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第二章 名前
エイノック国の王都・セーデルグリーン
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「さてと、ピクニックに行こうか」
城内を案内した後、王子は僕の手を引いて、外に連れ出した。
僕の手を握って引いてくれるのはありがたいけれど、やっぱり気恥ずかしい。
昨日の執事らしき人も、召使いたちも、僕と王子を注視している。
見咎められているようで、身の置き場に困る。
城の外は陽射しが眩しくて、僕は手を目の上に 翳して空を見た。
空には1つだけ大きく輝く星がある。
ここでも太陽は1つなのか。
あれを太陽と呼ぶかは知らないけれど。
「馬を頼む」
僕が空を見上げている間に、王子の呼びかけに応じて、城の前庭に馬が2頭現れた。
馬車とは違い、この2頭には角がない。
僕が近付いても、話しかけてくることはなかった。
これは、喋れないってことなのか。
それとも、黙っているだけなのか。
馬と目を合わせ、僕は考え込んだ。
「グンター、お前は後ろから来てくれ」
王子が言うと、すぐにグンターが駆け寄り、一頭の馬の手綱を取る。
「王子、もう一人護衛を」
「お前だけで平気だろう」
王子はグンターに返事をしてから、馬に跨った。
すごい。馬に乗った。
乗馬ができる知り合いなんて、僕にはいない。
しかも、マントを翻して馬に乗る姿は、とても恰好が良かった。
僕は、感激して思わず声を出しそうになった。
王子は手綱を引いてバランスを取り、僕に手を伸ばしてくる。
「俺の前に乗るといい」
乗る? どうやって?
これまで、厩舎の見学で1度、調教師に乗せてもらったことしかない。
あの時は馬の背に乗るための台があった。
僕は、その台に上がってから、馬の背に跨ったのだけれど。
今は、もちろんそんな台はない。
この場合は、一体どうやって馬上まで行くんだろう。
見上げたまま動けずにいると、王子は小首を傾げる。
「乗り方がわからない?」
「はい、すみません」
すると、王子は 鐙に足を掛けて、一度馬から降りて来た。
「俺が抱き上げるから、手綱まで手を伸ばして乗り上げてくれ」
「抱き上げるって……わあっ」
僕が答えている最中に、王子は僕の身体を腕に抱いて、ひょいと持ち上げた。軽々と肩まで抱え上げられて、僕は慌てる。
「王子、待ってくださいっ」
「ほら、早く 鐙に足をかけて、たてがみに掴まるんだ」
たてがみ? そんなところを掴んで、馬は痛くないのか。
それでも、これ以上もたもたしていたら、王子の腕に負担がかかってしまう。
そこで、言われた通りに手綱とたてがみを掴み、何とか馬上に乗った。
「よし、それでいい」
王子は、僕に声を掛けてから、馬の顔を撫でた。
そして、軽々と馬体に乗り上げて、僕の後ろに座る。
「グンター、ついてこい」
手綱を引いて、馬の腹を蹴り、背後にそう声を掛ける。
「はいはい」
馬は想像以上に早く走り出し、僕は必死に馬に掴まる。
「フリートム。もう少し太腿に力を入れて、馬の身体を挟め」
王子に言われて、僕は必死に落ちないように踏ん張った。
それでも、上下に揺れる馬の上で、なかなかうまくバランスが取れない。
「大丈夫だ。俺が後ろから支えているから、前を見ていて」
王子は僕を抱くようにして手綱を引き、耳元で声を掛けてくる。
僕はその言葉に頷き返して、前を見据えた。
馬は、林の中に差し掛かり、道は更に険しくなる。
揺れる馬体にしがみつくことに集中していたところ、目の前の景色が突然開けた。
「わーっ」
思わず、感嘆の声を上げてしまう。
バルコニーから見た景色とはまた違う。
エイノック国の王都が、丘の下に広がって見えた。
奥に見える城が、王城だろうか。
その城もまた、緑に囲まれている。
遠くの山が青くかすみ、頂きが白い。
山肌から流れる川は、王都中央にも細く流れ込んでいる。
緑豊かな国。
王都の中は整備されていて、幅の広い街路が四方に延びている。
その他にも水路があるようで、利便性が高そうだ。
街を見下ろしていると、グンターが近付いてきた。
僕に手を伸ばしてきたのを見て、降りるよう促されているのだとわかる。
僕はグンターの指示に従って、手を借りながら馬を降りた。
王子も続いて馬を降り、僕に向き直った。
僕はその視線を感じて、街を見渡しながら言う。
「昨日も街並みを見て思いましたが、とても素敵な国ですね」
心から思った感想だったが、言い終わると王子は僕の顔を覗き込んできた。
「まるで、エイノック国を見るのが初めてのような口振りだな」
そう取られても仕方のないセリフだ。
ここは、「王都」と言うべきだった。
自分の失態に気が付き、言葉を誤魔化したくなる。
でも、さすがは王子だ。聞き逃しはしなかった。
「一体、お前はどこから来たんだ?」
どこ、と言われても。
この世界の国名は、エイノックしか知らない。
適当に言って、後から言い逃れできなくなる事態は避けたい。
どう答えたらいいだろうか。
ぐるぐると頭の中で思考を巡らせ、必死に最適解を探す。
すると、王子は更に問いを重ねた。
「なぜ、ドワーフの言葉が話せる?」
「ドワーフ?」
何を聞かれているのか、一瞬わからなかった。
でも、映画やドラマで目にしたドワーフを思い出して、僕は気付く。
さっきの調理場の裏にいた小柄な人。
あの人は、ドワーフだったのか。
城内を案内した後、王子は僕の手を引いて、外に連れ出した。
僕の手を握って引いてくれるのはありがたいけれど、やっぱり気恥ずかしい。
昨日の執事らしき人も、召使いたちも、僕と王子を注視している。
見咎められているようで、身の置き場に困る。
城の外は陽射しが眩しくて、僕は手を目の上に 翳して空を見た。
空には1つだけ大きく輝く星がある。
ここでも太陽は1つなのか。
あれを太陽と呼ぶかは知らないけれど。
「馬を頼む」
僕が空を見上げている間に、王子の呼びかけに応じて、城の前庭に馬が2頭現れた。
馬車とは違い、この2頭には角がない。
僕が近付いても、話しかけてくることはなかった。
これは、喋れないってことなのか。
それとも、黙っているだけなのか。
馬と目を合わせ、僕は考え込んだ。
「グンター、お前は後ろから来てくれ」
王子が言うと、すぐにグンターが駆け寄り、一頭の馬の手綱を取る。
「王子、もう一人護衛を」
「お前だけで平気だろう」
王子はグンターに返事をしてから、馬に跨った。
すごい。馬に乗った。
乗馬ができる知り合いなんて、僕にはいない。
しかも、マントを翻して馬に乗る姿は、とても恰好が良かった。
僕は、感激して思わず声を出しそうになった。
王子は手綱を引いてバランスを取り、僕に手を伸ばしてくる。
「俺の前に乗るといい」
乗る? どうやって?
