【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第五章 黎明

浄化の儀

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 その翌日の夜。
 コスタスが西の空に沈んだ後、リディアンと共に神官庁の塔に上った。

 高くそびえる塔の階段を、神官の後について一段ずつ上がっていく。
 やがて、踊り場が見えてきて、神官が扉を押し開く。

 すると、目の前が開けて空が見えた。
 
「こちらへお進みください」

 塔の屋上は、見晴らしがよく、王都の全域が見渡せた。
 アデラ城から見る景色とはまた違い、川の流れがよく見える。
 南下する川の向こうには、豊かな森が見える。
 その向こうには、麦畑が広がっていると聞いている。

 僕たちが立っている床は石造りで、欠片一つ落ちていない。
 掃除が行き届いているというより、これも神官の力の一つなのだと予測できた。

 屋上は、膝の高さほどの石塀にぐるりと囲まれていた。
 転落防止の柵なんだろうが、それにしては低すぎる。

「視界が遮られると、上手く効力が発揮できないからな」

 後ろから声がして振り返ると、いつの間にかバルツァールがいた。

「今晩は、バルツァール先生」

 弟子と言われた手前そう呼ぶと、翠色の大きな瞳を細めて笑う。

「ああ、いい夜だな。愛弟子よ」
 
 バルツァールは満足気に笑ってから、僕の隣に立つリディアンに礼を取った。

「今晩は、リディアン王子。お噂はかねがね聞き及んでおります」
「そうでしたか。俺はさっぱり聞いていませんが」

 それは嘘だ。本当は真逆だ。
 僕はバルツァールには、リディアンのことを話したことはほぼない。
 見透かされているというのもあるけれど、僕から話すのは何となく気恥ずかしい。

 むしろ、リディアンには、バルツァールについて何度も話してきている。
 一日の出来事を伝えようとすると、どうしてもバルツァールの話題になるからだ。

 なぜこの二人は、最初から険悪になっているんだろう。
 どう見ても、友好的に接しているとは言えない。
 まるで、美浜部長と一ノ瀬さんを見ている気分だ。

 でもそうすると、いずれ互いの理解が進めば、2人は仲良くなるんだろうか。

「以後、お見知りおきを」

 丁寧な言葉遣いのように聞こえているけれど、声には揶揄いが含まれていて、慇懃無礼な感じがする。もちろん、リディアンもそれには気づいているらしく、不愛想に「ああ」とだけ答えた。

 鍔迫つばぜり合いをしているような二人の様子に、僕は笑顔が引きつってしまう。
 リディアンとバルツァールが揃えば心強いかと思っていたのに……。

「まずは、リディアン王子に浄化のお手本を見せてもらってから、実践に入ろうか」

 イメージを掴むには、目の前でリディアンの浄化を見た方がいい。
 そう言う意味だと僕は捉えたんだけれど。

「わかりました。喜んで、俺は叩き台になりますよ」

 バルツァールはそうは言っていない、と否定したくなった。
 でも、それではバルツァールの肩を持っているように聞こえてしまうかもしれない。

 躊躇っているうちに、リディアンは僕とバルツァールを交互に見てから、深い溜息を吐いた。
 そして、僕たちに背中を向ける。顔を見られない方が集中できるんだろうか。

 しんとばが静まり、リディアンは天に向かって両手を広げる。
 やがて、身体が仄かに光り始め、青いオーラが全身を覆っていった。
 揺らめく光は美しく、僕は蒼穹の泉を掘り出した時のことを思い出した。

 纏う光の色は前と同じに見えたけれども、今回はその後が違った。
 空気が変わり、ミストのような細かい水の粒が宙を漂う。
 水滴は、キリロスの光を反射して、黄金色に輝き始める。
 そして、細かい水の粒は、普通の雨とは違い、大地から空へ向かって駆け上がった。
 一陣の風が起こったかのように、リディアンのマントが巻き上がる。

 その直後、呼吸がしやすくなり、肺に送り込まれる空気が変わった。
 少しだけ、湿度も上がったようで、肌で潤いを感じた。

「ご覧。変化がわかるか?」

 呆然と見つめていた僕の耳の傍で、バルツァールは身を屈めて囁いた。
 リディアンの邪魔をしないよう配慮したんだろうけれど。
 驚いて、声を上げそうになった。

 僕は、バルツァールに頷き、もう一度辺りを見回した。
 比較するとはっきりわかる。
 まるで、ノイズを取り除いたかのように周囲の景色が鮮明になった。
 理由は一つだ。

「空気中の黒いもやが消えました」
「そうだ。これが、浄化だ」

 こんなに変わるのかと、僕は内心おののいていた。
 元の世界でも祈禱はあったけれど、僕の眼には何が起きたのかわからなかった。
 でも、今は違う。効果は歴然と現れた。

 バルツァールは塔の端を指し示した。
 そして、僕より先に指し示した方へ歩いていく。
 今度は僕の番、ということなんだろう。
 リディアンの浄化を邪魔しないよう、背中合わせに立ち、ざっと塔の周りを見回す。
 既に浄化はされているように見えるけれど、僕は何をすればいいんだろう。

「まず、風で宙に巻き上げるイメージを。次いで、転移を使って空の彼方に放出する」

 巻き上げるイメージは、リディアンを見ていて想像できるようになった。
 リディアンが水で行ったことを、僕は風で行う。
 でも、その後の放出は、なかなかイメージがつかない。

