【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第三章 本性

スティーナの能力

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 白銀のベールの端を軽く摘まんで上げる。
 後ろに流したところで、スティーナは目を開けた。
 僕を見返す赤い瞳は、真紅というよりも、ローズヒップのハーブティーみたいな柔らかな色合いだ。
 頭を下げて礼をしたことで、銀色の髪がさらさらと落ちて揺れる。
 僕はその光景をぼんやりと見つめてしまった。
 本当に綺麗な人だ。
 幻想的で、現実ではないみたいに感じる。
 サガンが聖女と呼ばれるのも、スティーナを見ていると頷ける。

 マティアス王太子のサガン、スティーナ。
 いずれ王となったマティアスの隣に並ぶ日が来る。
 きっと国民はこの美しい聖女を心から称賛するだろう。

 スティーナがアデラ城に到着した後、僕は執事のフェンテスの案内で応接間に入った。
 扉の前には、グンターと共に、スティーナ自身の護衛が立った。
 中にいるのは、僕とスティーナだけだ。
 リディアンには遠慮してもらった。

「本当に一人で大丈夫か?」
「平気です。リディはリディの仕事をしてください」

 僕はそう言って、リディアンを仕事に追いやった。
 王太子のサガンであるスティーナが、単身でアデラ城に来てくれるというのに、僕だけリディアンを同席させるのはおかしい。それはさすがに誠意がなさすぎる。

 スティーナは応接室の布張りのソファに座った。
 僕はその斜向かいに座り、まずは来てもらったことへの感謝を述べた。
 スティーナはゆっくりと頭を下げた後、一拍置いてから話し出した。

まとわりを始める前に、わたくしの能力についてお話し致します」

 単刀直入にそう前置きし、僕と視線を交える。

「わたくしには、魔力測定と飛翔、炎属性の力があります」

 魔力測定も炎属性も、もちろん驚いたのだけれど。
 何よりも僕が惹かれたのは、飛翔だ。
 ということは、空を飛べる?

「すごい! とても素敵なことですね」

 僕が思ったことをそのまま言うと、スティーナは目を瞠り、顔を赤くした。
 あれ? もしかして、言ってはいけないことだったのだろうか。

「炎属性は、暖炉に火を付けたり、逆に消したりすることができます。ただ、わたくしはそれほど広範囲には使えません。どちらかというと、実用的な能力です」

 スティーナは能力の種類だけではなく、その用途にまで触れる。

「また、飛翔は1メートルから5メートルほどの高さまでは移動できます。自分ともう1人までは連れて飛ぶことができます。重さですと、大体馬1頭までです」

 馬1頭ということは、400から500キロくらいか。
 それはとても有用な能力に思える。
 何より空が飛べる。そんなの、誰だって憧れる能力じゃないだろうか。

「ナカモト様にも、魔力測定の力があるとお見受けしました」

 僕に話が及び。すぐに肯定した。

「はい。色や光が見えます」
「色ですか? 一体どんな?」

 スティーナは小首を傾げて、僕に聞いてきた。
 もしかしたら、僕とスティーナでは、見えているものが違うんだろうか。
 
「色だと、青や赤、緑など多種多様です。濃淡や光の強弱で、大体の魔力の種類と強さがわかります」
「そうなのですか。とても興味深いです」

 スティーナはわずかに目を大きくし、指先を組み合わせて身を乗り出した。
 僕のためというのももちろんあるだろうけれど、魔法の話自体が好きなのかもしれない。

「スティーナ様は違うんですか?」
「スティーナで構いません。──わたくしの場合は、文字が浮かびます」
「文字?」

 僕は驚いて、オウム返しに聞き返してしまった。

「はい。飛べる場合は飛翔、心が読める場合は読心、移動できる場合は瞬間移動。そして、属性もまた、文字で浮かびます」

 文字と色ではだいぶ違う。そんなに見え方が違うとは思わなかった。
 僕の場合は、ぼんやりとした区分なのに、文字なら明確に読み取ることができる。
 やっぱり、スティーナの能力はとても有用で優秀だ。
 僕が使い物にならないと言われてしまうのも仕方がないことだ。

「ナカモト様の魔力測定も、纏わりを結ぶことで能力を練られそうです」

 能力を練る。
 そんな言い方をするのか。

「僕にも文字で明記されるようになるってことですか?」
「はい、その可能性があります」

 もし明記されるのなら、とてもわかりやすくていい。
 でもそれだと、僕にだけ利点がありすぎじゃないだろうか。

「わたくしもナカモト様と纏わりを結ぶことで、色や光で測る力を得られることも考えられます。たとえそうならなかったとしても、能力を練ることは無駄にはなりません」

 スティーナは、僕の懸念を払拭するように付け加えた。
 こんなにしっかりしているけれど、見た目は僕より若そうで。
 でも、エルフやドワーフの例があるから、こちらから年齢は聞きづらい。
 僕が少し違うことを考えていると、スティーナは僕の胸のあたりをじっと見つめてきた。そして、人差し指を口元に当てて、何か考え込んでいる。

