【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第三章 本性

呼び出し

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「タカト、もっと口を開けて」
「ん……は……っ」

 口を開けると、リディアンの舌が僕の口腔内をぐるりと弄った。

「んん……っ」
 
 息を奪うほどの熱いキス。
 次いで、舌を誘い出されて、僕からもお返しにキスを仕掛ける。
 首の後ろに腕を回して引き寄せ、舌に舌を押し当てる。
 リディアンは僕の舌を絡め取り、じゅっと吸い上げてきた。
 身体から力が抜け、抱き着いていることもできなくなって、首に回していた腕がぱたりとシーツに落ちる。
 ベッドに四肢を投げ出して、リディアンのキスを受けるだけになる。
 僕が動かなくなったところでリディアンはキスを解き、目元や頬に唇を押し当てた。

「タカト」

 名前を呼ばれても、もう返事はできそうにない。
 そうして今夜も、リディアンの腕の中で眠りについた。



 毎晩、キスをされながらリディアンと眠って、すでに一か月が経過した。
 僕にはないと思っていた魔力は日に日に強くなり、世界の見え方が変わってきた。

 魔力が現れて最初に見えるようになったのは、他人の魔力だ。
 みんな色鮮やかなオーラをまとっている。
 赤や白、茶色や黄色。
 濃い薄いはあっても、アデラ城内に魔力のない人は見受けられない。
 この世界は、魔力で満ちている。

 僕は、自らも力を持つことで、ようやく理解した。
 魔力のないサガンが、どれほど驚きに値するのか。
 召喚された日の周囲の落胆は、仕方のないことだった。

 初代のサガンの圧倒的な魔力を思えば、魔力ゼロの僕を召喚してしまって、苛立ちを覚えたに違いない。
 無能で、役立たずなサガン。
 僕がその烙印を押されてしまったのは、無理からぬこと。
 だけど──。

 僕は、執務室でリディアンの仕事ぶりを眺めながら思った。

 これほど魔力に溢れたリディアンが、なぜ「出来損ない」なんて言われているんだろう。

 僕にはどうしても腑に落ちない。
 青く輝くオーラは、人一倍眩く、色合いも鮮明で美しい。
 見識高く、人柄も良くて、城内の人間には慕われている。

 僕から見て、リディアンに欠点らしい欠点はない。
 そう思うのは、僕の贔屓目なんだろうか。

 この一か月は、キスだけをして過ごしていたわけじゃない。
 相変わらず図書室にも通っていたけれど、礼儀作法も学んだ。

 いつ王に謁見するかわからない。
 パーティーに呼ばれて、リディアンと踊ることも考えられる。
 食事会に出たり、公の場で発言したり。
 ありとあらゆる場面を想定して、マナーを叩きこまれた。