「転移で十分だ。門は必要ない」

 声を潜めて言われて、僕は身を強張らせる。
 ちらりと肩越しに振り返ると、リディアンは浄化に集中している。
 僕はホッとして、バルツァールに頷いた。

 ここのところ、僕には新しい能力が発動していた。
 転移の中でも珍しいとされる、門を作り出す能力「転移門」だ。
 転移では自分や物を移動させることはできても、人を転移させることは難しい。
 むしろ、危険が伴うため、避けた方がいいとされている。

 でも、転移門は違う。
 門を出現させ、扉を開いた先に、人も物も一度に移動させることができる。
 この力を使えば、貿易や外交にも有用なのだけれど。
 その分、兵士や兵器も移動できてしまうため、使用には十分注意が必要だ。

 僕は何度かバルツァールと門を出現させる訓練をしてはいたけれど、そのことを誰にも言っていない。──もちろん、リディアンも例外じゃない。

 秘密にしている理由の一つは、リディアンの予言を知ってしまったことだ。
 秘密を教え、他言無用だと強要することは、一種の呪いだ。
 人にとって、知識を他者に伝えることは、本能の一つに近い。
 それを他者が封じたところで、秘密の効力はほぼない。

 結局は、個人に負担を強いることになってしまう。
 それなら、最初から伝えない方がいい。

 僕は自分にそう言い聞かせ、リディアンにも秘密にしている。

 今、こうして浄化をするにあたり、きっと転移門の方が効率がいい。
 でも、転移で十分だというのであれば、敢えて使う必要はないだろう。

 僕はもう一度、バルツァールの言葉を思い出し、脳裏にイメージを思い描く。

 風で巻き上げて、転移して放出する。
 掃除機とフィルターの関係のようなものだろうか。
 それとも、箒とちり取り?

 目を瞑ったまま、だんだん訳がわからなくなってくる。

「大きく広げた布を丸めて、袋を作る。それをポイと捨てる。その要領だ」

 なるほど。わかりやすい。
 僕はレジャーシートを広げる感覚で、両腕を広げた。
 そして、風を使ってシートを丸めて両端を縛り、空の彼方に向かって放り込む。
 すると、スコンとゴミ箱に入って底に落ちる音が聞こえた気がした。

「上出来だ」

 バルツァールの声がして目を開けると、僕に拳を突き出していた。
 僕も同じように拳を作り、バルツァールの拳に押し当てる。

「続けよう」
「はい、先生」

 僕はそれから、何度か同じ作業をした。
 少しずつ街並みの色が戻り、埃っぽさがなくなる感じがする。
 だんだんとイメージが付きやすくなってきて、浄化を肌で感じられて達成感を抱く。

 一時間経ったところで、神官が終了の合図をしに来た。

「素晴らしいです。これほど綺麗になるなんて」

 神官は嬉しそうに笑ってから、僕たちを下まで見送った。
 丁寧に深くお辞儀をして、次回の予定を確認し、塔の中に戻っていく。

「では、私もこれで」

 バルツァールも姿を消し、リディアンと二人きりになった。

「いつも、ああなのか?」

 ああ、とは何だろう。
 僕が首を傾げると、リディアンは眉を顰めた。

「先生というには、近し過ぎる」
「そう、でしょうか」

 どの辺でそう思ったのかはわからないけれど。
 僕は初日を何とか無事に終えられて、内心ホッとしていた。
 もっと効率よくできるかもしれない。
 でもそれは、次の課題にしよう。

 最初の仕事が終えられて喜ぶ僕とは対照的に、リディアンはしばらく不機嫌だった。



 それから一日空けた次の夜。
 2度目の浄化は、宰相の娘ユレイヌと共に行った。

「初めまして、サガン様。ユレイヌ・ベドナーシュと申します」

 ユレイヌはカーテシーのお辞儀をし、微笑んでから手を差し出した。

「今日はどうぞよろしくお願いします」

 そして、僕とバルツァールと、それぞれ握手してから話し始める。

「私が使うのは、リディアンと同じ水属性の能力です」

 リディアン、と言われて、なぜか僕はドキリとした。
 これまでみんな、敬称を付けるか、王子と呼んでいた。
 宰相自身も、必ずそうしていた。

「リディアンとは幼馴染なんです」

 考えが顔に出てしまっていたのか、ユレイヌはそう補足する。

「ただ、私の力はリディアンほど強力ではないので、霧雨を空に向かって降らせるようなことしかできません」
「なるほど。そこは作戦が必要だな」

 バルツァールはそう言って、僕とユレイヌに説明した。

「タカトが下に受け皿を作るから、ユレイヌはそこに向かって粒の小さな霧雨を降らせてくれ。できるだけ細かい方がいい。タカトはそれをひとまとめにして、転移させる。──これでいこう」
「わかりました」

 ひとまとめにして転移させるだけでいいのなら、それほど魔力は使わなくて済む。
 
「では、僕から合図を出します」

 そして、シートを広げるイメージを作ってから、ユレイヌに伝えた。

「どうぞ!」

 途端に、ざっと空から霧雨が吹き付けた。
 ミストよりは少し大きな粒だけれど、シートにかかる重みはそうでもない。
 これなら、まとめて転移するのは容易だ。

「ここまでです!」
「わかりました!」

 ユレイヌの合図でまとめて転移をする。
 僕たちはこの作業を、1時間繰り返した。

「やりやすいわ。さすがはサガン様ね」

 神官が終わりを告げに来たところで、ユレイヌはからりとした爽やかな笑顔でそう言った。その翳りのない笑みに、なぜか胸が騒いだ。

 何だろう、この気持ちは。
 僕は自分の胸に手を当てて、バルツァールと話しているユレイヌを見つめた。
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