「こうしてよく拝見いたしますと、ナカモト様には魔力測定の他に、回復の力も見受けられます」
「え!?」

 僕は驚いて、大きな声を上げてしまった。
 スティーナは、ふふっと笑ってから手を差し伸べてきた。

「属性魔法もあるかもしれません。まずは、纏わりを結びましょう。
「はい、よろしくお願いします!」

 僕たちは机に移動し、お互いに向き合って座った。
 そして、手を握り、額を押し付け合う。

 初めて聞いた時にはスティーナとそんなことをと躊躇ったし、恥かしさもあった。
 でも、目の前のスティーナの真摯な態度と、厳かな振る舞いに、照れなんて吹き飛んだ。

 僕は、纏わりに集中し、スティーナの能力を感じ取ろうとする。
 冷たかったスティーナの手が熱くなり、それまで感じなかった花の香りがした。
 まるで、薔薇園にいるようだ。

 集中していくうちに熱も香りもなくなる。
 代わりに澄んだ空気感と清涼感に包まれる。
 僕は前に行った雪山を思い起こした。
 すべての音を雪に吸収されて行く世界。
 白銀に輝く世界の美しさに息を吐くと、指先をぎゅっと握りこまれた。

「ナカモト様。そこまでです」

 名前を呼ばれて、ハッと目を開けると、スティーナが青ざめた顔で僕を見た。
 そして、僕の眼を見た途端に、大きく目を見開いた。

「瞳の色が……」
「あ、そうか。ごめんなさい」

 そういえば、僕の瞳は魔力によって紫色に変わるんだった。

「驚かせてしまって……。あの、僕は魔力が強まると、目の色が変わるんです」

 スティーナは、赤い唇を躊躇いがちに開き、僕に瞳を見つめながら言う。

「そのことは、他に誰が知っていますか?」
「リディアンと護衛と、それから側仕えくらいです」

 すると、一度唇を引き結び、手を握ったまま続ける。

「リディアン王子がご存知なのでしたら、よくよくお話し合いを。これは、とても大きな問題です」

 スティーナにそこまで言われて、僕は気が付いた。
 きっと、リディアンと同じ結論に達したんだろう。

 スラファン・シュリカの花と同じ色の瞳。
 僕が、破滅と創生をもたらすサガンなのではないかと。

「ありがとうございます。スティーナさん。僕のことも、タカトと呼んでください」

 スティーナはそこで瞬きし、僕を見据えたまま言った。

「タカトさんは、想像していた以上にお強い方なのですね」

 僕が強い?
 それは、一体どういう意味なのだろう。

 スティーナは手を離し、背筋を伸ばしてから微笑んだ。

「わたくしの祖国は、東の国、ユデトカタンです。タカトさんもお名前から察するに、エイノックの方ではないのですね」
「はい、日本という国から来ました」
「二ホン……」

 もちろんその響きに聞き覚えはないはずで、スティーナは首を傾げた。

「遥か遠くにある国です」
「二人とも、遠くへ来てしまいましたね」

 僕の言葉にスティーナは、ゆっくりと瞬きをした。
 そして、自分の話を続ける。

「わたくしがこの国に来たのは、7年前。13の誕生日を迎えた翌日でした」

 13歳と言われて、僕は息を呑んだ。今の僕より10歳下の少女が、突然エイノックに召喚された。それは、想像を絶することだ。

「言葉も通じず、魔力も今より弱くて。とても心細く思いました」

 そして、一度言葉を切って、僕の両目をしっかりと見据えた。

「立場は違えど同じサガンです。わたくしで良ければ、また10日後にお会いしませんか?」
「僕の方こそ、よろしくお願いします。スティーナさん」

 スティーナは立ち上がって礼をして、またベールを被る。
 こうして、最初の纏わりが終わった。


 その夜、僕はスティーナとの纏わりについての感想をリディアンに話した。
 ただ、スティーナから聞いたことについては、詳しく話さなかった。
 きっと、僕にだけ話して聞かせてくれた。そう感じたからだ。

「やっぱり、俺も同席すべきだったな」

 僕が話し終わると、リディアンはそう言って僕を抱き寄せた。

「お前がどうスティーナに口説かれていたのか、監視しておいた方が良かった」
「口説かれてなんていませんよ」
「手を握り合って、額を押し付け合った。これは完全に口説かれている」

 馬鹿なことを言い出したリディアンに呆れ、僕は自分の仕事に取り掛かる。

「例の話か?」

 こっちは、エルフとドワーフに関する仕事だ。
 僕が肯定すると、リディアンは苦笑する。

「タカトはお人好しかと思っていたが、違ったな」

 そして、抱き締める腕に力を込め、頬ずりしてくる。

「馬鹿が付くほどの、お人好しだ」

 そんな自覚はないんだけれど。
 僕は、リディアンの腕に囲われながら、夜遅くまで作業を続けた。
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