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第二章 名前
僕が、いい子…?
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異世界の居城の朝は早い
暗いうちからカミロに起こされて、身支度を整え始めたのだけれど。
サガンってみんなこんな思いをするのだろうか。
「よく眠れたか?」
「……はい」
朝食の席でリディアン王子に尋ねられ、僕は返事をするのがやっとだった。
眠れたのは眠れた。
夢も見ずにぐっすりだった。
ここのところ新商品の開発に向けて、プレゼンの準備で忙しかったし。
毎晩飲み歩いて、昨日も散々歌った後で。
そして、異世界に来て更にいろいろあった。
あまりにも疲労が蓄積されていた。
睡眠時間は短かったかもしれないけれど、普段の僕なら眠れば回復する。
今消耗しているのは、洗面と着替えで体力を奪われたからだ。
用意された10着以上の服の中から、召使いたちが試着させていった。
「それでは顔色が悪く見えます」
1着ずつカミロが駄目出しして、なかなか決まらない。
ブラウス、ズボン、靴下、靴──。
延々と繰り返される着替えは、このまま昼まで続くのかと思った。
今着ている服は、そこから選び抜かれたものだ。
紺色の絹のブラウス、膝までしかない同色のズボン。
黒のタイツ、編み上げブーツ。そして、極めつけが赤いマントだ。
髪の装飾はサークレットのみだけれど、イヤリングやネックレスまでつけられた。
はっきり言って、23歳の僕が身に着けるような物じゃない。
せめて、長ズボンにして欲しい。
あと、ヒラヒラのフリルとかアクセサリーはちょっと……。
でも、そんなことを言い出せる状況じゃなかった。
みんな必死に選んでくれているのに、何も知らない僕は邪魔立てできない。
朝食の席に来た僕の装いを見て、リディアン王子は一瞬目を大きくした。
そして、さっきの台詞に繋がる。
「それにしては、ずいぶんと疲れているように見えるが」
「はは、それほどでも」
若干ずれた回答になったけれど、カミロを前にして愚痴は言えない。
席に着いて、すぐに飲み物が運ばれて、僕は一口飲んだ。
「……っけほ」
驚いて、危うく口から出すところだった。
グラスに入っていたのは、アルコールだ。
シャンパンのような気泡のある果実酒だけれど、とにかくアルコール度数が高い。
一口で、喉の奥が熱くなった。
異世界では、朝からアルコールを飲むのか?
そろりと王子を見ると、僕の様子を窺っている。
青い瞳にじっと見られて、僕はおずおずと言った。
「あの……僕は、お酒はちょっと」
「ああ、そうか。悪い。気が回らなかった」
王子が給仕に目配せし、すぐに水が運ばれてくる。
「すみません。ありがとうございます」
水を飲んで、何とか喉は治まった。
ただ、まだお腹の中は熱い。
そんな中、朝食がサーブされ始める。
深皿に入ったスープ。
ライ麦パンのようなハードタイプのパン。
赤いジャムと肉のスライス。
黄色いのはチーズだろうか。
王子が食べ始めたのを見て、僕も背筋を伸ばす。
「いただきます」
どの順番で食べたらいいかわからないから、目の前の王子を真似て食べる。
さすがは王子だ。
所作が優雅で、食べ方がきれいだ。
朝陽を浴びて、金髪が輝いている。
まるで古い映画のワンシーンのようだ。
見よう見まねで食べていて気付く。
王子の服装は、僕とは違って華美じゃない。
どこにもレースはないし、ひらひらのフリルも付いていない。
白いブラウスも、その袖口も、僕がいつも着ている仕事用のワイシャツに近い。
何だ。そんな服もあるんじゃないか。
途端に、自分の出で立ちが恥ずかしくなってくる。
「どうした?」
「いえ。料理、どれもとても美味しいです」
それは嘘じゃない。
赤いジャムは、何かのフルーツなんだろう。
イチゴとは違いそうだけれど、甘酸っぱくて美味しい。
ハードタイプのパンも、酵母の香りがしっかりしている。
異世界の食事事情は、何も問題がない。むしろ元の世界より良いくらいだ。
「そうか。フリートムは、いい子だな」
……いい子?
