【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第四章 分岐

夜会の招待状

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 3種族でのお茶会の後、ほどなくして夜会の招待状が舞い込んできた。
 僕とリディアン宛てのそれは、クヴィスト侯爵家からだった。
 王都における防衛や治安を担い、政治的にも強い発言権を持つ一族だ。
 そんな上流貴族からの夜会の招待状に、執事のフェンテスも驚きを隠せない様子だ。
 
「お返事はいかがいたしましょうか」

 リディアンに招待状を手渡し、表面上は質問という形を取ってはいるけれど、断るわけにはいかないと瞳が語っている。
 聞いたところ、これまで一度として個人的に呼ばれたことはないという。
 ということは、リディアンがようやく認められたってことなんじゃないか。

 僕は招待状をリディアンから手渡されて、じっくりと内容を読んだ。
 盛装でとあるから、内輪の夜会でもなさそうだ。

「どうする? タカト」
「一緒に行きたいです」

 せっかく招待していただいたんだ。
 行かない手はない。
 強い力を持っている侯爵だからこそ、会うのは気後れする。
 でも、今回行かなければ、きっと2度と誘ってはもらえない。
 
 僕の言葉にリディアンは口端を上げ、フェンテスに招待状を返した。

「クヴィスト侯爵に出席の旨、返事をしておいてくれ」
「かしこまりました」

 フェンテスは静かに頭を下げた。
 
 そこから夜会までの数日、リディアンと一緒にダンスの練習をした。最近サボりがちだったのもあって、ステップをいくつか忘れていた。

「ごめんなさい、リディ」
「大丈夫だ。どんどん踏んでくれていい」

 思わず足を踏んだ僕に、リディアンはそう言って目を細める。

 サガンである僕が躍る相手は、慣例上、リディアンしかいないということだ。
 王族の守護者であるサガンを、他人がダンスに誘うことは不敬だという認識らしい。
 だから、僕はリディアンと踊ることだけ考えればいいことになる。
 逆に言えば、夜会やパーティーでは、リディアンと踊ることは避けられない。

 初めてダンスの練習をした日。
 まだ、偽名を使っていた頃だ。
 僕は、リディアンからダンスの振付師を紹介された。

「初めまして。ウジェーヌです。──あら、可愛らしいサガン様ね」

 リディアンより少し背の高いその人は、優雅にお辞儀した後、僕に顔を近付けてそう言った。

「ウジェーヌ。余計なことは言わなくていいよ」
「妬かない妬かない」

 どうやらウジェーヌは、子供のころからリディアンの家庭教師をしていたらしい。
 ダンスの他に剣も教えていたと聞いて、僕は少し驚いた。
 リディアンが剣を振るうなんて、その時は想像できなかったからだ。

「さて、ダンスですけど。どうせなら、お2人で男性パートを踊るのはどうかしら」
「2人で?」

 これには僕だけじゃなく、リディも目を瞠った。

「そう。2人のためだけの振り付けをするから、それを覚えてちょうだい」

 最初はダンスの基本を学び、続いてウジェーヌの振り付けを教わった。
 何度も足を踏んだり転びそうになったりしたけれど、ウジェーヌのレッスンはとても楽しかった。

 当時はまだリディアンのことをよく知らなかったし、リディアンも僕が異世界から来たとは知らなかった。だから、今に比べれば他人行儀ではあったのだけれど。
 それでも、間近で笑うリディアンを見られるのは、僕にとってかけがえのない時間だった。

 こうしてダンスの復習をしていると、ダンスを始めた当時のことがまざまざと思い出された。
 軽く汗を掻くまで踊り、最後にウジェーヌに対して礼の姿勢を取ると、笑顔で拍手された。

「とても素敵だったわ」
「ありがとうございます。ウジェーヌ先生」

 そして、リディアンは僕の肩に手を置いて言った。

「夜会では成果を見せようなんて思わなくていい。楽しもう、タカト」
「はい、リディ」


 夜会の当日は、カミロが選んでくれた服を着た。
 藍色のブラウスとアシンメトリーの形をした黒のハーフパンツ。
 どちらも袖口や裾にふんだんにレースが施されていて、普段着ている物よりもずっと薄手だ。

「寒くはありませんか?」
「それは大丈夫ですが、透けていませんか?」

 こんなに薄い生地だと、中が見えないかと気になった。

「見えてもいいように、下着がデザインされています」

 見えてもいいようにと言われても、それはそれで落ち着かない気がする。
 でも、僕のセンスなんか当てにはならない。
 ここは、カミロのセンスを全面的に信じよう。
 最後にサガンのサークレットをしっかりと固定し、髪を後ろでまとめて、結わえ紐をつける。
 ここに来て、整えるくらいしか髪を切っていなかったため、下の方で結べるほどに長く伸びていた。
 結わえ紐は少し気恥ずかしかったけれど、カミロが見立てたのだから大丈夫だ。
 
