジャにどんな夢見てんだろな。
「そうか、ニンジャは居るのか…東に行くのもいいな」
ぽつりとアルトが呟く。
このパーティーの行動基準はこいつだから、このまま東に、現代の日本に行くのか?帰れるのか?
いや、今さら帰っても日本はないかも知れないし、誰か居る訳でもないが、でも俺の家族もどこかに眠っているのなら日本の可能性が高いよな。
こいつ等がどんな実力をもっているかは知らないが、この世界で一人旅はできない俺としては、こいつ等と居るのは帰れるチャンスなのかも知れない。
ギルドとやらにいってどうなるかもわからないが、こいつ等と一緒に行けるならいいんじゃないだろうか。
そう考えた自分を後に後悔していいのか、褒めるべきなのか、どちらにしてもチートって怖い。
チートは、よくも悪くも主役で、世界のど真ん中に位置するものだと思った。
ラノベ的展開は、チートだからこそ引き寄せるものなのだと思いしることとなる。
まあ、どちらにしても脇役は見ているだけでしかないんだよな。
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