とても聞き捨てならないようなことを言われた気がした。
でもここで、「僕は子供じゃない」なんて言ったら、それこそ子供みたいだ。
僕は曖昧に笑って、食事を続ける。
「朝食が終わったら、ピクニックに行こう。今日は天気がいいから、遠くの山まで見通せる」
「え? いいんですか?」
王子ともなれば、仕事で忙しいんじゃないだろうか。
平日の美浜部長の朝くらい、過密スケジュールなイメージだ。
リディアン王子は、笑って深く頷いた。
「もちろん。このアデラ城の中も案内するよ」
それは助かる。
案内してくれるってことは、部屋とお風呂場だけじゃなく、自由に移動していいってことかもしれない。
「ありがとうございます」
僕は心から礼を言った。
食事は大体終わって、僕はまた水を飲む。
すると、給仕がトレイを持って現れ、僕の前にプレートを置いた。
プレートに乗っているのは、グロテスクな植物に見えた。
色は赤紫。真ん中に割け目が合って、中に柘榴みたいに粒々の実がついている。
固い皮の内側に、真紅のナタデココが詰まっているような見た目だ。
香りはいいけれど、とにかくグロい。
中から溶け出している液体が、血のように見えた。
ちらりと王子を見ると、裂け目にスプーンを刺し込んで掬って食べている。
「ぎやああ」
そこで、突然植物が悲鳴を上げた。
びっくりして、僕の方が悲鳴を上げそうになる。
「ミテンの実は初めてか? 多少うるさいが味はいいぞ」
と言われましても。
悲鳴を上げる果実なんて、食べられそうにない。
「先程パンに塗ったジャム。あれもミテンだ」
「……え?」
確かにあれは美味しかった。
抵抗はあるけれど、残す方が嫌だ。
僕はスプーンを手にして、裂け目に突き入れる。
「ぎやあああ。ぎあああ」
ミテンは、本当に美味しかった。
でも、次からは出される前に断ろう。
僕はそう思いながら、叫ぶ果実を食べ切った。
暗いうちからカミロに起こされて、身支度を整え始めたのだけれど。
サガンってみんなこんな思いをするのだろうか。
「よく眠れたか?」
「……はい」
朝食の席でリディアン王子に尋ねられ、僕は返事をするのがやっとだった。
眠れたのは眠れた。
夢も見ずにぐっすりだった。
ここのところ新商品の開発に向けて、プレゼンの準備で忙しかったし。
毎晩飲み歩いて、昨日も散々歌った後で。
そして、異世界に来て更にいろいろあった。
あまりにも疲労が蓄積されていた。
睡眠時間は短かったかもしれないけれど、普段の僕なら眠れば回復する。
今消耗しているのは、洗面と着替えで体力を奪われたからだ。
用意された10着以上の服の中から、召使いたちが試着させていった。
「それでは顔色が悪く見えます」
1着ずつカミロが駄目出しして、なかなか決まらない。
ブラウス、ズボン、靴下、靴──。
延々と繰り返される着替えは、このまま昼まで続くのかと思った。
今着ている服は、そこから選び抜かれたものだ。
紺色の絹のブラウス、膝までしかない同色のズボン。
黒のタイツ、編み上げブーツ。そして、極めつけが赤いマントだ。
髪の装飾はサークレットのみだけれど、イヤリングやネックレスまでつけられた。
はっきり言って、23歳の僕が身に着けるような物じゃない。
せめて、長ズボンにして欲しい。
あと、ヒラヒラのフリルとかアクセサリーはちょっと……。
でも、そんなことを言い出せる状況じゃなかった。
みんな必死に選んでくれているのに、何も知らない僕は邪魔立てできない。
朝食の席に来た僕の装いを見て、リディアン王子は一瞬目を大きくした。
そして、さっきの台詞に繋がる。
「それにしては、ずいぶんと疲れているように見えるが」
「はは、それほどでも」
若干ずれた回答になったけれど、カミロを前にして愚痴は言えない。
席に着いて、すぐに飲み物が運ばれて、僕は一口飲んだ。
「……っけほ」
驚いて、危うく口から出すところだった。
グラスに入っていたのは、アルコールだ。
シャンパンのような気泡のある果実酒だけれど、とにかくアルコール度数が高い。
一口で、喉の奥が熱くなった。
異世界では、朝からアルコールを飲むのか?