これまで、厩舎の見学で1度、調教師に乗せてもらったことしかない。
あの時は馬の背に乗るための台があった。
僕は、その台に上がってから、馬の背に跨ったのだけれど。
今は、もちろんそんな台はない。
この場合は、一体どうやって馬上まで行くんだろう。
見上げたまま動けずにいると、王子は小首を傾げる。
「乗り方がわからない?」
「はい、すみません」
すると、王子は 鐙に足を掛けて、一度馬から降りて来た。
「俺が抱き上げるから、手綱まで手を伸ばして乗り上げてくれ」
「抱き上げるって……わあっ」
僕が答えている最中に、王子は僕の身体を腕に抱いて、ひょいと持ち上げた。軽々と肩まで抱え上げられて、僕は慌てる。
「王子、待ってくださいっ」
「ほら、早く 鐙に足をかけて、たてがみに掴まるんだ」
たてがみ? そんなところを掴んで、馬は痛くないのか。
それでも、これ以上もたもたしていたら、王子の腕に負担がかかってしまう。
そこで、言われた通りに手綱とたてがみを掴み、何とか馬上に乗った。
「よし、それでいい」
王子は、僕に声を掛けてから、馬の顔を撫でた。
そして、軽々と馬体に乗り上げて、僕の後ろに座る。
「グンター、ついてこい」
手綱を引いて、馬の腹を蹴り、背後にそう声を掛ける。
「はいはい」
馬は想像以上に早く走り出し、僕は必死に馬に掴まる。
「フリートム。もう少し太腿に力を入れて、馬の身体を挟め」
王子に言われて、僕は必死に落ちないように踏ん張った。
それでも、上下に揺れる馬の上で、なかなかうまくバランスが取れない。
「大丈夫だ。俺が後ろから支えているから、前を見ていて」
王子は僕を抱くようにして手綱を引き、耳元で声を掛けてくる。
僕はその言葉に頷き返して、前を見据えた。
馬は、林の中に差し掛かり、道は更に険しくなる。
揺れる馬体にしがみつくことに集中していたところ、目の前の景色が突然開けた。
「わーっ」
思わず、感嘆の声を上げてしまう。
バルコニーから見た景色とはまた違う。
エイノック国の王都が、丘の下に広がって見えた。
奥に見える城が、王城だろうか。
その城もまた、緑に囲まれている。
遠くの山が青くかすみ、頂きが白い。
山肌から流れる川は、王都中央にも細く流れ込んでいる。
緑豊かな国。
王都の中は整備されていて、幅の広い街路が四方に延びている。
その他にも水路があるようで、利便性が高そうだ。
街を見下ろしていると、グンターが近付いてきた。
僕に手を伸ばしてきたのを見て、降りるよう促されているのだとわかる。
僕はグンターの指示に従って、手を借りながら馬を降りた。
王子も続いて馬を降り、僕に向き直った。
僕はその視線を感じて、街を見渡しながら言う。
「昨日も街並みを見て思いましたが、とても素敵な国ですね」
心から思った感想だったが、言い終わると王子は僕の顔を覗き込んできた。
「まるで、エイノック国を見るのが初めてのような口振りだな」
そう取られても仕方のないセリフだ。
ここは、「王都」と言うべきだった。
自分の失態に気が付き、言葉を誤魔化したくなる。
でも、さすがは王子だ。聞き逃しはしなかった。
「一体、お前はどこから来たんだ?」
どこ、と言われても。
この世界の国名は、エイノックしか知らない。
適当に言って、後から言い逃れできなくなる事態は避けたい。
どう答えたらいいだろうか。
ぐるぐると頭の中で思考を巡らせ、必死に最適解を探す。
すると、王子は更に問いを重ねた。
「なぜ、ドワーフの言葉が話せる?」
「ドワーフ?」
何を聞かれているのか、一瞬わからなかった。
でも、映画やドラマで目にしたドワーフを思い出して、僕は気付く。
さっきの調理場の裏にいた小柄な人。
あの人は、ドワーフだったのか。
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