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第一章

プロローグ

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 流石さすが7日連続徹夜ななてつはやりすぎだったらしい。

 どこともしれない森のなか。

 目の前には、鉤爪かぎつめの生えた、腕みたいな枝と、目と口のようなうろを持つ、木のバケモノが立っている。

 明らかに幻覚げんかくだ。なにしろ俺は、会社のデスクで睡魔すいまや疲労と戦いながら、ノルマをこなすために残業しているのだから。

 いやあ、睡眠不足ってのは恐ろしいなあ、こんな幻覚を見てしまうなんて。

『OOOOOOHHHH!!』

 参った参ったと頭をいていると、樹液かヨダレか定かじゃない液体を口からこぼしながら、木のバケモノが突進してきた。

 幻覚にしてはものすごくリアルだ。獲物に飛びかかる捕食者そのままじゃないか。正直、ビビる。

 まあ、どうせ幻覚なんだし別にいいか、食われればショックで目覚めるかもしれないし。まだまだノルマは残っているんだ、早く起きないといけないしな。

 なんて思いながら、俺はその場に尻餅をついたまま、うんうん、とうなずく。

 木のバケモノの鉤爪が、俺の体を引き裂く――

 寸前。



「フレイ、『ファイアブレス』だ!」



 横合いから放たれた業火ごうかが、木のバケモノをのみ込んだ。

『OOOOOOHHHH……!!』

 木のバケモノが慟哭どうこくのような断末魔だんまつまを上げる。

 俺は口をポカンと開けながら、気付いた。

 肌をチリチリと焼く、業火の熱。
 鼓膜を震わせる、木のバケモノの断末魔。

 ここまでリアルな幻覚、あるはずがない! 目の前で起きているのは現実だ!

 じゃあ、ここはどこだ? どうして、あんな木のバケモノがいる? 俺はどうなってしまったんだ?

「無事か、ロッド!」

 業火が放たれた方向から、男の声がする。

 そちらに目を向けて、俺はまたギョッとした。

 男が、2足歩行の真っ赤な恐竜を連れていたからだ。

 常識ばなれした出来事の連続で声を失う俺に、男が続ける。

「まったく! 森にはモンスターが生息しているんだから、『従魔じゅうま』も連れずに入るなんて自殺行為だろう!」

 男のセリフに、俺はハッとした。

 このセリフ、聞き覚えがあるぞ! それに、いま気付いたけど、このひとが連れている恐竜と、俺を襲おうとした木のバケモノも、見たことがある!

 まさかと思いながら、俺は近くにあった泉に駆けよって、自分の顔を映してみる。

 黒い短髪に、黒い切れ長の瞳。

 シュッとした顔立ちは、『爽やか系イケメン』と呼んで申し分ない。ぽっちゃり系な俺の、とは雲泥うんでいの差だ。

 この顔、間違いない! 『ファイモン』の主人公、『ロッド・マサラニア』だ!

 ここまできて、俺はようやく事態を把握はあくした。

 俺は、ファイモンの――『ファイティングモンスター』の世界に転生したんだ!




 ファイティングモンスター。通称、ファイモン。

 世界中で大人気の、モンスター育成系RPG。

 プレイヤーは、モンスターを使役する『従魔士じゅうまし』となり、育成したモンスターを用いて戦う。

 登場するモンスターは、なんと600種類以上。

 倒したモンスターは新たな仲間――『従魔じゅうま』として使役することができ、コレクター要素も売りのひとつになっている。

 また、オンライン通信により、別のプレイヤーとの対戦や、タッグプレイ、パーティープレイ、従魔の交換も可能。

 すでに8シリーズ発売されていて、あまりの人気に国際大会が開催かいさいされるほどだ。

 俺もまたファイモンのヘビーユーザーで、シリーズ1作目から楽しませてもらっている。




「どうした、ロッド? 狐につままれたような顔をして。『フレンジートレント』に襲われてほうけているのか?」

 俺がファイモンの概要がいようを思い出していると、真っ赤な恐竜――おそらくは『フレイムサウルス』――を連れた男が声をかけてきた。

 俺がロッドだとすると、このひとは多分……

「な、なんでもないよ、オーグさん!」
「……本当にどうしたんだ、ロッド? 実の父を『さん』付けなど……頭でも打ったのか?」
「いや、本当になんでもないって!」

 いぶかしげに眉をひそめるロッドおれの父親、オーグさんに、俺は、あははは、と誤魔化ごまかすように笑う。

 笑いながら、俺は現状を整理する。

 ここがファイモンの世界だとしたら、俺がいるのは『レドリア王国』にある『トキルハの森』か。

 オーグさん――父さんが倒したフレンジートレントは、手のひらサイズの結晶、『魔石ませき』になっている。ファイモン最新作のオープニングイベントそのまんまだ。

 おそらく、これはラノベやマンガでよく見る異世界転生で、現実世界の俺は死んでしまったのだろう。

 たしかに死んでもおかしくない仕事量だったけど……マジで死んじまったのかよ、俺……。

 俺はショックに打ちひしがれ――ふと思った。

 待てよ? よく考えたら、この状況ってラッキーなんじゃないか?

 もう、ブラック企業で仕事けにされることはない。そのうえ、ファイモンをやりこんでいる俺には、ゲーム知識が豊富にあるんだ。

 ゲームの知識がこの世界でも通用するとしたら、俺は従魔士として大成功できるんじゃないか?

 なにより、大好きなファイモンの世界で暮らせるんだぞ? こんな幸せがほかにあるか?

 いや、ない!

 俺はグッとこぶしを握った。

 よっし、決めた! どうせ1度死んでるんだ! 俺は、ファイモンのこの世界を楽しみ尽くしてやる!!
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