そろりと王子を見ると、僕の様子を窺っている。
青い瞳にじっと見られて、僕はおずおずと言った。
「あの……僕は、お酒はちょっと」
「ああ、そうか。悪い。気が回らなかった」
王子が給仕に目配せし、すぐに水が運ばれてくる。
「すみません。ありがとうございます」
水を飲んで、何とか喉は治まった。
ただ、まだお腹の中は熱い。
そんな中、朝食がサーブされ始める。
深皿に入ったスープ。
ライ麦パンのようなハードタイプのパン。
赤いジャムと肉のスライス。
黄色いのはチーズだろうか。
王子が食べ始めたのを見て、僕も背筋を伸ばす。
「いただきます」
どの順番で食べたらいいかわからないから、目の前の王子を真似て食べる。
さすがは王子だ。
所作が優雅で、食べ方がきれいだ。
朝陽を浴びて、金髪が輝いている。
まるで古い映画のワンシーンのようだ。
見よう見まねで食べていて気付く。
王子の服装は、僕とは違って華美じゃない。
どこにもレースはないし、ひらひらのフリルも付いていない。
白いブラウスも、その袖口も、僕がいつも着ている仕事用のワイシャツに近い。
何だ。そんな服もあるんじゃないか。
途端に、自分の出で立ちが恥ずかしくなってくる。
「どうした?」
「いえ。料理、どれもとても美味しいです」
それは嘘じゃない。
赤いジャムは、何かのフルーツなんだろう。
イチゴとは違いそうだけれど、甘酸っぱくて美味しい。
ハードタイプのパンも、酵母の香りがしっかりしている。
異世界の食事事情は、何も問題がない。むしろ元の世界より良いくらいだ。
「そうか。フリートムは、いい子だな」
……いい子?
とても聞き捨てならないようなことを言われた気がした。
でもここで、「僕は子供じゃない」なんて言ったら、それこそ子供みたいだ。
僕は曖昧に笑って、食事を続ける。
「朝食が終わったら、ピクニックに行こう。今日は天気がいいから、遠くの山まで見通せる」
「え? いいんですか?」
王子ともなれば、仕事で忙しいんじゃないだろうか。
平日の美浜部長の朝くらい、過密スケジュールなイメージだ。
リディアン王子は、笑って深く頷いた。
「もちろん。このアデラ城の中も案内するよ」
それは助かる。
案内してくれるってことは、部屋とお風呂場だけじゃなく、自由に移動していいってことかもしれない。
「ありがとうございます」
僕は心から礼を言った。
食事は大体終わって、僕はまた水を飲む。
すると、給仕がトレイを持って現れ、僕の前にプレートを置いた。
プレートに乗っているのは、グロテスクな植物に見えた。
色は赤紫。真ん中に割け目が合って、中に柘榴みたいに粒々の実がついている。
固い皮の内側に、真紅のナタデココが詰まっているような見た目だ。
香りはいいけれど、とにかくグロい。
中から溶け出している液体が、血のように見えた。
ちらりと王子を見ると、裂け目にスプーンを刺し込んで掬って食べている。
「ぎやああ」
そこで、突然植物が悲鳴を上げた。
びっくりして、僕の方が悲鳴を上げそうになる。
「ミテンの実は初めてか? 多少うるさいが味はいいぞ」
と言われましても。
悲鳴を上げる果実なんて、食べられそうにない。
「先程パンに塗ったジャム。あれもミテンだ」
「……え?」
確かにあれは美味しかった。
抵抗はあるけれど、残す方が嫌だ。
僕はスプーンを手にして、裂け目に突き入れる。
「ぎやあああ。ぎあああ」
ミテンは、本当に美味しかった。
でも、次からは出される前に断ろう。
僕はそう思いながら、叫ぶ果実を食べ切った。
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