【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第五章 黎明

黒い靄

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 3度目の浄化はゴドフレド神官とで、僕は予想以上に苦戦してしまった。
 そこにバルツァールがいなかったというのもあるのだろうけれど。
 土属性のゴドフレドと、どう協力するのか、まったくイメージが付かなかったからだ。

 ゴドフレドは、神官数人に囲まれて、すぐに浄化の儀に移ろうとしていた。
 作戦タイムもなしなのかと手持ち無沙汰でいると、こちらに胡乱な目つきで一瞥をくれる。

「そなたには、魔力の回復をさせるとしよう」
「承知しました」

 他の神官もその役割のはずなんだけれど。
 僕にもしろというのなら、別にそれでいい。
 ゴドフレドの後ろ支えの一人となる。

 神官たちが回復を何度かかけている間、僕もゴドフレドの回復に努めた。
 回復自体、バルツァールに教わったことくらいしかない。
 経験不足は否めないけれど、それこそ頭数には入るだろう。

 ゴドフレドの魔力メーターは、可視化できている。
 だから、ゲージが減ったところで増やせばいい。

 そう思って、メーターばかり見ていたため、ゴドフレドの浄化を眺める余裕はなかった。
 ただ、香りが変わったのはわかった。
 いい香りになったのではなく、その逆で、澱んだ香りがすっかり消え去った。
 これが土属性の能力なのか。
 ほぼ一人でやり遂げるなんて、さすがは神官長だ。

 改めてその力に感嘆していると、ゴドフレドは僕に近付いてきて言った。

「少しはマシな働きをする。──だが、もっと時を読めないものか。まったく息が合わない」

 時が読めないというか、いつ魔力を送り込むのが適切なのか、感覚が掴めないのだけれど。
 たとえば、ずっと絶やさず送り込み、100%のままにしてほしかったのか。
 それともメーターが下がったところで、一気に回復させてほしかったのか。
 せめてそのくらいは教えて欲しかった。

 でも、そんなことを言える空気じゃない。
 ゴドフレドの背後の神官たちの、突き刺すような視線が痛い。

「まあ、足手まといにならないだけで、良しとするほかないのう」

 やれやれとでも言いたげに首を振り、ゴドフレドは取り巻きと共に階段を下りていく。
 僕はその背中を見送ってから、両腕を広げた。

「図書室へ」

 そして、ひとっ飛びでアデラ城へと帰った。
 魔力はまだまだ余裕があったけれど、心が疲弊している。
 僕は、早めに湯殿を使って、部屋で休むことにした。
 リディアンが後から部屋に来たけれど、目を開けることができないくらい疲れていて。

「おやすみ、タカト」

 リディアンの言葉にもキスにも応えることができないまま、僕は深く眠った。



 そして、僕にとっては4度目の浄化の日。
 相手はマティアスで、2人きりで行うものだと思っていた。

 でも、神官庁の塔の上には、マティアスの他に護衛と思われる兵士が複数いた。
 あまりの人数に少し怖気づいたのだけれど、さすがにここで攻撃はしてこないだろうと用心しながら近付いた。

 僕に気付いても、マティアスはこちらを見ることなく、地上に視線を落としたまま言った。

「ゴドフレドから聞いた。私には回復も必要ない」

 なら、見ていればいいってことなんだろうか。

 マティアスにしてみれば、僕を無能者としてみんなの前で馬鹿にするつもりだったのかもしれない。でも、僕にとってはいい休憩時間だ。
 しかも、これでゆっくり土属性の浄化の仕方が見られる。
 ゴドフレドの時にはできなかったので、これはこれでいい機会だ。

 開始時間になったところで、マティアスは地面に向けて手を広げ、何か詠唱を始めた。

 この世界にも、能力を使うのに詠唱が必要なのは知らなかった。
 これまでの浄化の儀でも、誰一人使わなかったからだ。

 やがて、マティアスを中心にして、熱伝導のように大地の色が変わっていった。
 透明から赤、そして薄い橙色で固着する。
 これが大地を、そして空気までも浄化していくということなんだろうけれど。

 僕は、マティアスの浄化の力を見ている場合じゃなくなった。
 大地の色を変えていくそれよりも、もっととんでもない現象を見てしまったからだ。

 初めは、足元にあった黒い塊。
 土属性の力を使うせいなのかと見つめていると、じわじわと立ち上り、空中へ霧散していく。まるで農薬の散布のようだ。ただ、それには色がある。
 どういうことだろうと見つめているうちに、その靄はノイズのように広がっていった。

 この光景には覚えがある。
 浄化前の状態が、まさしくこれだ。
 
 誰も気付かないのか?
 僕以外には見えていない?
 むしろ、僕がマティアスを色眼鏡で見ているから、そう目に映るだけなのか?

 僕は後退りして、空に上り行く、黒い靄を見上げた。
 目の錯覚じゃない。今やその靄は、頭上に雲のように広がって停滞している。

 どんなに払っても、次の日には戻ってしまうピクスの翳。
 その発生元は、マティアス王太子だったのか?

