【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第六章 創生

ベドナーシュ邸の夜会

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 ベドナーシュ邸は、想像していたよりもずっと広い。
 建物の高さは総二階建てと高くはないけれど、奥行きはアデラ城よりありそうだ。
 四隅には高い塔がそびえていて、そのうちの一つに巨大な鐘が取り付けられている。

 馬車から降りて見上げていると、リディアンが横に並んで同じ方向を見る。

「あの鐘は、お祝い事がある時に鳴らされるんだ」

 リディアンに説明されて、僕はその白い鐘を見つめ続けた。
 あんな高いところにある鐘を、どうやって鳴らすのか。
 除夜の鐘とは、鳴らし方が違うんだろうけれど。

「邸の下にスイッチがあると聞いている」
「スイッチ?」
「そうだ。からくり式で、この屋敷に住んでいたドワーフが設計したらしい」

 そういえば、エクムントも時計を自作していた。
 やっぱり、ドワーフの技術は優れている。
 どんな仕掛けで動いているのか、いつか詳しく聞かせてもらいたい。

 リディアンは階段の前で僕の手を取って腕を組ませる。
 危なっかしいからだと言われたけれど、少し人目が気になった。

「エイノック国の宰相は、普通用意された邸に住むことになっているんだが、ベドナーシュは私邸に住んでいる」

 これが、私邸。
 個人の屋敷とは、到底思えない。
 華美ではないけれど、窓の多いシンメトリーの建物からは優美ささえ感じる。
 ベドナーシュの有り様に合った、格調高く重厚さもある造りだ。

「ようこそ。リディアン、サガン様」

 長い階段の上にある入り口で出迎えたのは、ユレイヌだった。
 僕は、リディアンと組んでいた腕を解こうとしたんだけれど、リディアンに手を重ねられてできなくなる。

「お招きありがとう。ユレイヌ」

 リディアンはそう言って会釈し、ユレイヌはそれに応えて片足を後ろに引き、ドレスを少し摘まむ。
 カーテシーの礼はこれまでも見たことがあるけれど、ユレイヌのそれはとても優雅だ。
 今日は、深い緑色のドレスを着て、瞳と同じエメラルドグリーンの宝石のネックレスをしている。

「どうぞ、こちらへ」

 ホールを横切って移動して、僕たちをベドナーシュの元へと案内した。
 僕たちを見ると、ベドナーシュは胸に手を当てて礼をする。

「ようこそおいでくださった」

 普段見せる笑顔とは違う、柔らかな微笑みだ。
 宰相としてというよりも、邸の主としての顔なんだろう。
 こういう私的な顔を見るのは、アデラ城で昼食を一緒にして以来だ。

 リディアンと挨拶を交わしている間に給仕が現れ、ユレイヌが説明をする。

「うちの果樹園で作った葡萄酒です。ジュースもありますが、どちらになさいますか?」

 ユレイヌの気遣いを感じて、僕はジュースを選んだ。
 やっぱりまだ、夜会の場でお酒を呑む気にはなれない。

 グラスを手渡されて、軽く持ち上げて乾杯する。
 濃い赤みがかった紫色のジュースは、とても深い味わいで、香りがいい。
 やっぱり、僕の知る葡萄よりもずっと甘みが強い。

「とても美味しいです。後味まで爽やかで」
「ありがとうございます。えぐみがないのが特徴なんです」

 僕とユレイヌが話している間、ベドナーシュとリディアンはただ黙って見守っていた。
 まるで保護者のようだと、つい笑ってしまう。

「アデラ城からは見劣りがするでしょうが、うちの庭園も花盛りだ。ぜひ楽しまれよ」
「ありがとうございます」

 馬車で通りかかった時に、ライトアップされた庭園がとてもきれいだった。
 花自体もだけれど、庭の造りがアデラ城とは全く違う。
 まるでスペインのパティオを見ているようで、後でじっくり見させてもらいたいと思っていた。

 そうして、4人で話している間に、曲の演奏が始まった。
 早いリズムの曲で、フロアの方へと進み出ていく人たちが見える。
 僕は、リディアンとユレイヌを交互に見てから告げた。

「お二人で踊ってきてください。僕は、少しダンスを見ていたいです」

 こんなに速い曲だと、僕に踊るのは難しい。
 それに、今日の主賓と主催が躍る方が適当だろう。

 リディアンは何か言いかけたが、ユレイヌの方から誘いかけた。

「ぜひ一曲、お願いしたいわ」

 ユレイヌは、リディアンに右手を差し出し、にっこりと微笑みかける。
 リディアンはその手を取って礼をして、フロアの方へと歩いて行った。

 踊り出した二人を見てから、僕はベドナーシュの前から辞した。
 他に挨拶に来ている人もいて、その邪魔になると思ったからだ。
 フロアの奥の壁際に寄って、2人のダンスを見る。

