黄昏に舞う戦乙女

Terran

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間章-01

第34話

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※このストーリーは第一章の本編からカットした部分となります。
 読まなくても本筋を追う上で特に問題はありません。



ーーーーーーーーーー


ー〈アマンダ傭兵団〉ー

 破壊され尽くした本陣。
 阿鼻叫喚の地獄絵図となった領軍の本営は無数の魔物達によって蹂躙されていた。

「ひいっ! お頭、これってかなりマズイっス!」

 目に付くだけでも10体は優に超えていそうな赤黒い異形の姿に駆け付けたアマンダ達もたじろぐ。
 しかし実際に魔物との戦闘経験を経たアマンダはすぐに気を取り直して傭兵団の面々に指示を出す。

「レニ、タニア、メリンダ! こっち来る前にすれ違った法士達を追い掛けな!」
「了解っス!」「頼まれたわ」「おう、よく分かんねえけどやってやる!」

 セレンから情報を得ていたアマンダはこれが敵の工作による物だと結論付けて犯人の当たりをつけた。
 本営の目と鼻の先まで迫っておいて攻撃せずに壷の魔物の起動だけで素早く立ち去ったのだ。おそらく犯人の実力自体は大した事はないだろう。

「レイチェル達は生存者の救出だよ。危険だけど頼めるかい?」
「もちろんだとも。姉さんの頼みでなくても僕はそうするつもりだったよ。さあ、善は急げさ☆」

 副団長のレイチェルは魔物の事より人命を優先する方針を穏やかな口調で快諾した。
 その一言で他のメンバーも今やるべきことの為に動き出す。

「団長。私はそっち手伝うよ」
「リンカにはレイチェルに付いて欲しかったんだけどねえ」

 一人残った槍使いのリンカはアマンダへの同行を申し出る。
 黒髪黒目、前髪をきっちりと切り揃えた目付きの鋭い二十代半ば頃の女性で、身長こそやや低めだが戦闘技術は確かな実力派で通っている。

「あの魔物、セレンは単独で斃したって聞いたわ。私にもやらせて」
「仕方ない娘だね。遅れるんじゃないよ!」



◇◆◇



「そう、そこで腹にぶち込みなッ! 赤いモヤには気を付けろ!」
「ふッ!」

 アマンダはセレンとの共闘とその後の単独戦闘で体験させられた対魔物戦での立ち回りを意識してリンカへと的確に指示を出していく。

「『螺旋刺槍』」

 弱った魔物のアゴをアマンダの戦鎚でかち上げたタイミングで青い燐光を纏ったリンカの武法が魔物の腹を穿つ!

『ギシャアアアァァァ!!』

 息の合ったコンビネーションにより二人は最後まで一撃も貰うことなく魔物を絶命させた。
 リンカはトドメを刺すと即座にバックステップで飛び退く。

「よっと…、うっ…!」
「よくやったね、セレン嬢よかずっとスマートに片付いたよ。モヤもほとんど受けなかったみたいだし、大したもんだ」

 リンカの戦い方は同じく槍を主武器とするセレンと比べると実に洗練されていて動きに無駄が無い。
 仕留めた後の対応も初見でありながら見事な物である。
 だが技術や練度も上の筈のリンカより、武法すらまともに使わずに法力の上乗せだけで力押しするセレンの方が魔物の討伐時間は短いのだから、絶対的な法力量の格差というものを実感させられる。

「うえっ…、平気…ッ!」
「無理すんじゃないよ全く! 水飲みな、少しは楽になるさ」

 リンカは澄ました顔をしているが根っからの負けず嫌いで、同じ槍使いとしてセレンをかなり意識しており何かにつけて張り合おうとしていた。

 絶命した魔物の出す赤いモヤの影響は最小限にしたがそれでもリンカの顔色はあまり良くない。
 周囲の大地や丈の低い植物が変色する程の影響があるのだから、僅かにしか浴びていなくても体調を崩すのも納得である。

「団長あっちが騒がしい。誰か居るみたい」
「やれやれ、一息つく暇も無しかい」

 本当はもう少し休憩したかったが生存者が近くに居るのであれば助けなければならないだろう。
 崩れた天幕、荒らされた物資の山を越えて駆け付けた二人だったが、思っていた生存者とはだいぶ異なる光景がそこにはあった。