 これが事実だとしたのなら──。

 どんどんと靄は厚くなり、マティアスが霞んで見えるほどになる。
 僕は思わず口元を覆い、今すぐにでもその場から逃げたくなった。
 靄の正体が、マティアスだったなんて。
 こんなに恐ろしいことはない。
 僕は、どうしたらいいんだ。

 悍ましいその光景が目に焼き付いて、アデラ城に戻った後も身体が強張っていた。
 まるで長時間檻に入って、身動きできなかった後のように。

「タカト? どうしたんだ」

 夕食終わりに湯殿に向かおうとした僕に、リディアンは声を掛けてきた。
 そして、問いに答えない僕に近寄り、腕を掴む。

「何か、マティアスに言われたのか?」
「いえ、何も」

 何か言われた程度なら良かった。
 それくらいなら、リディアンにだって言えたのに。

 僕は、見てしまった。
 マティアスから立ち上る、あの黒い靄を。

 でも、まだ確信はできない。
 今はまだ、自分勝手な判断でしかなく、リディアンに言える段階じゃない。
 もし僕の思い違いなら、取り返しのつかないことになってしまう。

 他にも、魔力感知ができる人に見てもらわないと。

 そこまで考えた途端に、僕は息を呑んだ。
 マティアスのすぐ傍に、魔力を感知することも能力の種類を読むこともできる人物がいる。

 スティーナだ。
 僕にさえ見えたものが、傍にいる彼女に察知できないわけがない。

 連絡を、取らなければ。
 もし、黒い靄の正体が間違いなくマティアスであるのなら、スティーナは無事では済まない。

 僕はすぐに部屋に戻って、スティーナに宛てて手紙を書いた。
 いつもの取次ぎ役に渡せば、きっとスティーナの手元に渡る。
 
 文面は、纏わりについての話にした。

 スティーナとの纏わりの予定を、繰り上げたい。
 できればアデラ城に来てもらいたい。
 もし難しいようであれば、僕から王城へ会いに行く、と。

「これを、スティーナに渡したいのですが」

 執事のフェンテスに言うと、すぐに使者を立ててくれた。

 僕はその夜、リディアンには急ぎで調べたいことがあると言って、図書室にこもった。
 寝るギリギリまで書物を読み、過去の文献にもあたる。

 ピクスの靄について書かれているものは、本当に数が少なかった。
 13代目の王のために召喚された、初代サガンが書き記した手記。
 僕はそれを丁寧に読んだのだけれど、抽象的過ぎて余計にわからなくなる。

 ──『人を滅ぼすのは、人の罪』

 これは、一体何を意味するのだろう。
 どんなに考えても、これだけでは手掛かりにはならず、手立ても思い浮かばない。

 諦めて部屋に戻るとリディアンがいたけれど、僕は何も言うべきことが見つからない。

「おやすみなさい、リディ」

 何とかそう言って笑い、僕は胸元に顔を押し付けて眠った。
 明日にはスティーナから返事が来ているように。そう願って



 翌日の朝早く、朝食を摂る前の時間に、フェンテスが手紙を持って現れた。
 封筒にはしっかりと蜜蝋で封がしてある。
 僕はそれを開けて、中の手紙を読んだ。

『サガン様へ
 現在、療養のため、王城を離れております。
 纏わりは、今後はご遠慮申し上げます。
 これまでのこと、感謝いたします。
 スティーナ・オヴェフ』

 文面にもだけれど、何よりその筆跡に驚いた。
 これは、スティーナの文字じゃない。
 誰かに代筆を頼むくらいに、身体が悪いのか。
 それとも──。

 僕は、手紙に視線を落としたままぽつりと呟いた。

「スティーナさんの居場所がわかるといいんだけれど」
「スティーナなら、今は北にあるドグラスの森にいると聞いている」

 僕の言葉にリディアンが反応して、驚いて顔を向けた。
 ドグラスの森にいるってこともだけれど、それをどうやってリディアンが知り得たのか。

「ユレイヌと仲が良くて、お見舞いに行ったと話していた」
「ユレイヌ、さん……」
「ああ、生憎会えなかったらしいが」

 ユレイヌの名前が出た途端に、笑顔が思い出された。
 明るく影のない笑み。屈託なく誰とでも話していた様子。
 そういえば、リディアンとは幼馴染だと言っていた。
 アデラ城にこもっていたリディアンにも、会いに来ていたんだろうか。

「タカト?」

 リディアンに名前を呼ばれて、僕は自分が考えていたことを恥じた。
 今は、そんな場合じゃないというのに。

 スティーナに会いたい。
 会って、マティアスのことを聞きたい。
 きっと、スティーナにも見えていたはずだ。
 あの黒い靄を感じ取れないスティーナじゃない。

 でも、リディアンに悟らせるわけにはいかない。
 だから、僕は再び使者を出した。
 今度は、手紙に花束を添える。

 どうか、スティーナの手に渡りますように。
 僕はそう願って、使者を見送った。
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