 こうして見ると、お似合いの2人だ。
 王子と宰相の娘。幼馴染で、気心も知れている。
 ダンスをしながら話している様子も、時折笑う表情からも、仲の良さが伝わってくる。
 息のぴったり合ったダンスは、見ていて清々しい気さえした。

「まあ、素敵ですわね」
「私も負けてはいられないわ」

 ダンスを見ていると、不意に傍でそんな声がした。
 恐らくは、リディアンとユレイヌのことなんだろうけれど。

 負けていられない?
 不思議に思っていると、気配が近付いてくる。

「サガン様、御機嫌よう」

 僕の傍に5人ほどの女性が近付き、揃ってお辞儀する。
 所作は誰もがきれいで、貴族の方だろうと思われた。
 
「今晩は。いい夜ですね」

 僕も礼をしてから笑ったけれど、顔を上げた5人はやっぱり知らない顔だ。
 どこかで会っただろうか。どなたかの娘だったか。
 これまでの記憶を辿ってみても、見覚えがない。

 すると、そのうちの1人が進み出て、僕に耳打ちする。

「リディアン王子に、取りなしていただけないでしょうか」

 取りなす、ということは、紹介してほしいってことなんだろうか。
 でも、僕自身にとっても5人の女性たちは初対面で、誰が誰かわからない。

「えっと……」

 この場合、まずは1人1人名前を言ってもらって、僕が把握するのが先なのか。経験不足でやり方がわからない。第一、僕がリディアンに紹介していいものなんだろうか。

「次は、私と踊ることになっておりますの」

 僕が悩んでいると、1人の女性が近付いてきてそう言った。
 金髪に金眼の女性。その色合いは、マティアスを彷彿とさせる。
 高い位置で髪をひとまとめにして、大ぶりの耳飾りがとても印象的だ。

「フランシェ様」

 周囲の女性が名前を呼んで、僕は記憶を辿って気付く。
 たしか、クヴィスト侯爵の孫娘の名前がフランシェだった。
 よく見れば、誕生日パーティーの時に見た顔だ。
 あの時は髪を下ろしていたからわからなかった。

「そんな話、聞いたことがありませんわ」

 他の女性が反論し、口々に話し始める。
 これは困ったことになったと周囲に助けを求めると、グンターと目が合った。

 すぐに僕の方へと近付いてきてくれたため、そっと問いかける。

「リディアンより先に帰ることはできますか?」
「もちろんです。ベドナーシュ宰相にお話してから帰りましょうか」

 グンターの言葉に従い、僕はベドナーシュに話に行った。

「今日はお招きありがとうございました。お庭を見てから、帰りたいと思います」

 僕の辞去の挨拶に、ベドナーシュは驚きを隠せないようだ。

「お帰りになると? まだダンスも踊られていないでしょうに」
「僕は、あまり得意ではないので」

 ダンスが、じゃない。
 この、互いの腹を探り合うような場の空気に、すっかりやられてしまった。
 それに、リディアンには踊る相手が大勢いる。
 僕がわざわざ相手になる必要はない。

 僕は、ベドナーシュと更に一言二言話してから、中庭に出た。
 幻想的な光と影の演出が美しい。
 ランタンの明かりを調整して、色を寒色に変えているせいだろう。
 中央にある噴水も背が高くて、水音に心が和む。

 こんな美しい庭のある邸とその主人。
 一国の宰相との一対一の会話。
 元の世界では、考えられないことだ。

 もちろん、王子と暮らすこともそうなんだけれど。
 こういう場所に来ると、改めて感じる。
 僕とリディアンの身分の差というものを。

 周りから見たら、僕の所作はきっと粗野で、粗忽者に見えることだろう。
 リディアンに恥をかかせたくはないけれど、今の僕にはこれが限界だ。

 僕は、庭園から振り返ってベドナーシュ邸を仰ぎ見る。
 そして、後ろに控えていたグンターに言った。

「アデラ城に帰ります」
「はい、馬車を寄せますね」

 僕は、グンターに用意してもらった馬車に乗り込み、アデラ城へと向かう。
 今日は、キリロスの2つ星のどちらも見えない。
 こんな夜もあるのかと、いつもは目にしない小さな星々を見ながら思う。
 
 今頃は、リディアンも僕の不在に気付いただろうか。
 やっぱり、夜会には行くべきではなかったのかもしれない。
 僕はそう思いながら、暗い夜道の中を馬車に揺られて帰った。
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