 マナー講師となったのは、執事のフェンテスだ。
 丁寧に、そして厳しく教えられた。
 サガンとしてでも、リディアンに恥をかかせないようにでもない。

 ──「人として最低限、見苦しくないように。私がお教えできることは、そこまででございます」

 低姿勢であるようでいて、「これができないのは人としてどうかと」と言われているようで、僕は日々意識しながら過ごした。



 その日は朝から晴れていて、給仕頭の機転で、前庭にテーブルを置いて食事をすることに決まった。
 僕とリディアンは、外に出された椅子に隣り合って座った。

「気持ちがいいですね」
「ああ、本当にな」

 運ばれて来た料理は美味しく、目の前の花園は美しい。
 僕は清々しい気持ちでリディアンと喋っていた。

 でも、突然そこに早馬が到着した。
 すぐにリディアンの元に使いの人が書状を手に現れ、内容を読み上げる。

 ──「サガンを連れて、城に来るように」

 それは、王からの呼び出しだった。
 王の命はもちろん絶対で、リディアンの行動は素早かった。

「食事はこれで終わりだ。カミロに着替えを手伝ってもらえ」
「はい、わかりました」

 城の中に戻ってカミロに伝えると、衣裳部屋に連れていかれ、準備が始まった。
 また何着も試着するのかと思いきや、カミロはさっと1着選び出す。

「王に謁見されるのであれば、こちらが適当です」

 きっと、前々から呼ばれた時のために準備しておいてくれたんだろう。

「ありがとうございます、カミロさん」

 僕は本当に人に恵まれている。
 それは取りも直さず、リディアンの人選と采配のおかげでもある。

 準備ができて階下に行くと、リディアンも着替えを済ませて立っていた。
 黒の上下にマント姿で、夜会に出かける紳士を思わせた。
 違う点と言えば、白のブラウスの袖口のレースや、胸元にあしらわれたフリルだろうか。

 僕はと言えば、また半ズボンにブラウスという姿だ。
 しかも、今日はベールも被っている。

「行くぞ」

 前庭に止めてあった馬車に乗り込み、僕たちは王城に向かった。

 王城は、アデラ城と向かい合わせになっていて、王都の北側に位置している。
 山の麓の小高い丘に築城され、その堅牢な作りはまったくアデラ城とは違う。
 まさにこれこそ、難攻不落の要塞といった印象だ。
 城は御濠の内側にあり、中を窺い知ることはできない。
 正門の警備兵の数は、一個小隊ほどもいる。
 王と王太子の居城は、堅固に守られていた。

 門の前で馬車は一度止まり、中を改められる。
 兵士はリディアンだとわかって敬礼をし、僕のことも尋ねてきた。

「俺のサガンだ」

 端的にリディアンがそう言うと、馬車は入城が認められて、門の中へと進む。
 門は一つに留まらず、通過するごとに検問された。
 ここまで徹底していれば、敵が易々と潜り込むことはできないだろう。

 居城と思しき前で馬車は停まり、リディアンに続いて僕も降りた。
 兵士が案内に立ち、城の内部へ入る。
 歩く度にカツンカツンと乾いた靴音が鳴り、城内に響いた。
 歩哨がリディアンに頭を下げ、渡り廊下の先に、やがて大扉が見えてくる。

「リディアン第二王子、御到着です」

 扉の両端には、これまで見た兵士とは違う軍服を纏った人が立っている。
 たぶん、王の近衛兵だろう。
 赤いマントを肩にかけ、帽子には白い羽飾りがついている。

 扉が押し開かれて、リディアンは立礼をしてから中に入った。
 僕も深々と頭を下げてから、リディアンに続く。

 広間の中央奥に、赤い椅子が置かれていた。
 背凭れが高く、人の座高の2倍はある。
 重厚な木材で作られたそれは、ニスを塗られているのか鈍く光っている。
 背凭れには、赤いベルベット風の生地が張られている。

 これが謁見の間。
 僕は、緊張しながら広間の中央まで進んだ。
 リディアンが足を止めると、背後で大扉が閉まる音がした。
 
 王の玉座から数メートル離れたところから、両側に人が並んでいる。
 全員が僕たちを向いていたが、誰一人喋らず、礼を取る者もいない。
 貴族か王族か。
 それでも、第二王子よりも位が上とは思えない。

 前方にいるのは、王太子だ。
 僕が召喚された時に嘲笑い、蔑んでいた人物だからよく覚えている。

 ──『さすがは不肖の弟、リディアン。出来損ないは、出来損ないを呼ぶわけだ』

 光りを弾く金の巻き毛に金の瞳。
 遠巻きでも不機嫌そうなのが見て取れた。

 その隣にいるのは、馬車で一緒に乗り込んだ老人だ。
 あの時と同じように、黒の詰襟の長衣を纏っている。

 ──『要するに、そなたは無能力者である』

 苦々しく言い切った言葉が思い出される。
 王に拝謁することに緊張しているというのに、それに加えてまるで敵地に送り込まれたように全身が強張った。

「国王陛下がお見えになります」

 近衛兵の言葉にリディアンが立礼する。
 僕はその隣で両膝を突いた。
 これも、この一か月で叩きこまれた、作法の一つだ。

 こうして、王への謁見が始まった。
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