「はっははははは! どうした、そんなものか化け物共めっ!」

 数体の蜘蛛が塊になってわちゃわちゃと蠢いている。
 しかもその塊の中から元気な人の声が聴こえてくるではないか。

「な、何なんだいこりゃあ…」
「え、人間…?」

 あまりにも異様な光景に思わず立ち止まってしまうのも無理はない。
 本当に生存者が居るのか二人が訝しんでいると。

「おお救援か、待ち侘びたぞ! 中々助けに来ないからどうした物かと思っていた所だ。さあ、早くこの無礼者共をどうにかせよ!」

 周囲の何処からでも無い。やはり蜘蛛の塊の中から人の声が聴こえてくるのだ。
 アマンダもリンカも、心の底から聞き間違いであって欲しかったという表情になる。

「団長、私には蜘蛛の塊にしか見えないんだけど…」
「そりゃ同感だけど、あれで元気な声が聴こえてくるんだから救助者なんだろうさ」

 見付けてしまったのだから仕方がない。
 二人は武器を構えて呼吸を整え、法力を漲らせてから慎重に近付いた。

「引き剥がす!」

 まず身軽なリンカが塊の外側から掻き分けようと藻掻いてる魔物に狙いをつけてヒットアンドアウェイで槍を繰り出す。

「一体ずつだよ! あれでも大丈夫ってんなら少し時間掛けても平気だろうよ!」
「分かった」

 敵愾心を煽り一体を引き付け、追ってきた所をアマンダが立ち塞がって横っ面に戦鎚を見舞う。
 態勢を崩したら即座に前後から包囲して、交互に注意を逸らさせながら効率的に攻撃を加えていく。
 気心の知れた者同士による見事な連携だった。

「ようやく姿を見れたと思ったら傭兵か。次期伯爵たる私を助けるのが騎士ではないとは、何処までも役に立たぬ輩よ!」

 塊の中の人は魔物の隙間から二人が戦う様子を観たのか声を掛けてきたが、声色からも現れたのが騎士ではなく傭兵だった事がお気に召さないらしい。

 アマンダはなるべく気を散らさないように魔物の処理を優先するが、どうしても気になってしまう。

「何でそんな状態でピンシャンしてるんだい!」
「知らぬ! 私は何も知らない! だが現にこうして生きている、今はそれだけが重要だ!」

 どう観ても無事では済まない状況で、どう聞いても切羽詰まった印象を受けない口調に困惑するばかりである。

「(団長、コイツが一番化け物なんじゃ?)」
「(次期伯爵とか言ってたからね。それが本当なら滅多な事は言うんじゃないよ)」

 この状態では姿形や確認が難しいので断言は出来ないが、この場所と態度からして本人である可能性は高そうだった。
 となれば貴族相手なら下手な態度は取れない。

「ぐっ、時間か…!」
「魔物の討伐にはもう少し掛かります。暫しのご辛抱を」

 塊の中から焦る声が聴こえたので、リンカはあらたまった口調で返す。

「な、なんだいこの馬鹿みたいな法力は…!」

 すると塊の中の隙間から法力の青い輝きが溢れてくるのが見えた。
 法力は今戦っている二人の纏っている量より明らかに多く、それだけ光も強く感じられる。

「少し離れておれ。『我が身に向けられし凶器』に『我が命の危機』と、それから『我が配下の助けは無く』、ここで『我は災いから塞ぎ込み』、決して『我が力は戦う物に非ず』!」

「な、そいつは…唱節…! てことはまさか…!」

 想定外の事態。
 どう聞いても法術の詠唱ではない唱節。
 それが表すものは一つしかない。

「私は、私は絶対に死ねんのだ! 故に我が身は【不朽】となりてあまねく死を遠ざけん!」

 蜘蛛の魔物の塊が一瞬だけ膨れ上がるかのような錯覚。
 溢れた青い輝きに魔物達も激しく暴れる。

「人法技【克死卿《アイルネバーダイ》】!!!」

 法技名が紡がれると同時に、カッと眩い閃光が辺りを照らし群がる魔物達がたたらを踏んで怯む。

「何て無茶苦茶な法力だよ!」
「これが法技の覚醒者。でも法技名…」

 アマンダはこれが紛れもなく名前付《ネームド》級の力であると悟った。
 リンカは滅多に見れない法技に興奮するも、いまいち憧れない法技名に渋面する。

「さあ、これで私は今暫く死ぬことはない! 傭兵よ、化け物退治は任せるぞ!」

 魔物が怯んで一瞬だけ姿の見えた中の人は先程の焦りが嘘のように余裕のある声色で、再び魔物に群がられながら丸投げしてきた。

「(蜘蛛に齧られながら無傷で喋ってるの、凄く気持ち悪い)」

 リンカとしてはデカい蜘蛛は気持ち悪いが我慢出来なくはない。
 が、あまりにも現実離れしたシュールな光景に生理的な嫌悪感が刺激された。

「これじゃ無敵じゃないか! どうして自分で戦おうとしないんだい!」
「それは無理だ! 私は己の法力から戦う力を放棄して自らの生存に特化させたのだ。この場を動く事すら適わぬ!」