 そう思いながら階段を降りていくと、リディアンが驚いたように目を見開いた。
 これはやっぱり、やり過ぎだったんじゃないかと思ったが、僕の方に手を伸ばして微笑む。

「とてもよく似合っているよ。綺麗だ、タカト」
「ありがとう、ございます」

 そんな笑みを浮かべて言われたら、お礼を言うのがやっとだ。
 それに、綺麗なのはリディアンの方だ。
 今日は、夜会ということもあってか、赤いジャケットを身に着けている。
 いつもは黒やダークブラウンが多いのに、リディアンにしては珍しい。
 僕は、リディアンの手を取って馬車に乗り、侯爵邸へと向かった。

「タカト、約束してほしいことが2つある」

 馬車に乗り込んで城の門を出たところで、リディアンはいつになく真剣な顔で言った。

「1つは、今回招かれた場所、広間以外に行く時には、必ず俺に声を掛けること。もう1つは、グンターから離れず、必ず見えるところにいるようにして」

 これまで、ドワーフの10年祭に行った時にも街に出た時にも、リディアンにそんなことを言われたことは一度もなかった。リディアンが僕に約束させるほどに、夜会は危ない場所なんだろうか。

「わかりました」

 僕はしっかりと胸に刻み、馬車に揺られている間も、浮かれないように気持ちを引き締めた。

「そんなに緊張しなくてもいい。ただ、少し用心して」
「はい、リディ」

 頷いて答えると、リディアンは僕の手に手を重ねた。
 僕は握り返して、侯爵邸に到着するのを待った。

 侯爵邸は、街の中心地より少し奥まった場所にあった。
 ちょうど山から流れてくる川のほとり。傍には美しい湖もある。
 邸というより城にしか見えないそこはとても広くて、前庭は馬車で溢れていた。
 アデラ城でも、こんなに馬車が停められたところを見たことはない。

 邸の階段を上って、招待状を見せてからホールの中に入った。
 頭上には巨大なシャンデリアが吊るされていて、あまりの豪華さにぽかんと口を開けてしまいそうになる。途端にフェンテスに教わったマナーを思い出し、きゅっと唇を引き結ぶ。
 シャンデリアから目をバルコニー席へと移すと、中央付近にいる金色の巻き毛の人物が目に留まった。
 たくさんの着飾った人々に囲まれている人。あれは、マティアス王太子だ。
 隣にスティーナの姿はないけれど、もしかしたら会場のどこかにはいるのかもしれない。

 やがて、中央にグレーの髪を撫でつけた、初老の男性が現れた。

「ようこそ、我が孫娘の誕生パーティーに」

 そう言ってグラスを手に持ち、話し始める。
 僕とリディアンの元にもグラスが運ばれてきて、乾杯の瞬間を待つ。

「では、エイノック国の未来に。乾杯!」

 あちらこちらでグラスを鳴らす音がして、僕もリディアンと乾杯した。
 フロアのざわめきの間を縫うように音楽が聞こえてきて、ダンスが始まる。
 数人が中央に進んで踊り始め、やがて王太子がそこに加わった。
 てっきりスティーナと踊ると思っていたけれど、お相手は別の女性だ。

「クヴィスト侯爵の孫娘だ」

 僕の視線に気付いたのか、リディアンがそう補足する。
 これまで、マティウス王子の苛立った顔しか見たことがなかったため、女性に笑顔を向ける姿が僕には意外だった。それほどに、クヴィスト侯爵のこの国での地位は高いのだろうか。そう思ってしまうほどに、僕はマティウスを苦手としている。
 あんな風に笑えるのなら、せめてリディアンやスティーナに、笑いかけるべきじゃないのか。
 僕は、拳を握り込んでしまった自分に気付いてハッとした。

 数回会った程度で、僕はマティアスのことをそこまで知っているわけじゃない。
 これは、ただの偏見かもしれない。
 そう思い直して、グラスのお酒を呑み干してから、リディアンに向き合った。

「踊ろうか、タカト」
「僕も、そう言おうと思っていました」

 2人でフロア中央に進み出て、互いにお辞儀をする。
 そして、手を取り合って踊り始めた。
 周囲のざわめきが一層大きくなったが、構わずに踊り続ける。
 リディアンにリードを任せて、僕は踊ることに集中した。
 ステップを踏むのに精一杯でいたのは最初だけで、だんだんとダンス自体が楽しくなってくる。
 くるりと順番に回り、肩に手を置き、腕を組み。
 そうして、音楽に合わせて互いだけを見つめて踊った。

「リディ、密着し過ぎじゃないですか?」
「いつもはもっとくっついているじゃないか」

 僕の言葉にリディアンはくすくすと笑い、曲の最後まで踊り切った。
 身体が火照り、少し息が上がっていたけれど、そこまで体力は削られていない。
 さすがはウジェーヌ先生だ。猛特訓の日々は、無駄じゃなかった。

 踊り終わったところで会場から拍手が起こり、最初は自分たちに向けられているとは思いも寄らなかった。

「素敵でしたわ」

 フロアの端へと戻って来て、拍手で迎えられて初めて自覚した。

「ありがとうございます」

 僕はリディアンと笑い合い、フロアの端に設けられたテーブル席に着いた。

「足をぶつけてしまってごめんなさい」
「大丈夫。俺以外に気付いた人はいない」

 リディアンはそう言って、僕にグラスを渡してきた。

「タカトの素晴らしいダンスに」
「リディの素敵なリードに」

 グラスを軽く合わせてから、僕たちはお酒を呑んだ。
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