 つまり彼の法技は途方もない防御力を誇るが自分限定な上に攻撃力は皆無らしい。
 大型の魔物の牙すら通さないのだから確かに凄い効果なのだが、とても使い勝手は悪そうである。

「動かず、反撃もせず、ただ耐えるだけに特化した持久型の法技って事かい!」
「凄く凄いのはよく分かったわ」

 法技には個人差があり変わった能力になる可能性もあると分かるが、大抵の場合は攻撃的な面が強調されるものなのだ。

「まあ時間は有るんだ。確実に片付けちまうよ!」
「いい訓練になりそう」

 何にしても急いでリスクを負わずに戦えるというのであれば願ったりである。
 二人は目配せして今相手にしている魔物にトドメを刺してから、十分に安全マージンを取って次なる魔物を引き剥がすのであった。



◇◆◇



 長い長い戦闘を終えて、ようやく息の整った三人は改めて自己紹介をして互いの健闘を讃えた。

「アマンダ、それにリンカよ。よくぞ私を助け出してくれた。相応の礼は必ずするとトランダンセル伯爵家次期当主マルクスの名に誓おう!」
「とにかく無事で何よりだよ。立てるかい?」

 地べたに蹲るようにして微動だにしないマルクスは声こそ元気そのものだが、立ち上がる素振りすら見せない。

「いやそれが無理なのだ。この法技はどうやら生存以外の全ての行動に制限が出てしまうらしい。使った法力量に合わせて暫くの間は動く事すらままならぬ」

「そんなこったろうと思ったよ! 馬は、駄目そうだから荷車を取ってくるから少し待ってな。リンカは他の魔物の索敵を頼むよ」
「分かったわ」

 道中ざっと捜索したが無事な馬は見当たらなかった。魔物に襲われたかとっくに逃げ出したのだろう。
 アマンダは生存者の捜索と荷車を調達する為に辺りの捜索に向かう事にした。

「ところで他の連中が何処行ったか分かるかい?」
「知らぬ…。私は何も知らない…。それに、私を置いていった者達などどうでも良かろう。他人が何人死のうとも、重要なのは私が今こうして生きている事実だけなのだ!」

 頑張って助け出したのはクズだったらしい。
 命あっての物種。そういう意味では共感する部分が無いわけではない。
 但し、アマンダ達はフリーランス。マルクスは総大将として責任ある立場という決定的な違いがある。

「(こんなのがうちらの所属した陣営の総大将とはねえ。たまたまとんでもない力を持っただけのクズじゃないかい。…まあ、状況が悪くなった途端にすぐに軍を見捨てて逃げる判断をしたうちらも人の事は言えないけどね)」

 普段の態度とは裏腹に、一時的に手を組んだだけの友軍の為に仁義を通そうと向かったセレンの方がよっぽど根性の据わった真っ当な人間である。

 そう考えると、アマンダは自分の在り方に少しだけ思う所が生じた。
 守りに入っているという言葉すら、まだ自分を気遣って選んだ優しい言い方だったのかも知れない。

「やれやれ、とんだ残業を働いちまったよ。でも結果的に領軍の総大将を助けられたんだ。あそこで引き返したのは正解だったね」

 総大将がどんな人間なのかはともかく、せめてここで救助活動をして自分のクズっぷりの慰めにしようと気を引き締め直す。
 自分のクズさなら自覚しているので構わないが、出来れば傭兵団の若い面々にはこの戦争の苦い経験で自己嫌悪に陥って欲しくはない。

「後は、こいつを仕掛けた連中を捕まえられるかどうかだけど…」

 本人は隠しているつもりだろうが、セレンは確実に法士としての専門的な修練を積んでいる。その彼女が魔物の封印された壷に高位の法士が関わっていると言っていたのだ。
 であればここへ来る前に見掛けた法士の一団を怪しいと思わない理由が無い。

「せっかくのお膳立てなんだ。ここでたっぷり恩を売って、褒美をたんまり貰ってやらなきゃ名前付《ネームド》の名が廃るってねえ!」



◇◆◇



 後々、このアマンダの活躍が領軍をかろうじて勝利と認定させる一手になろうとは、この時はまだ誰にも知る由はなかった。




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